第6話 精強で冷徹で傲慢な偽善者
多くの者が逃げ惑う中、剣を振り上げ挑んでくる勇敢な神官戦士。
他と比べて、心身共に格段に鍛えられていることが見て取れる。
俺はその男に向け剣閃を見舞う。
回避も防御も不要。
彼が振り下ろしの動作に入る前に、あとから構えた俺の剣がその首を切り飛ばした。
俺が参戦したことで、相手が人間だと言うことを思い出してしまっただろう。
恐慌から持ち直して、切りかかってくる者が現れるようになった。
気の毒だが、そんな勇敢な彼等には、新たな恐怖の火種になってもらう。
容赦なく首を刎ねると、周囲の戦士達は分かりやすく慄いた。
こうゆう者達は、恐らく仲間内でも一目置かれるような強者なのだろう。
効果は的面だ。
レーゼはどうだか知らないが、俺は残念ながら、人を殺すことに慣れてしまっている。
その凶刃のじゃ犠牲者は、主に身内の兵士だったが。
事前に察知し難い単独行動。
最悪、砦を丸ごと壊滅させられる戦力。
参謀本部直属の一人大隊は、軍内部の粛清には持ってこいなのだ。
流石にもう、あの荒んでいた頃のように、何も感じないというわけにはいかない。
だが不快感を棚上げにすることは、今でも大して難しくはなかった。
相手だって、殺すつもりでかかってくる。
それを殺さないのは慈悲ではない。傲りだ。
故に、必要なら躊躇わずに首を飛ばし、心臓を貫く。
……が、床に転がってる奴の殆どは死体じゃなかったりする。
俺もレーゼも、逃げる奴や、特にメリットがない相手は、命までは取らないようにしているからだ。
慣れてるからって、皆殺しにしたいわけじゃない。
強者の傲り? 偽善? 上等だ。
俺は俺の力が許す限り、傲慢な偽善者でいてやる。
泣きながら剣を振り回す新米っぽいのを適当に気絶させると、目の前の床にズバッと亀裂が走る。
出所に目を向ければ、大暴れする殺戮人形。
レガルタでレーゼに教えた飛ぶ斬撃。正式名称『連ね断ち』だ。
この技は、実際には斬撃を飛ばすようなものではない。
『切断』という現象を連鎖させて、刃渡り以上の範囲を斬る技だ。
レイ先生曰く、『原理はよくわからない。私は雰囲気と気合いでやっている』だ、そうだ。
レーゼは天才肌の感覚重視なんで、俺の擬音たっぷりの説明と実演だけで、速攻で使える様になっていた。
流石だ。しかも使い方も上手い。
相手がギリギリ躱せたと思うようなタイミングで、派手に床や壁を斬っている。
自分が食らうかもしれなかった攻撃が、石床を2~3mに渡ってパックリいかせてるのだ。
勇気を奮い立たせて向かってきた戦士も、瞬間的な恐怖で縮こまる。
俺の方も中々好調。
錬勁も天空王、魍魎と強敵の戦いを重ねて、いい感じに仕上がってる。
剣神の業の始伝『錬勁』は、生体魔法の様々な術を1個の生命活動として発現させる技術だ。
生体魔法の始まりは、生命活動に魔力が加わったことで、偶発的に起こる身体機能の向上を、技術として体系化したものだと言う。
錬勁は、技術として高められたそれらを、血流や筋肉の動き等で制御し、再び生命活動として行使するのだ。
魔力消費や発生までの速度は、個々に技術として使用した時と比べ格段に上がり、各技術の噛み合わせが良くなった結果、総合的な効果も上がる。
剣神の業は、この錬勁を覚えることから始まり、極めることで終わる――と、レイ先生は言っていた。
俺はまだまだ、『極み』には至っていない。
一挙手一投足を確かめながら剣を振り続ける。
そうこうしている内に、立っている敵はいなくなっていた。
結局、増援含めて400名の神官戦士達は、ほとんどが泣き叫び、逃げ惑うだけ。
まともに戦えた者は数人程度だった。
「じゃあ、手筈通りにいくぞ」
派手に暴れたから、『俺とライル』が来たことは知れ渡っている筈だ。
次は二手に分かれて、陽動とクラリスの救出に移る。
目立つ殺戮人形を抱えたライルが陽動。
単独で動ける俺が、身を隠しながらクラリスを探す。
全員で強行突破してしまいたいところだが、固まって動いていると、セインがクラリスを人質に取った時に背後を突けない。
分散はしておくべきだ。
当然、教会はすぐに俺がいないことに気付き、捜索に人員を割くだろう。
では、問題のセインはどうか?
