第6話 今日は君が生まれた日
「で、『白い魔人』だったっけか?」
「シロガネですが何かっ!?」
チクショォォォォォォォっっ!!!
「はっはっはっ! 元気なのはいいと思うぞ? 私はベアトリス・ヴィヴィエンタール。よろしくな! ベア姐さんと呼ぶがいい!」
S級最強『猛牛姫』ベアトリス。
ビキニアーマーの牛獣人ときたら、それしかないだろう。
こんなロリ巨乳さんだとは、知らなかったがな。
単純な戦闘能力なら、軽くマリエルを上回る彼女の協力は非常に頼もしい。
差し出された手を握り返すと、ベア姐さんは怪しい笑みを浮かべ、グッと胸元を見せつけてきた。
「ふぉっ、ふぉぉうっ!?」
やめて、本当に『白い魔人』になっちゃう!
あぁっ、でも、やっぱりやめないでっ!
「楽しそうなところ失礼」
――邪魔だ。
反射的に出かかった声を押しとどめる。
目を向けると、そこには何やら尊大な雰囲気を醸し出す、魔術師っぽい山羊獣人の男。
「ゾルフ・ズィーガンだ。よろしくな」
「『黒刃のゾルフ』……! あんたが……」
『黒刃のゾルフ』
ギルド屈指の武闘派の一人で、希少な影属性の使い手。
影の刃で、広範囲を切り裂く殲滅力が売りの魔術師だ。
一対一ではマリエルやベア姐さんには敵わないが、制圧力では大きく上回る。
「露払いは任せておけ。敵も味方も全て吹き飛ばしてやる」
「敵だけにしてくれっかなっ!?」
「冗談だ。人ぐらい避けてぶっ放せる」
本当に? 今本気の目だったぞ?
「しかし……あんたといいベア姐さんといい、ギルドは大盤振る舞いだな?」
「グランマの思惑は知らんが……個人的に、あのお嬢ちゃんのことは知らないわけじゃない。教会から連れ出したのは俺だからな」
「なっ!?」
ガルデニアの最奥からクラリスを強奪なんて、どうやって成功させたのかと思えば……なるほど、コイツがからんでたのか。
「どこぞで幸せにやってるなら構うこともなかったが……よりによって、女王の腹の中だ。さすがに寝覚が悪い」
相変わらず目つきは悪いが、ゾルフの言葉には、一時関わっただけの少女に対する確かな気遣いがあった。
傭兵の昇格試験には面接もあり、多少なりとも人格も試されるらしいが、ことの他上手く機能しているようだ。
「それにお前も、折角の記念日にこの様だ……手を貸してやるのはやぶさかでは無い」
記念日……? なんのこと――
「グレン殿、お久しぶりです!」
ビシッとした声に思考を遮られる。
現れたのは、男装の麗人って感じの女騎士。
ランドハウゼンの騎士、メロネ・ピステリアだ。
「ついこの間って感じもするがな。メロネも来てたのか」
「はい。ランドハウゼン皇国は、天空王、それにランダール魍魎の件で、皆様に多大な恩があります故。今回は、それを少しでもお返しする良い機会です。退路の確保はお任せください!」
報酬はしっかり貰ったんだが、何というか律儀な国だ。
だが、助けてくれるってんなら、ありがたく協力してもらおう。
で、それはそれとして。
「魍魎の時って、俺ら何かしたっけ?」
「魍魎に襲われていたところを、グレン殿に助けていただいたと、姫様から伺っておりますが?」
「…………あっ!」
猫娘ちゃん!
俺の新しい扉を開きかけた、地下道のお漏らし猫娘ちゃんか!
