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第10話 潰れる

「飛行機関に破損! 推力90%まで低下しました!」


「ダメです! 引き剥がせません!」



 ギシギシと金属が折れる音が響く。

 激しい揺れが飛空挺を襲い、立っていられる者は一人もいない。



 飛空挺サンダルフォンは、女王が伸ばした触手に絡め取られていた。




「何をやっておる! 何とかっ……何とかせぬかぁぁぁぁぁぁっ!!」



 唾を飛ばし喚き立てる教皇。

 だが返ってくるのは、飛空挺のひしゃげる不快な音のみ。



「そうだっ、神の子! 早く神の子を投下しろっ!」


「ダメです! ハッチが歪んで、開放できませんっ!」



 クラリスは、かつてグレンと出会う前に入れられていたのと同じ、黒い匣の中に押し込まれ、艦底のハッチに移送されていた。


 当初の予定では、サンダルフォンはクラリスの入った匣を、射程外から投下することになっていた。

 匣を女王に当てるため多少高度は落とすことになるが、それでも女王の触手は届かない。



 届かない……筈だった。




(何故だっ!? 何故こんなことになった!?)



 だが投下直前、大木の幹の様な1本の触手が、凄まじい速度でサンダルフォンに絡み付いてきた。


 レガルタの地下で、ランダールの魍魎が見せたものと同じ。

 1本の触手に生命力を集め、膂力も射程も大幅に引き上げたのだ。




「騎士達だっ! 騎士団にハッチを破壊させればよいではないか! 奴等は何をしておるっ!?」



「騎士団は……先程、猊下の指示で、触手の、排除に……」


「排除できておらんではないかっ!? さっさと呼び戻せぇぇぇっっ!!!」


「しょ、承知しましたっ!」



 教皇は、最早自分がどんな指示を出したかさえ覚えていない。

 考えもしなかった命の危機に、半ばパニック状態なのだ。





 ――ドオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォンッッッ!!!!!




 轟音と共に飛空挺が一際大きく揺た。

 しがみついた窓から外を見ると、高度がグングン下がっていく。



「何だっ!? 何が起こった!? さっさと高度を上げんかぁぁぁぁぁぁっっ!!!」


「れ、霊子炉、1番大破、3番中破……出力、維持、で、できません」



「あぁぁぁぁぁっ!? 触手が! 触手がぁぁぁぁぁっ!!」



 霊子炉の出力低下により、重力制御と推力を全開にして保っていた均衡が崩れた。

 サンダルフォンは、下へ下へと引き寄せられる。


 距離が詰まれば、触手1本に回す生命力も少なくなり、1本、また1本と新たな触手が絡み付いてきた。





 ――あああああああああああぁぁぁぁっっ!!!


 ――開けろっ!! 開けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!! 開けっ、ぐぎゃぁぁぃぃぎぃぃぃっっ!!!


 ――嫌だっ!! 嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあがぶろばぎぼるぼがっっ!!!




 船体を包み込む触手に、甲板に出ていた騎士達が押し潰される。

 悲鳴は恐怖となり、館内にも伝染していく。




「嫌だぁぁぁぁっ!! こんなところでっ、死にたくないぃぃぃぃぃぃっっ!!!」


「猊下っ! お導きをっ! 猊下ぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」



「うるさいっ! 騎士団はっ! 儂の騎士団はどうしたぁぁぁぁぁっっ!!!」



 教皇は、頼みの騎士団が全滅したことを受け入れられない。

 床に這いつくばり、死んだ騎士達に縋ろうとする教皇に、もはや欠片ほども威厳もなかった。



「ひ、飛行機関大破っ!? もうダメだぁぁぁっっ!!!」



「お、おしまいだ……俺達……死ぬんだ……!」


「帰りたい……家に帰りたいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!」


「これは夢だ……全部……悪い夢なんだ……」




 この船はもう飛べない。

 触手が剥がれても、女王の口の中に落ちていくだけだ。


 霊子炉が全て破壊されたのか、艦内の照明も全て落ちた。

 暗闇が絶望を加速させ、そこ彼処から悲鳴や嗚咽が聞こえてくる。


 役目を果たそうとする者は、一人もいなかった。



 ――ゴキンッ! メキョッ! ゴキゴキッッ! バキィッ!



「ひいいいぃぃぃぃっっ!!?」



 最初に悲鳴を上げたのは、他ならぬ教皇だ。

 不快な音をたてながら、彼らのいるブリッジが『狭く』なった。



 飛空挺が、押し潰されている。



「うわああああああああぁぁぁあああぁぁああぁっっ!!!」


「嫌だぁぁぁぁぁぁっっ!!! こんなっ、こんな死に方は嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」


