皇子様は警戒中②
「だが、もう一つ」
聖様は、まっすぐに私を見つめる。
まるで見定められているようで、なんとなく気まずい。
「知っての通り、俺には加護がない」
「はい」
「なぜこのような出来損ないを婿に望んだのか、教えてもらいたい」
「出来損ないだなんて……」
どうしよう。
正直にお金目当てですって言ってみる?
いや、それはさすがに……!うまくいくものもいかなくなりそうだ。
でも事実として、お金の話がなければ縁談を受けようなんて思わなかった。
ああっ、本当のことを言いにくい。
「泰仁は大国、なれど俺は他国に放逐しても問題ないと思われるような皇子だ。泰仁宮廷との繋がりにはなり得ない」
「えーっと……」
返答に詰まった私を見かねて、凱が口を挟む。
「聖殿下。婚姻を持ち掛けてきたのは泰仁です。こちらはそれを受けたまで。たまたま婿を探していた時期に、姫に似合う年頃のあなたとの縁談が寄こされた。それだけです」
「だが、そちらに利がなさすぎる。この国に若い男がいないわけではあるまい?よりによって異国から、加護なしを引き取るなど普通じゃない」
聖様が疑問に思うのはもっともだった。
「あなた方は加護に執着しすぎる」
凱がははっと笑って言った。
「うちでは加護があるのは特別なことではありません。なくても暮らしに不便はございませんし、加護持ちが婚姻の条件になることはないのです」
「?」
「いいですか?宰相である私も加護は持っておりますが、使うことはほぼありません。上に立つ者は、いわば頭脳労働を担う立場ですから」
加護に論点を移すことで、凱は結婚相手に選んだ理由をはぐらかそうとしていた。
聖様もそれには気づいていて、疑いの目を向けたまま話に付き合っている。
「使うことがないのと、元からないのとでは違う」
「ここでは似たようなものです」
「第一、俺にその頭脳労働ができると?加護もなく、使えるかどうかもわからぬ者をあえて婿にする理由としては、到底納得できるものではない」
「おや、逸れた話を元に戻せるのなら、才覚はおありだと思いますよ?」
にこりと微笑む凱。
聖様は、胡散臭いものを見る目を向けていた。
「────俺を得て、何を望む?」
聖様の纏う空気が、ぴりっと張り詰める。
彼は明らかに私たちを疑っていた。
「何、を?」
私は首を傾げる。
何を望むと言われても。明確にこれをして欲しいという希望はない。
「ここで私と共に暮らしていただきたいのですが……」
夫婦ってそういうものでしょう?
「次期女王の夫であるからには、精霊族の中に混ざってあれこれやることはあると思いますが、これと言って縛りはなくてですね?」
本音を言えば、凱の補佐的な仕事ができるようになってくれればありがたい。
私は精霊姫として祈りを捧げて国を守る役目もあるし……。
でも、向き不向きがあるから絶対ではないのよね。
「好きなことをなさればよろしいかと。人生長いんですし」
「は?」
「慣れるまでは、心彩の国を見て回って、民と仲良くなってくださるとうれしいです。聖様が皆に早くなじめるよう、私も一緒に行きますから!」
「……」
聖様は、目を丸くしていた。
その後方に立つ天陽も、明らかに困惑しているのが見て取れる。
「理解しがたい……」
「何がですか?」
何だろう、この会話がかみ合っているようでかみ合っていない感じ。
聖様は、何をそこまで警戒しているの……?
彼自身が言っているように、聖様には加護もなく泰仁の後ろ盾もない。
そんな彼を利用するって、何をどう利用するのだろう?
悩んだ末、思い当たったことは……
「あの、私たち怪しいですか?」
精霊族=怪しい集団。
もしかしてそんなイメージがあるのでは?
「答えにくい質問だ」
「う~ん、妖術とか呪術とかの類は自然の理に反するので使えませんし、精霊族はこれといって害ある一族ではありません」
「……」
怪しくないって、どうやって証明すれば?
悩む私の肩に、暇を持て余した精霊が一人ちょこんと乗ってきた。
「……」
「どうかなさいました?」
今、一瞬だけれど聖様の視線が動いたような?
もしかしてこの子が見えてる?
加護がなければ精霊の姿は見えないはずで、聖様や天陽もそうだと思ったから、精霊のことを話すのはまた後日にしようと思ったんだけれど……。
「聖様?」
「何でもない。……少し考える時間をくれ」
「はい、わかりました」
お疲れなのか、右手で顔の半分を抑えた聖様は、どこか苦しげだった。
何か困ってる?迷ってる?
そんな風に見える。
聖様にとって、この結婚はそんなに意に沿わないものだったのか……。
予想はしていたものの、ちょっと落ち込む。
いや、でも今は聖様のことを気遣わなければ。
遠くからたった二人で来てくださったんだから。
大丈夫か、と顔を覗き込もうとしたところで、凱が私の背中にそっと手を添えて言った。
「姫様。話はここまでにいたしましょう。殿下には休息が必要かと思います」
私は凱に従い、話を切り上げた。
聖様には何か必要なものがあれば伝えてくださいと告げ、私たちは部屋を出ていく二人を見送る。
小さな精霊たちが三人、聖様のことを心配そうに見つめながらその後を追って飛んでいった。
精霊にまったく気づきもしない様子の聖様に、私は「やはりさっきのは思い違いだったようだ」と思った。




