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第4話 準備運動再び

 鉄塊同士がぶつかる様な、重々しい金属音が空気を震わせる。



 片や天空王、ランダールの魍魎を下し、飛ぶ鳥を落とす勢いの新星『(しろがね)の魔人』の愛剣『白虹(びゃっこう)』。


 迎え撃つは人類最強の一角、『赤目(あかめ)のモーゼス』が振い続けた、名も無き黒鋼の剣。


 銀光を纏うグレンと、黒炎を吹き上げるモーゼスの剣戟は、軽い地響きを起こす程の凄まじいものとなった。



 グレンが放つ横薙ぎの一閃。

 モーゼスはそれを斜め上にかち上げ、体の開いた所に袈裟懸けを見舞う。


 だが、迫る刃にグレンは敢えて前進。

 斬撃の下を潜り、ガラ空きの脇に切り込んだ。


 モーゼスも、振り抜いた剣を返して迎え撃つ。



 再び大気を震わす轟音。



 黒剣の剛圧が僅かに白虹を押し込んだ。

 対するグレンは、即座に押し合いを止め連続ショートステップ。

 モーゼスの死角を狙う。



(速い……! 初速、減速、最高速、反応に切り返しまで、その全てが恐ろしく速い!)



(重ぉっ!! 間に合わせの一発で、あの重さは反則だろ!?)



 互いに『剛剣』を得意とする2人。

 グレンはそれを速さに乗せ、モーゼスは更なる重さを突き詰める。


 戦況は互角。

 僅かに技体でモーゼスが勝るが、心身のスタミナならグレンが上回る。



「腕を上げた……! 若さというのは、それだけで素晴らしいものだな!」


「テメェ……やっぱ前は手え抜いてやがったな!?」


「ふっ、無意識に手加減をさせた、お前が不甲斐ないのだ。文句があるなら剣腕で語れ!」


「ヤロウ……! グランディアの土を舐めさせてやんよっ!!」




 ――ゴインッ! ガンガンガンッ! ガガガガガガッ! ギィィィィィィンッッ!!!