マジか、あの娘アリア姫だったのか。
「気付いておられなかったのですね……改めて、姫様を助けていただいたこと、お礼申し上げます」
「礼を言われるってことは、無事戻れたんだな? なら、よかったよ」
お漏らしはバレなかったかい? 心配だけど、流石に聞けない。
「本当は、姫様もこの場に来たがっていたのですが、陛下と皇太子殿下に止められまして……グレン殿に言伝を預かっております」
「言伝?」
「『お礼は、必ず直接お伝えします。ですからどうか、生きて帰ってきて下さい』、とのことです」
ほんと、真面目な娘だな。そんでもっていい子だ。
………生きて帰ってくる理由が増えたかな。
「落ち着いたら、必ず会いに行くと伝えてくれ」
「承りました……私の姫様を泣かせたら、承知しませんよ?」
目が怖えよ。
「私もいいかしら?」
はいはい、お次はどなた?
「白魔術教会から派遣された、『白聖槍』エスト・ノーヴァンです」
「っ!?」
エストと名乗った彼女は、尻尾の感じからアライグマの獣人だろうか。
白地に赤の定型的な白魔術師カラーなのだが、色以外は全く典型的ではなかった。
白魔術師はダボダボのローブが基本なのだが、彼女の着ているのは病院でよく見る看護婦服。
しかも全体的にきゅっと締まっていて、体のラインが浮き彫りになり、スカートはウチのアルテラのメイド服とも張り合えるくらいの超ミニ仕様だ。
しかも本人は青いショートカットの真面目そうなメガネ美人。
俺の視線に気付いたのか、スカートの裾を握って、恥ずかしそうにモジモジとしている。
後ろに部下と思しきダボダボローブが2名控えているが、正直全く目に入らない。
「これは、ギルドから支給された魔導服で……あの、あまり見ないでいただけると……っ」
「ヴぉるカにっく!?」
――俺は再び、仮設トイレに駆け出した。
◆◆
1日に2度も社会的な危機に見舞われるとは、恐るべしギルド……!
「失礼、統合軍グリフィス特務隊隊長、グレン・グリフィス・アルザードです。よろしく」
「……ええ、はい」
エスト女史は、差し出した手を嫌そうに握り返し、後ろに控える部下の女性達はゴミを見る様な目で睨んできた。
ちゃんと手は洗いましたよ?
「意外っすね、死神中尉にそんな弱点があったなんて」
横合いからかけられた失礼な声に目を向ける。
俺を『死神』呼ばわりする奴なんて、そんなに居ない。
「ロイドかっ!」
「お久しぶりです、グレン中尉!」
「今はお前も中尉だったか? あのビビりが……生意気なツラになったじゃねーか」
ロイドは、俺が転勤族の一人大隊になって、すぐに配属された小隊の隊員だ。
当時新米だったコイツは、新米よろしく邪神の群れを前にガチビビりしてたんだが、決して蹲ることなく、ひたすら考え、動き、全力で逃げ回り、少なくとも他の隊員が全滅するまで1人で生き残りやがった。
戦場で生き残る奴は、それだけで優秀だ。それが偶然に頼らない結果ならなおさら。
俺はコイツを前線に送ることを決め、力尽きたコイツを背負い、残りの邪神を倒し切ったのだ。
「いつの話ですか? 今や俺も、屈強な最前線の戦士ですよ!」
全力でドヤるロイド。
ならば、その勇ましい戦いぶりを聞かせてもらおう……後ろの奴らにな。
「先週のガチ泣き全力疾走は、幻だったかな?」
「っ!?」
「『無理無理無理無視死ぬ死ぬ死ぬ死ぬっっ!!!』って聞こえた気がしたんだけど?」
「ちょっ!?」
「洗濯の時、隊長のパンツ高確率で濡れてるの、マジ勘弁して欲しいっす」
「それはっ!?」
「一戦終わる度に、指しゃぶりながら膝枕せがんで来るの、正直キモいです」
「やめてえええええええええぇぇぇぇぇぇっっ!!!」
生きろ、ロイド。
パンツを濡らすことなら、俺も経験している。
