第2話 迷子の妹のお迎えはお兄ちゃんの仕事
「邪神の大進攻か……そりゃピリピリもするわな」
「ここはまだ距離がある方なので、ピリピリで済んでいますが……グランディア平原に近い街では、避難が始まっているとのことです」
到着まであと5日……退去はできるだろうが、逃げ切れるかは微妙なところだ。
邪神はその食性から最優先で人間を襲うし、索敵範囲もかなり広い。
「で、その大進攻にクラリスが関わっている可能性がある……と」
「そこからは俺が話そう」
「その前に診察よ」
「おはよ」
順番にライル、マリエル、レーゼだ。
てか、診察?
「おっほん、主治医のマリエル・エストワールです。生きてここから出たいなら、絶対服従よ?」
「医者の台詞じゃねえ」
しかもなんか、トゲトゲした棍棒担いでるし。アレか、コイツがヴォーパルバニーか。
きっと逆らったら、俺が最初の犠牲者になるのだろう。
「診察しながらでいいだろう。説明を始めるぞ。と言っても、俺から伝えることは多くない……クラリスについてだ」
ライルが口にしたその名に、場の空気が変わる。
俺も……無意識に居住まいを正した。
「先ず、クラリスは生きている。どんな状態かはわからんがな。居場所も掴んだ」
最初から飛ばしてくるな。ライルらしい、切れ味たっぷりの切り出しだ。
「……動揺はしていないな、宜しい。クラリスの居場所はグランディア平原だ。進攻中の邪神の群れの先頭付近……はっきり言うぞ。十中八九、女王の体内だ」
「「「っ!?」」」
マリエル達が息を呑んだ。本当にはっきり言いやがる……。
俺もサンダルフォンが平原で消えたって時点で予感はあったが、言葉にされるとくるものがあるな。
そんな俺達に構わず、ライルは話を続ける。
「俺達のやることは決まっている。女王を倒し、腹を開いてクラリスを救出する。単純だろ?」
「簡単に言うわね……私も映像見たけど、人間が戦うようなものには見えなかったわよ……?」
女王の映像なら、俺も以前に見たことがある。
あれはもう山だ。
統合軍参謀本部でも、『どうにかして、現存する魔王にぶつける』なんて世迷言が、平然と議論されたこともある程に。
因みに、魔王は負ける想定。
弱ったところを、俺とレーゼを中心に最前線組を投入するんだとか。
それ程までに、邪神の女王は桁違いのなのだ。
だからこそ統合軍、そしてギルドの一部勢力は、偶然邪神と一体化した少女を『兵器』にしようとした。
聖導教会と手を組んでまでな。
クラリスの『調整』に、教会が保有する勇者の洗礼装置がどうしても必要だったらしい。
閣下がクラリスの詳細情報を持っていたのも、その一部勢力とやらを締め上げたからだ。
「どちらにしろ、次の戦いで女王は倒すしかない。それができなければイーヴリス大陸は壊滅。他の人域にまで被害が及ぶ可能性もある」
小型だけでも200万を超える邪神の群と、正面からぶつかる力はイーヴリスにはない。
人類が生き残るには、早急に女王を倒し、群れの弱体化と、撹拌弾での知覚阻害を有効化する必要がある。
群の殆どが置き去りになり、女王が突出している今は、それができる千載一遇のチャンス。
ここで仕留めきれなければ、あとは敗北が約束された泥沼の籠城戦になるだろう。
そして、クラリス救出も絶望的になる。
「退路は無し……か、ますます単純でいいじゃねえか。次があると思うと、ここ一番の覚悟が鈍る」
それに、クラリスがいつまでも保つとは限らない。
一分一秒とは言わねえが、5日はギリギリかもしれないんだ。
「やってやるよ。一発勝負だ」
そう返すと、ライルとアルテラが力強く笑う。
マリエルはいつもの呆れ顔……いつもの、最後まで付き合ってくれる時の顔だ。
レーゼは無表情だが、鼻をフンフン言わせている。やる気があって宜しい。
相変わらず、頼もしい奴らだ。
「腹は括ったな、ガキ共」
「ふぁ!?」
予想外の声に慌てて振り向く。
やめろよ、せっかくカッコつけたのに、変な声出たじゃねえか。
目を向けた先には、見慣れた太々しい笑みがあった。
「閣下!? なんで!?」
グラムシュミットの本部にいる筈の我が上司、作戦参謀次官ギリアム・ケール・グランツマン准将閣下。
「私が連れてきました!」
「なんでっ!?」
あと、何故かふんぞり変えるリリエラ。
「『みんなに伝えてくれ』って言われたんで!」
伝えたら来ちゃったの!? あと『みんな』の範囲広すぎじゃね!?
「俺がいることに、何か文句でもあんのか?」
「お偉いがこんなとこフラフラしてたら、驚くでしょーが!」
「偉い奴は、『息子』の見舞いにも来ちゃいけねぇってのか? ははん……テメェ柄にもなく照れてやがんな? ほーら、パパでちゅよー」
「顔面凹ませてえ……! てか、まだ手続き終わってねえよっ!」
この人こんなウザかったっけ!?
これで父親は3人目だけど、『パパでちゅよー』は人生初だ。
……養子の件、早まったかな。
げんなりする俺を他所に、パパンもとい閣下は、キリッと表情を改める。
「親子の語らいはこれぐらいだ……グレン・グリフィス・アルザード中尉!」
「はっ!」
「指令を伝える! 直ちに隊を率い、グランディア平原方面、女王討伐連合軍に合流せよ。尚、臨時の増員として、特務士官ルインレーゼ・ヴァレンタイン中尉を、貴官の隊に預ける」
天空王討伐メンバーに、更にレーゼが加わる。
それだけの戦力を、1部隊に集中させるということは即ち――
「女王に突っ込む中核戦力は、お前達ってことだ。やり方は任せる。全力でブチ殺してこい」
俺が……俺達がクラリスのところに行くための『お膳立て』をしてくれたってことだ……相変わらず、この人は子供に甘い。
「………統合軍が積極的にクラリス救出に動くことはない。寧ろ今の状況を歓迎してさえいるだろう。俺にできるのも、配属をいじくるぐらいだ」
閣下が少し視線を落とす。
……似合わない顔するんじゃねえよ。ちゃんと感謝してるから。
生みの親のバークレイ候は兎も角、レイ先生に閣下……俺は父親に恵まれた。
「なぁ、『親父』」
「なんだ、『バカ息子』」
「俺さ……『妹』が欲しいんだ」
そう言うと、閣下はやれやれと頭を振り、不敵な笑みを取り戻す。
「責任持って、お前が連れて来い。そしたら、兄妹揃って面倒見てやる」
「ああ、ありがとな」
新しい『父親』への、最初のわがままだ。
やる気になってるパパさんのためにも、何としてでも叶えてもらおう。
なあ、クラリス。
世の中、欲張りで我儘な大人がわんさといるだろ?
6歳の幼女に、これ幸いと人類の命運を背負わせようとする奴らとかな。
でもお前は、そんな奴らの言うことなんて聞かなくていい。
人類なんて救わなくていい。
どうしてもお前がやんなきゃ、ってんなら……そうゆうのは俺がやる。
だから、お前は帰ってこい。
『兄ちゃん』が迎えに行ってやるから。
――待ってろ、クラリス……!