俺達は『ライル達の方に行く』という予想を立てた。
ライルは、実はパーティを抜ける時にも一悶着あったらしい。
何と奴のハーレム要員の1人が、ライルに惚れちゃったことが発覚したのだ。
セインは大荒れ。
生命の危機を察したライルは、セインに通告された日取りよりだいぶ前に、逃げる様に出て行ったと言う。
対して俺は、散々殴る蹴るの暴行を受け、ボロ雑巾になったまま、セインの薄ら笑いを背に孤児院へ出荷。
普通に考えて、メインターゲットはライルということになった。
それに奴は、ライルの戦闘をある程度見ている。
数年会うこともなく、突然魔王討伐の中心人物となった俺よりは警戒が薄い筈。
まさか『赤頭巾の剣聖』がいるとも思うまい。
俺がクラリスを連れ出す前に、ライル倒せると考えるだろう。
……懸念がないわけじゃない。
手紙の宛名が、俺が先だったのだ。
確かにライルは臨時隊員扱いで、今に限れば俺の方が立場は上だが、奴はそんなことは気にするまい。
ただ、敢えて後ろに書くことで屈辱を与える、なんてことは考えそうな奴でもある。
俺は当初の予定通り、2人が暴れている間に身を潜めた。
片手には予備の探知機。
クラリスの居場所は、そう遠くない。
――待ってろ、クラリス……!
◆◆
響く轟音。
突然の異常事態に、逆上していたセインが冷静さを取り戻す。
表情からそれを察したエルカサドは、このタイミングを逃さない。
「どうやら敵襲のようですな。神の子の躾のお話については、侵入者を退けてからに致しませんか?」
エルカサドの提案に、セインが難しい顔を作る。
先程は激情に任せて剣を向けたが、冷静に考えればエルカサドが抵抗することは想像に難くない。
人間としては完全に下に見ているものの、エルカサドが戦闘巧者であることは、セインも内心認めている。
少なくとも、自分の足元に届く程度の力はある、と。
『聖人』の能力のこともある。
彼が本気で挑んでくるなら、間違いなく『切り札』を使わされることになるだろう。
(アレは使ってしまえば、丸一日動けなくなる……ちっ)
セインにはこのあと、グレンやライルとの戦いが控えている。
エルカサドの相手で力尽きてしまうわけにはいかない。
だが、このままタダでエルカサドの提案に応じるのは、どうにもプライドが許さない。
悩むセインに、エルカサドがたたみかける。
「何ならその侵入者、私が出向いて始末いたしましょうか?」
「余計なことはするな! 奴らはこの僕が断罪するんだ。いいだろう、貴様はその子供と一緒に、上に引っ込んでいろ!」
上からの物言いができたことで、ようやくセインはエルカサドの話を受け入れる。
「有難う御座います。では、仰せのままに」
セインの気は変わりやすい。
エルカサドは今がチャンスとばかりに、そそくさとクラリスを連れ別室に移った。
「ふんっ……ドブネズミが。グレン達の次は、貴様を粛清してやる……!」
エルカサドが去った扉をひと睨みして、セインは思考を切り替える。
やっと『招待客』が現れたのだ。ホストとしてもてなしてやらねばならない。
「『錬金術師』は、異様な人形を伴い3階西側を制圧! 東側に向かっています!」
「『魔人』は2階に降りた模様! 死傷者多数です!」
院内が騒がしくなり、セインの元にもひっきりなしに伝令が現れるようになる。
普段のセインなら、煩わしさに怒りの1つもぶつけるところだが、待ち望んだ瞬間が近付いていると思うと、むしろ楽しいとすら思えた。
(素直に2人で来たことは、褒めてやろう。ライルは妙な魔導具を持ち込んだようだが、どうせ僕の敵じゃない)
(二手に分かれたか。あの子供を探すため……いや、直接この棟に乗り込んで来たんだ。場所は掴んでいると見るべきだろう)
「『錬金術師』が4階に移動! 人形は術師を置いて2階に! 暴走した模様です!」
「人形が向かった先の部隊が、恐慌状態で戦闘になりません!」
(グレンの発見報告が途絶えた……ライルを囮にして、コソコソとあの娘を盗み出すつもりか。盗人にはお似合いの手口じゃないか。なら……)
そこまで報告を聞くと、セインは部屋を出た。
向かったのは大広間。
クラリスのいる上階に続く、唯一の階段がある場所だ。
クラリスの居場所がわかっているなら、グレンは必ずここに現れる。
(僕の人生にまとわりつく害虫め……魂までいたぶり尽くして、今度こそ完全に息の根を止めてやる……!)
グレン達は、1つ読み違いをしていた。
セインは、グレンが想像もしなかった頃から、想像もできない程の敵意を抱き続けていたのだ。
セインのメインターゲットは、グレンだった。
大広間で待つこと数分。
普段はあまり鋭くないセインの感が、何かを訴えた。
――キィィィン……。
直後に、扉の向こうから届くか細い金属音。そしてバタバタと人が倒れる音。
大仰な扉が蹴破られ、ついにその男が姿を表した。
――グレン……!!




