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第9話 神の子の役目

 眼下に雲海を眺めながら、1機の飛空挺が進む。



 教会所有の大型飛空挺『サンダルフォン』。


 3基の小型霊子炉による強力な重力操作により、大陸で唯一雲の上に出ることができる飛空艇だ。

 巨大種の触手すら、この高高度には届かない。



 止めるどころか補足すら困難なサンダルフォンの発進は、各勢力から強い警戒を向けられる。

 そのため、この大型飛空挺の運用は、信者用のセレモニーや他勢力への恣意行為として、年に1回動かすかといった程度だった。



 今回、奪取した『神の子』クラリスを『儀式』の場に運ぶことを全世界に知らしめるため、サンダルフォンは久方ぶりに空に浮かび上がることになった。


 飛空挺に配備された人員は、運航スタッフと神殿騎士の精鋭達。

 暗部たる『修道士』の姿はどこにもない。


 神聖なる儀式の場に、影に生きる者達の列席は許されなかったのだ。

 それは序列では勇者を上回る『聖人』、エルカサドも例外ではなかった。



 功労者を置き去りに、雲海を征くサンダルフォン。

 その内部、クラリスに割り当てられた客室にその男は現れた。




「気分はどうかね? 『神の子』よ」



 聖導教会の最高位、聖神教教皇グレゴリー12世。

 シワの一つ一つから滲み出る欲の気配に、クラリスが身を強張らせる。



「……グレン達のところに、帰して……」


「帰ればその者達は死ぬことになるぞ? お前の家族の様にな」


「っ!?」



 教皇の言葉に、クラリスの失ったはずの記憶が疼く。



「思い出せ、お前の家族に何があったのか。お前の愚かな行いの起こした結果を。そして、お前が何故『神』の子になったのか」



 聞きたくない、聞いちゃいけない。

 そう思いながら、クラリスは教皇の声に飲み込まれていく。




(私の……家族、私の……村、それに……)






(……ピューリ)




 ◆◆




 ――ピューリ、おいで。



 その子は、他の動物とは、何か違かった。


 小さくて、まん丸の体。

 小さい足が4本あって、とてとて歩く。


 可愛い。


 口も小さな丸い口。

 『ピュリッ、ピュリッ』って鳴くから、『ピューリ』って名前にした。



 ピューリは私が来ると、いつも胸に飛び込んでくる。

 目も耳もないのに、どうしてわかるんだろう。



 ピューリとは、この山で出会った。

 野犬に虐められてるピューリを、私が助けた。

 それから、私は毎日のようにピューリに会いに行った。


 私は喋るのが苦手で、村の子供は私と遊んでくれなかったから、友達ができたみたいで嬉しかったんだ。



 ある日、私とピューリは魔獣と出会った。

 私はピューリを抱えて逃げたけど、追いつかれて、突き飛ばされて、気絶して。


 気付いたら魔獣はいなくて、血だらけのピューリが倒れてた。



「それで、死にかけた友を見たお前は、どうした?」


「私……私はっ……!」







 ――死体を、集めた。




 手当なんてできないから、せめて、ご飯だけでもって。

 ピューリを助けたくて、私は山の中を駆けずり回った。


 集まったのは、キノコとか、木の実とか、少し大きな虫や、ネズミ、リスとか、小さい動物の死骸。





 ピューリは、動物の頭を食べた。



 普段小さいピューリの口が、思ったより大きく開いて、頭をゴリゴリ食べた。


 私は初めて、ピューリが怖い生き物なんじゃないかって思った。




 でも私がそう思うと、ピューリは食べるのをやめて、また口を小さくしてしまった。

 私が怖がったから、自分が死んじゃうかもしれないのに、やめてくれたんだ。



 お母さんが言ってた。

 私達だって、豚や鶏を食べて生きてるんだって。


 私は、こんなに優しいピューリを、ちょっとでも怖いと思った自分が恥ずかしくなった。

 そしたら、ピューリはまた、ご飯を食べてくれた。



 ピューリは動物の頭しか食べなかったから、私は日が暮れるまで、動物の死骸を探して回った。

 帰るのが遅くなって、お父さんとお母さんに怒られたけど、ピューリは元気になってくれた。




「それで? それだけではあるまい。その後、お前の家族はどうなった?」


「かぞく……お父さん……お母さん……おにいちゃん……」






 ――見られていた。




 私が死体を抱えて、山を走り回る所を、村長の息子に見られていた。

 その時、村では家畜が殺される事件が続いてて、私は、その犯人にされた。



 こんな子供がどうやって?

 きっと、みんなわからない。


 誰でもいいから、犯人が欲しかったんだ。



 お父さん達は、私を庇ってくれた。


 私を庇って……庇って……。




「かばって、どうした?」


「みんな……みん……殴られて……刺されて……っ……動かなくっ、動かっ、あ、ああああ」


「まだだ、その先がある」


「っ!?」



「それから、どうなった?」




 ――それから、それから……!




 村の人達は、私の方に近寄ってきて。

 一番の力持ちの人が、斧を振り上げて。



 私は、切られた。



 そしたら、他の人達も、私を殴ったり、刺したりして。

 すごく痛くて、でもすぐに痛く無くなって。


 ああ、私、死んじゃうんだなって思ったら。





 ――ピューリが、来てくれた。




 私を切った斧の人の頭に噛み付いて、私が持ってきたネズミやリスみたいに、ボリボリ食べた。



 みんな、パニックになった。

 でもピューリは小さくて、すぐに囲まれて、私みたいに、殴られたり、刺されたりして、動かなくなった。


 そしたらピューリは、聞いたこともない声で鳴いた。




 鳴いたら、邪神が出てきた。


 すごくいっぱい、村の人たちより、いっぱい。



 みんなはすぐに食べられて、お父さん達の頭も食べられて。


 私と、ピューリだけが残った。





「っ!? ピューリ……ピューリは?」


「死んだではないか」


「えっ?」



「お前のせいで」



 ――私の……せい……?



