第5話 最終決戦装備は露出度が上がるという決まりがある
――来る、奴が来る。
――海も、大地も、人々も、紫色のドロドロが全てを飲み込んでいく。
――アルテラも、マリエルも、レーゼも、みんな紫に沈んでしまった。
――そしてドロドロは、強烈な腐臭を漂わせながらついに俺の身を……。
「来るああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
「うぇっはぁっっ!!?」
絶叫と共に、俺は飛び起きた。
ゆ……夢か……。
恐ろしい……本当に恐ろしい夢だった。震える両手で、顔をペタペタと触る。
べっとりと手を濡らす汗。
どうやら、俺は生きてるらしい。
外からは、野次と歓声が聞こえてくる。
レーゼとモーゼスの戦いは終わったんだろうか。
「いきなり叫ばないで下さい! 心臓飛び出るかと思いましたよ……」
声のする方に視線を向けると、そこには統合軍の医療術師が座っていた。
なんだろう、彼女どこか見覚えがある。
「起きたんなら、名前、階級、年齢、あと倒れた時の状況、言ってください。わかります?」
「グレン・グリフィス・アルザード中尉、14歳。悍ましい液体を体内に流し込まれ、嘔吐を繰り返した後に昏倒した……筈だ」
「14歳……まあいいです、大体合ってますし」
このちょっと雑な感じ、そして歳の割にチマい体にチマい胸……あっ。
「ファリナ少尉!」
「中尉です。あと今、何を見て私だと認識した?」
そういや、少し前に昇進したんだったな。
ファリナ・コールベル中尉……俺がクラリスと出会う直前、ダンケルク小隊で一緒になった医療術師だ。
狂ったお父さんの復讐劇の舞台になった、ダンケルク小隊の邪神討伐任務。
そこに巻き込まれた、一切無関係なモブ女性A。
それが、彼女だった。
流石に気の毒なんで助けたんだが、モブにしては随分とメンタル強そうだったんで、前線の部隊に送ってみたのだ。
ついに最前線にまで送り込まれてしまったようだが、元気そうで何よりだ。
「まぁ、気にするな。昇進おめでとう。大活躍だそうだな?」
「誰かさんに地獄行きにしてもらったお陰で、西へ東へ引っ張り凧です。てか、知ってるんですか?」
「俺が前線に送った奴らの動向は、月一くらいで報告を受けてる。死地に送り込んだんだ、死んだら黙祷くらいしようと思ってな」
その言葉に、ファリナ中尉は数秒口を半開きにして呆けていたが、やがてふっと笑った。
「その言葉、後でみんなにも聞かせてやって下さい」
ん? みんな……?
「はいっ、診察は終わりです。意識ハッキリしてんなら、さっさと立って下さい」
『しっしっ』と、ベッドから追い出される。逞しくなったもんだ。
「そういや、ファリナ中尉はなんでここに?」
「なんでって、クラリスちゃんの救出部隊に志願したからに決まってるじゃないですか」
「っ!?」
今度は俺が呆ける番だった。予想外の言葉に固まってしまう。
「前線送りについては、恨み言の五つや六つありますよ?」
「多いな」
「でも、この命が、グレン中尉に拾われたのは事実です。ちゃんと感謝してます。
それに6歳の子供に一番キツイところ押し付けて……ってのも、大人としてどうかと思うんです。医療術師も足りてないみたいですし、お手伝いに来ました」
本当に、ちょっと人手不足の現場に手伝いに来たぐらいのテンションだ。
気負い無く、常に自分の出来ることを最後までやり切る。
多くの戦いを潜り抜け、そんな境地に至れる様になったのだろう。
……彼女を助けたのは、ただの憐れみ、後は事務的な意味合いが強かった。
完全に被害者だったし、前線を支える仲間達に、少しでもまともな医療術師を届けたい。
実践経験に乏しい医療少尉だが、腕も胆力も上々な彼女は、彼等の力になると思ったのだ。
そんなファリナ少尉は、今や頼れるベテラン中尉となり、今度は俺を助けてくれるという。
ヤバいな……ちょっと泣きそうだ。
「そか……ありがとな」
「ガッツリ感謝してください! なんか、高いご飯奢ってくれてもいいですよ!」
軽口は、ちょっとしんみりしてしまった俺への気遣いだろうか。
彼女がもう少し女性らしい体をしていたら、惚れていたかもしれない。
「おい、なぜ私のおっぱいを残念そうな顔で見る?」
「気のせいだ」
ファリナ中尉の険しい視線を、華麗に受け流す。
「にしても、外は随分うるさいな。何やってんだ?」
「誤魔化しましたね? まったく………外は中尉達の戦いでテンション上がった皆さんが、所属問わず腕自慢大会始めてます」
やっぱりか。決戦は明日なのに元気なことだ。
「まぁ、そのお陰で入ってこれたんですけどね。このテント、ポッツーンとしててメッチャ入りづらいです」
「そういや、俺達が来るまで閑散としてたな……ならあの馬鹿騒ぎも、役に立ってるってわけか」
どうやら勝負が付いたようだ。
割れんばかりの歓声……と、この世の終わりの様な絶叫。
賭けやってやがるな?