俺のは白くてベトベトしてたがな。
「お前達も元気そうだな。活躍は聞いてんぞ」
後から来た4人も、俺がロイドやファリナの様に前線に送った兵士達だ。
コイツらは何の因果かロイドの小隊に配属され、今は仲良く、ここグランディア平原で戦っている。
「『逃げ出し小隊』でしょ? 好き勝手言ってくれますよね」
「腰抜け共の戯言だ。相手にするこたねえよ」
コイツらは、無駄に魔力を発散しながら逃げ回るロイドが邪神を引きつけ、他の4人が殲滅するという愉快な戦術を得意としている。
内地の穀潰し共は『逃げ出し小隊』なんて呼んでやがるが、キルスコアは最前線でも上の方。
そんな奴らが、わざわざこんな所まで来たのは……ただの挨拶じゃないんだろうな。
顔を覆って蹲るロイド以外の4人が整列し、ファリナもその列に加わる。
その後ろには、やはり見知った奴らが雁首揃えて俺に視線を向けていた。
こいつら……マジか……。
「ロイド・ヘリンズ中尉以下、ヘリンズ小隊27名、グリフィス特務隊の増援に参りました!」
因みにロイドはまだ動かない。言ったのは副隊長のイオナだ。
「同じくユードット小隊31名、全員揃って借りを返しに来ましたよ!」
「カーディス中隊129名、合流の許可願います! ……なんか、関係ないのまで全員付いて来ちまいました」
「人数多いとこは後にしてくれませんかね? ウチがショボく見えるじゃないですか……オーバル分隊7名です! 妹さん、取り戻しましょうね」
俺が地獄に送り込んだ奴らが、そうでない奴も引き連れて、続々と天幕の前に集まってくる。
どいつもコイツもクラリス助けるって……お前ら、もっと俺を恨んでてもいいんだぞ?
「まぁ、問答無用の前線送りには言いたいこともありますが、そっから最前線選んだのは俺らの意思です」
「ファリナも言ってたけど、命があることには、ホント感謝してるんですよ?」
「今回は借りを返すいい機会かなって」
なんだそりゃ……。
あの頃の俺は……コイツらのためなんてカケラも思ってなかったのに……馬鹿ばっかりか……っ。
「あっ、中尉泣いてます? ね? ね? 泣いています?」
「ないでねぇよ……ぢぐじょうっ……!」
泣くよ馬鹿! ファリナのせいで、ちょっと涙腺弱くなってんだよ!
にやけヅラ晒してる奴、覚えたからな? もらい泣きしてる奴らは許してやる。
「てか……ずずっ……流石に多過ぎだろ……最前線組こんだけ動かすとか、できるわけが……」
「問題ねぇ、俺が通す」
「閣下っ!?」
目を向けると、最近どうもフットワークの軽いパパ(予定)、ギリアム准将閣下の姿。
「通すって……いくらアンタでも流石に無茶なんじゃ……」
「しくじったら懲戒ものだろうな。だが息子の晴れの日だ、1回くらい無茶してやるさ。なぁに、お前らが勝ちゃいいんだよ」
いつもの5割増しの不敵な笑みでのたまう、ギリアムパパ。
つーか、さっきから『記念日』とか『晴れの日』とか、いったい何のことだ?
「……お前……今日は何月何日だ」
「えーっと、4月11日……あ」
え、嘘、マジ?
見渡すと、この場の全員が俺に笑顔を向けていた。
「「「「「「「「ハッピーバースデイ!!!」」」」」」」」
――今日は……いい誕生日になりそうだ。
「……あー……もう、いいか?」
雰囲気をぶち壊しにする気まずそうな声。
それを発した青髪の男に、全員が残念な物を見る目を向ける。
「え、えーと……ハッピーバースデイ……?」
……間が悪いよ……リーオス。
ぞろぞろとキャラが出て来たのでちょっとばかり追記を。
再登場組はランドハウゼンの騎士メロネ、蒼剣の勇者リーオスの2人です。
どっちも第四章に出ていました。
後はみんな初出ですね。
ギルドのS級組、ベアトリスとゾルフだけ覚えておいて貰えれば、と思います。