「出してっ!! お願い出してぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!」



 飛空挺ごと圧し潰される恐怖に、艦内は恐慌に包まれる。

 ブリッジの扉はピクリとも動かない。


 扉が歪んだだけではない。

 その先に、もう部屋がないのだ。


 ブリッジは、艦の中でも最も頑丈に作られている。

 ここ以外は、もう全滅だった。



 圧壊は進み、残されたスペースはあと僅か。

 最も余裕のあるのは、教皇のいる賓客席だ。




「猊下ぁぁぁっ!! どうかっ! どうかお救い下さいぃぃっっ!!!」


「私はこの20年っ、一度も祈りを欠かしておりませんっ! 私をっ! 私をお救いにっ!!」


「私の家はっ! 毎年500枚の聖銀貨を納めておりますっ!! どうかっ、私をぉぉぉっっ!!!」


「痛いっっ!!! 痛いいぃぃぃっっ!!! あがぁぁぁおおおぁぁいいいぃぎぃぃっっ!!!」



 皆我先にと艦長席に押しかけ、口々に自分の功を叫び、教皇に縋り付く。

 引き倒され、床に転がった男は、一足先に床と壁に挟まれ、薄い肉片になった。




「寄るなぁぁっ!! 儂の場所がなくなるっ!! ここは儂の椅子だぁぁぁぁっっ!!!」



 賓客席にしがみつく教皇に、誰かを救うつもりなどない。

 伸ばされた手を払い除け、救いを請う顔面を蹴り落していく。



「儂はっ! 偉大なる、聖導教会教皇! グレゴリー12世だぞっ!? お前達はっ、儂の命を最優先に考えておればいいのだっっ!!!」



 その様は、地獄に垂らされた一本の糸を独占する亡者そのもの。

 そして命の危機に瀕した人間は、醜い亡者の言葉など聞きはしない。



「そこをどけ糞ジジイぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!!!」


「触れるな無礼者がぁぁぁぁぁっっ!!! シャドウエッジっ!!」



 対神徳の聖人である教皇は、魔力だけは豊富にある。

 大した技術はないが出鱈目に大きな魔力を込めた魔術は、戦闘要員ではないブリッジのスタッフ相手なら、十分に脅威となる。


 一撃で仕留めるには至らないが、それでも影の刃で斬りつけられた者達は、痛みで蹲り動けなくなる。

 そして潰れていく部屋は、そんな彼らを容赦なく飲み込んだ。



 悲鳴と、血飛沫が迸る。

 かつてブリッジだった大部屋は、賓客席の周囲残すのみとなった。




「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!」


「ぬぅぅっ!?」



 魔術で血塗れになった最後の生き残りの男が、教皇の足にしがみ付く。



「テメェも道連れだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」


「くそっ! 離せっ! 下民の分際でっ、この儂をっ!!」


「あーーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!!!!」



 どれだけ魔術を浴びせても、男が手を離すことはない。

 やがて男は、狂った様に笑いながら絶命した。


 床と外壁が男の体を飲み込んでいく。

 その手は、まだ剥がれない。



「離せっ! 離っ……ぐぎゃあぁぁああぁぁあああぁぁいぁあああぁぁっっっ!!!!」



 教皇の足が、しがみつく腕ごと圧し潰された。

 両側の壁も、もう手を広げられないくらいに迫ってきている。


 頭上にはまだ多少の余裕があるが、瓦礫に挟まれた足はピクリとも動かない。



 最後まで教皇を離さなかった男が、首だけになって教皇を見ていた。

 顔に貼り付いた壮絶な笑みは、呪いの成就に歓喜しているように見えた。




「儂はっ、聖堂教会教皇っ、グレゴリー12世だぞっ!? 人類史上最も偉大なっ……あぎゅえええぇぇぇえぇぇいいぎぃぃいいいぃいっっっ!!!!」



 部屋がもう一つ狭くなる。

 教皇の残ったもう一本の足も潰れた。


 完全に老人を挟み込んだ壁が、その肺を圧迫する。




「儂はっ……こんな、ところで……死んでいい……人間では……いぎぃっ!? あがぉっ! だ、だれかっ、わしをっ、わしをたすけろっ! た、たすけ、あがっ! いっ! たす……おっ!」








「おごぉおおおおぉおおぉおおおぉぉぉおおおぉおぉぉおおおぉぉおおおっっっっ!!!!!!」





 ――ブチュ。




 ◆◆




 絡みつく無数の触手。

 『小さく』なっていく、飛空挺サンダルフォン。


 そんな中、歪み、ひしゃげた艦底ハッチに隙間ができ、大きな『黒い匣』が滑り落ちる。

 匣は大きく開けられた女王の口内に落ち、そのまま消えていった。





 ――ズグンッッ!!!




 巨大な邪神が大きく震え、一時、その動きを止める。




 統一暦830年4月5日23時48分。



 邪神の女王は、主核の動きを停止。

 補助核による生命維持を開始する。




 ――同時刻、グランディア平原の全ての邪神が、イーヴリス大陸内部へ向けて進攻を始めた。


 ~次章予告~


 動き出した邪神の大群勢。

 イーヴリス大陸全人類の命運を賭け、大陸全土の戦力がグランディア平原に集結する。

 グレン達もまた、クラリスを取り戻さんと、最後の決戦に身を投じる。

 標的は――『女王』



第七章『俺達の決戦前夜』



 アイツはずっと言ってたんだ――『たすけて』って。

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