 別に2人は、決戦を前にして喧嘩を始めたわけではない。



 発端は数分前。


 予定していたメンバーの到着が遅れ、暇を持て余したモーゼスが、外で素振りをし始めた。

 そこに『じゃあ俺も』とグレンも剣を振り始めたのだが、そこからどちらからともなく、交互に剣を受け合う組み打ちに以降。


 それで終われば良かったのだが、徐々に打ち込む速度や力が上がっていき、足捌きも加わり出す。

 やがて、グレンがモーゼスの手番にカウンターを返した辺りで実戦形式へ。



 そこからはもう止まらない。

 みるみるヒートアップし、ついには生命波動と暗黒魔術まで使った全力戦闘が始まり、現在に至るというわけだ。



「怪我したら、自分達で治すのよね……?」



 大きな子供達を、マリエルが半眼で睨む。

 仁王立ちで大棍棒を担いだ姿は、『私は絶対に治さない』と言わんばかりだ。



「ちょうどいい、これを試そう」



 そこに怪しげな笑みを浮かべたライルが現れ、懐からこれまた怪しげな薬を取り出す。


 かねてより試作していた治療薬だ。

 その毒々しい紫色の液体を振りかければ、どんな傷でもイチコロ……の筈である。



「塗られた人がイチコロにされそうね……私の仕事増えない?」


「問題ない」



 自信満々に言い切るライル。

 戦う2人を見る目は、まるで檻の中のモルモットを見るマッドサイエンティストだ。



「うわぁ……あ、それにしてもギャラリー増えてきたわね?」


「派手な音をさせているからな、気にするなという方が無理だろう」



 共に天地を揺るがす剛剣の使い手として知られる、『銀の魔人』と『赤目のモーゼス』。

 轟音に釣られ人が集まり、皆この夢のカードに目を奪われて足を止めていた。




「あれが赤目のモーゼス……これだけ離れてんのに、何て圧力だ……!」


「大型の魔獣でもこうはなんねぇぞ……」



「地面が揺れてる……!? どうやったら、剣の斬り合いでこうなるの……?」



「魔人の小僧は、アレを受け止めてんのか?」


「相変わらずとんでもないわね、ウチのエースは……」



「少年の剣技……まさかレイヴィス様の……!?」


「モーゼスにはあのガキ動きが見えてるのか!? どっちも化け物じゃねぇか……っ」



「これ……本当に人間同士の戦いなのよね……?」




 この小さなコロシアムに歓声はない。

 あるのは驚愕と戦慄、畏敬と畏怖、そして静かな感動。


 精強で知られる最前線組の猛者やヴァングレイの騎士でさえ、固唾を飲んでこの光景に見入っていた。



 2人の戦いは10分程続き、やがて距離が離れたところで、グレンが剣を収めて終いとなった。




「もう根を上げたのか?」


「この野郎……! 次があるんだよ……ほれ」



 これで終わりかと落胆したギャラリーだったが、グレンの示した『次』に、再び期待を膨らませる。


 そこには目を爛々と輝かせ、次は自分とばかりに、真っ赤な光剣をブンブン振り回すレーゼの姿。

 赤頭巾の皮を被った狼さんは、グレン、モーゼスという獲物を前に爆発寸前だ。



「お前が連戦してくれんなら、もうちょい続けてもいいけど?」


「ふっ、たまには客観的な視点で見るのも、悪くないな」



 腹をすかせた猛獣を前に、モーゼスはあっさりと引き下がる。

 怖気付いたわけではないが、流石にこのレベルの連戦は明日に響く。



 数々の武勇伝を持つこの男も、もう40歳。寝ればHPが全快する若者とは違うのだ。



「では、次を始める前に傷を治しておこうか」



 ひと段落がついたこの場に、ライルが進み出る。

 その手に持つのは先程の特製紫汁。


 とても、いい笑顔だ。



 毒々しいその色からは、間違っても『治療』のイメージなど湧いてこない。

 突きつけられたグレンは、あからさまに嫌そうな顔をした。



「大丈夫だ、人体に害はない」


「仮にも治療薬持ってきて、真っ先に言うことがそれか……っ」



 にじり寄るライル。後ずさるグレン。先ほどとは違う、おかしな緊張感が漂う。





「早くして」


「あ」




 だがその睨み合いは、音もなくライルの隣に現れたレーゼによって終わりを告げた。

 やっと自分の番が来たのにお預けをくらい、レーゼちゃんはとても不機嫌だ。


 ライルの手から薬をひったくり、蓋を開けながらすぅーーっとグレンに接近。

 状況の理解ができず固まっていたグレンは、一瞬回避が遅れる。


 その隙を突いて肉薄したレーゼは、グレンの小さな切り傷だらけの右腕に、紫色の液体を塗りたくった。




 静まる空気。止まる時間。そして――







「ぎゃあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」




 グレンの断末魔の絶叫が、野営地に響き渡った。




 ◆◆




「お疲れ様でした」


「酷い目に遭った……」



 微笑ましそうな笑みで迎えるアルテラに、ゲンナリした顔で答える。


 レーゼに怪しい粘液を塗りたくられたあの後、俺は全身を襲う激痛に地べたを転げ回った。

 グランディアの土を舐めることになったのは、俺だったようだ。ガッデム。



「あの薬……右腕に塗っただけで全身痛いって、どうゆう理屈だよ……?」


「ライルも『改良が必要だ』と言っていましたね」



 ドン引きしながらな。お前が作ったんだろうが。


 傷の治り方も怖えんだよ。

 なんだよ、あの傷口から『しゅー!』って出てくる煙は。


 だが治癒力は相当なものだ。

 マリエルなど、あの汁に治療を任せてこの場を離れていった。


 ギルドに呼び出しを受けているとのことだったが、のたうち回る俺を『大丈夫そうね』と見捨てていくのは、あんまりじゃないか?



 ライル汁に全身を蹂躙される屈辱を味わった俺は、そのままレーゼに広場中央まで引きずられ、第2試合を開始。


 因みに痛みは引いていない。右腕は感覚すらない。

 ただ、気持ち悪いことに思った通りに動く。怖いくらい絶好調。



 レーゼとはそこから、10分くらい切り合ったか。

 金輪際やらないと誓ったレーゼとの準備運動だが、今回は中々渡り合えたと思う。


 両刃剣を使った神速の剣技は、どれだけ太刀筋を読んでも最後は2方向の選択を迫られる。

 加えて身軽さと念動装甲による空中機動。


 とにかく速く、ひらすらに読みづらい。


 レーゼの剣は、捉えるだけでガリガリと神経が削られる『魔剣』なのだ。


 更に彼女は魔術も凄腕で、剣戟の間に念動力や雷撃を無音で撃ち込んでくる。



 全方位、広範囲に死角がない。

 さすがは大陸最強候補筆頭『赤頭巾の剣聖』といったところか。


 そんなレーゼは、今はモーゼスとの戦闘中だ。

 側から見ると、モーゼスがレーゼの動きを捉えられず大苦戦……って感じだが、そう単純な話ではない。


 レーゼは、決して非力でも貧弱でもない。

 あの細腕からは想像もできない剛腕だし、頑丈さならマリエルといい勝負だ。



 が、それでもその2点においては俺に分があり、そしてモーゼスは更に上を行く。

 レーゼでは間違っても正面から打ち合うことはできない。

 一度捕まってしまえば、そこからは一方的な展開になる。


 モーゼスもそれがわかっているから、焦らず、確実に、先ずは足を止めようとコンパクトな攻撃を仕掛けているのだ。


 レーゼが削り切るか、その前にモーゼスが捕まえるか……中々に手に汗握る展開だ。

 観戦してるだけで、喉がカラカラに乾いてくる。


 俺は手元のスポーツドリンクのキャップを開け、中を一気に煽った。




「オヴォエエエェェェェェェェェェレロレロレロボボボレェロロロロロロロロッッ!!!」


「ご主人様ぁーーーーーーーっ!!?」




 ゲロまずっっ!!! 何だこの生ゴミで出汁取って、腐った牛乳ぶち込んで煮詰めたような味はっ!!?



「お、おれは……なにを……ウゥッ!? すぽどりは……はっ!!?」




 手に持った瓶は、スポドリのものだった。

 だがその中にあるのは、あの薄く白味がかった飲料ではない。


 記憶に新しい、悍ましき紫色の液体。



「なん……だと……?」



 隣に座るライルを睨みつけると、奴は口をヒクヒクさせて笑いを堪えていた。

 てめぇ……盛りやがったな……!?



「いや、すまん……くくっ……まさかっ、本当に飲むとは……ぷふふっ。本物なら温くなるからって、さっきアルテラが片付けてたぞ?」



 アルテラに目を向けると、目を見開き、顔面を真っ青にしながら頷いた。

 あ、まずい、全身が痺れてきた。



 俺は……死ぬのか……?



『因みに飲んだとして、毒にも薬にもならん。クソまずいだけだ。お前が動けないのも、あまりの不味さに脳がパニックを起こしているからだろう』



 ライルが何か言っているが、全く頭に入ってこない。


 だめだ、もう、いしきが……かはっ。



『ごっ、ご主人様っ!? メディックっ! メディーーーーック!!』



 アルテラの叫びを聞きながら、俺の意識は闇に落ちた。

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