「お前の体は、何でできている?」



 ――私の……体……!




 あの時、もう何も感じなくなった私に、ピューリは近づいてきた。


 大怪我してるし、私の頭を食べるのかな?

 いいよ、私はもう死んじゃうし。

 ピューリが助かるなら、食べていい。


 でも、痛いのはやだから、死んじゃった後がいいな。




 でも、ピューリは私を食べなかった。

 体から細いものを出して、私の体に入ってきた。



 それから……どうしたっけ……?



『食べたであろう、お前が(・・・)



 っ!?



『友の血肉を喰らい、今の体を得たであろうに』



 あ、あれ? ……そうだっけ?

 覚えてない、覚えてない、けど。





 ――私の体からは、いつもピューリの臭いがしてた。




 ◆◆




「あ……あ……あぁ……私がっ……私がっ!」



 目を見開き、ワナワナと震えるクラリス。

 そんなクラリスに対し、グレゴリーは最後の仕込みにかかる。



「皆、死んだ。お前の家族も、村人も、友も。お前だけが生き残った」



「お父さん……お母さん……お兄ちゃん……! 村のみんなっ……ピューリっ!」



「彼らの命を喰らい、お前一人だけが」



「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!?」




 頭を抱えて蹲るクラリスを見て、グレゴリーは口元に笑みを浮かべる。

 少女は今、自らを救おうと手を差し伸べた友を、無慈悲に喰らう自分を幻視している筈だ。



 思考を読んで発言を先回りし、精神を崩したところで思い出を汚していく。


 そうなれば、後はこの通り。

 相手は勝手に、グレゴリーの望む、自責の思考に迷い込む。



 これが教皇グレゴリーに与えられた権能、『教唆』と『読心』。



 この男は、唯の欲深い老人ではない。

 『七徳(しちとく)の聖人』が一人、対神三徳『信仰』のグレゴリー。



 教皇の魔の手にかかり、クラリスは極限の『自責』に落ちた。




 次は『絶望』。



「彼奴等も、死ぬであろうな」


「っ!?」


「お前の、故郷の者達と同じ様に」



 ――グレン達も、死んじゃう? 私が、そばに居たから……!



「私の……せいで……! みんなっ……グレンっ……みんな……!」




 仕込みは終わった。


 クラリスはもう、思考を埋め尽くす、グレン達の断末魔を振り払えない。

 こうなればもう、あとは教皇の思うままだ。



 自分一人では受け止めきれない、巨大な絶望に相対した時、人は一体どうするのか。

 それは神代でも、先史文明でも、そして今も変わることはない。





 神に、縋るのだ。



 信仰とは、宗教とは、絶望の上に浮く『肉の船』。

 自責と絶望に沈んだ少女一人、肉の材木に加えることぐらい、宗教の頂点『教皇』ならば容易いこと。




「彼奴等を救う方法が、一つだけある」


「っ!?」


「邪神を止めよ」



「邪神……」




 教皇がそう言えば、クラリスの口が、うわ言の様に『邪神、邪神』と繰り返す。



「この大陸の南西。そこに巣食う全ての邪神の母、『女王』にその身を投じよ」


「邪神の母……女王……」


「それが、彼奴等に遣わされる死神よ」




『女王』



 グランディア平原最奥にその身を置く、全ての邪神の頂点に立つと目される存在だ。


 年々、僅かながら減少傾向にある各地の邪神に対し、グランディア平原の邪神は増え続けている。

 故に、女王には繁殖能力があると目されている。

 人類が邪神に勝利する為には、避けては通れない存在だ。



 グレンは統合軍、邪神を倒す為に戦う兵士。

 クラリスの中で、女王と彼らの線が容易につながる。


 与える理由は、それだけで十分。

 後はクラリスが、自分で理由を作り上げるのだ。



「もう、わかっておろう。お前は『邪神の子』だ。女王の元へ戻り、荒ぶる母を止めよ。さすれば、後は勇者と我が騎士団が、邪神共を葬ってみせよう」



 そして、これこそが教皇の目的。

 クラリスが女王を抑えている間に、勇者と教会の勢力を中心とした軍勢でグランディア平原を平定する。


 人類の悲願、女王討伐を教会主導で成し遂げれば、教会の権威を取り戻すのも難しくない。

 そして、それを成したグレゴリー12世の名は、燦然と人類史に輝くことになる。



 グレゴリーは、緩みそうになる顔を慌てて引き締める。

 話は一つ残っているのだ。



「お前は、女王と運命を共にするがよい。さすれば、二度と死をばら撒くこともない。彼奴等も、幸せな未来を迎えることができよう」


「私が……止めて……私が……死ねば……」



 教会に勝利をもたらすのは『神の子』でなければならない。

 『邪神の娘』では、折角の栄光に傷が付く。



 教皇は、目の前の『物証』も、女王共々葬るつもりだ。



「みんなは……幸せ……みんなは……」



 クラリスの目が、力を取り戻していく。

 昏い炎を宿した、意志なき死兵の目だ。


 その目が映すのは、色褪せ、靄がかかった暗い世界。

 今度こそ、教皇の顔が欲望を象る。



「私が……守る……!」



 少女の準備は整った。

 サンダルフォンは、一路グランディア平原へ。

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