その逞しさに呆れていると、外の喧騒の種類が変わる。
陽気な歓声から、気の抜けたような吐息の合唱に。
「なんだ?」
気になった俺は、天幕の入り口を潜り――
「Oh……Year……」
めでたく、吐息合唱団の仲間入りを果たした。
そこにいたのは、ここが戦場だということを忘れさせる、二柱の女神。
1人は、我が隊の誇る白魔術師マリエル。
ギルドで決戦装備を受け取ってきたようで、その出で立ちは、先程と大きく変わっていた。
両腕両脚を白地に銀の装飾がされた装甲で覆い、頭には同じ素材で出来た、バイザー付きヘッドギアを装備している。
ここまでいい。問題は胴体だ。
赤いレオタードの上から、革製の白いビキニアーマーが、マリエルの肢体をムチっと締め付ける。
なんて神々しい姿なんだ……!
手脚の装甲と同じ銀の装飾もされており、紳士としては詳細に観察せざるを得ない。
そして隣には、露出度的には更に凄い、小柄な牛獣人の少女。
こちらはインナーもない、完全なビキニアーマー。
青地に金の装飾がされたそれは、マリエルの物よりさらに面積が少なく、身長に対して欠片も小柄ではない胸部がこぼれ落ちそうになっている。
フワッフワのピンク髪をツインテールに纏めたところも、小悪魔感が出ていて堪らない。
2人とも、大棍棒に大斧と物騒な得物を担いでいるのだが、目に入っている者はいないだろう。
俺も同じだ。
例えあの大物が男達を薙ぎ払おうとも、この光景から目を逸らすことはできない。
特にマリエル……彼女とはもう4ヶ月の付き合いだ。
空想の彼女が、我が子を絞り出した回数は数えきれない。
が、普段とはまた違うあられも無い姿といのは、やはり唆るものがある。
しかも、いつも余裕の表情の彼女が、なんと顔を赤らめて、モジモジと体をくねらせているのだ。
流石にこの姿は恥ずかしいのか……それとも、突き刺さる視線が気になるのか。
普段は見せない恥じらいの仕草に、俺のボルテージはドンドンドンドン――
「っ! グレン君……そんなにじっと見ないで……っ」
「はぅあっ!?」
向けられた潤んだ視線、恥ずかしそうに身を隠す仕草、怪しい熱を帯びた声。
その瞬間、俺は仮設トイレに向けて、全力で駆け出した。
◆◆
――危ないところだった。
まさか、最寄りの仮設トイレに先客がいたとは。
奴が出てくるのがあと5秒遅ければ、決戦を前にして俺の二つ名は『白濁の魔人』になっていただろう。
マリエルめ……あんな危険物を隠し持っていたなんて、どれだけ俺から吸い上げれば気が済むんだ。
『顔に泥を塗る』とはよく言うが、危うくドロドロを塗るところだった。
『銀の賢者』となった俺は、穏やかな表情でテントの前まで戻る。
「待たせたな」
「この坊やはいつもこうなのか?」
「困った人だけど、可愛いでしょ?」
くっ! 殺せ




