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第16話 全ては勇者の手の中に

 夜のレガルタを、マリエルと歩く。


 あの後レーゼは、エドガーに用があるとかで工房に向かった。

 白虹(びゃっこう)も未完成なので、一時没収だ。


 俺が名残惜しそうにしていると――



『この子はグレンが心配で、部屋着で駆けつけてきたの。ちゃんとおめかしさせてあげなきゃ、めっ』



 なんて怒られてしまった。

 確かに術式はまだらしいし、鍔も重心調整用の適当な鉄塊だった。



 てか、白虹ちゃんは女の子なの?

 俺、そこまでは分からんよ?



 ギリギリでクズ野郎疑惑を回避したライルは、ギルドで居残り。今回の件の報告中だ。



 『ランダールの魍魎』という一大事件の解決。

 喋る邪神の存在に、その邪神が職員に紛れていたこと。

 その他、ギルド屋上での戦闘による周辺含めた被害や、俺と会敵してからの経路の被害等々、話すことは山程ある。



 本来この手の仕事は、隊長の俺か、S級傭兵のマリエルの役目なのだが、今回は色々お騒がせしたライルが禊として引き受けることになった




 ……というのは冗談で、邪神が喚いていた内容に関する予想等、学者の立場からの報告がしたいとのことだったので、ライルに任せることになったのだ。




「んー、やっぱりこの杖、貧弱ね……早くできないかなぁ」


「新しい棍棒?」


「杖よ」



 膨れっ面である。



「前から気になってたんだけどさ」


「うん」


「マリエルって、杖に何求めてんの?」


「重さと頑丈さ」



 マリエルよ……人はそれを、棍棒と言うのだ。




「あの邪神の言ってたことさ……マリエルはどう思った?」


「さぁ……邪神については、グレン君が専門家でしょ?」


「俺は駆除専門なの」



 少し考えるマリエル。

 次に、不安そうに星々が瞬く空を見上げた。




「本当に、『あっち』から来たのかしら?」


「弱輩ながら、5桁は駆除してきたプロの感だと……」



 ――多分、その通りだ。




 数秒の無言。マリエルがブルっと震えた。



「やめてよ……私ホラー苦手って言ったじゃない」


「殴れる奴は、いけるんじゃなかったっけ?」


「その言い草には抗議したいけど……コズミックホラーは、なんか別物よ」



 それは、なんかわかる。

 ゾンビとかなら噛まれなきゃ楽勝な感じするけど、あの名状し難い奴らは、実在したら勝てる気がしない。

 この世界そのものが、クソデカい邪神の見てる夢とか、冗談も大概にしてほしい。




 そんな話をしながら宿に戻ると、宿の前には人だかりができていた。

 押し寄せる人波を、ウィスタリカの兵が押し留めている。




 外壁には、大きな穴。




「マリエル」


「グレン君」



 俺達は視線を交わすこともなく走り出し、人混みを飛び越える。

 ウィスタリカ兵が咎める様に声を上げるが、今は身分を明かしている時間が惜しい。



「統合軍だ!」



 それだけ返して宿の中へ入ると、かなり強い血の臭いが立ち込めていた。

 ウィスタリカ兵や傭兵達の間を駆け抜け、臭いの元を追う。


 目的の場所には、それほどかからず辿り着いた。






 ――マリエルを連れて来ておいて、本当によかった。




「アルテラっ!!」





 そこには全身を刻まれ、右腕を失ったアルテラが、大量の血溜まりに沈んでいた。




 周りでは白魔術師とリリエラが、3人がかりで回復をかけている。

 だがリリエラの真っ青な顔を見るに、延命にすらなっていないのだろう。



 その現場に、マリエルが踏み込む。




「開けて、『白星槍(はくせいそう)』よ」



 ユニコーン――最高位の白魔術師の紋章に、術師2人がさっと前を開ける。

 そしてリリエラは、縋るような目を彼女に向けた。



「マリエルさんっ……!」


「リリエラ……頑張ったわね。大丈夫、後は私に任せて」


「はいっ……! お姉ちゃんを……お願いします!」



 マリエルは、1つ頷き魔術を展開する。

 回復魔術に、麻酔としての状態異常、医術の知識まで合わせた、高度医療術式だ。

 人間1人の外傷修復ならば、教会の聖女を上回る。



「アルテラの体力は?」


「ちょっと心許ないわね」


「わかった、俺のを流す」


「お願い」



 アルテラの心臓付近に手を当て、生命力を流し込む。

 生命波動に目覚めてからできる様になった芸当だ。


 めっちゃ疲れるんだが効果は的面。アルテラの顔色が目に見えて良くなっていく。




 だが――なんだ。



 何か違和感がある。



 凄く、凄く大事なことを見落としてるような――あっ。




 アルテラが目を開く。


 その目で俺を捉えると、彼女は苦しそうに表情を歪ませ、絞り出す様に言った。









「ごしゅ……じん……様……! げほっ! 申し訳っ……ありません……っ」




 ――クラリスが。




 その場に、我が小隊の姫君の姿はなかった。




 ◆◆




「ちっ……あの女……っ」



 街道を走る馬車の中、セイン・バークレイは舌打ちを繰り返していた。

 右腕には痛々しい傷が刻まれ、教会の治癒術師が顔を青くしながら回復術をかけている。



『神の子』クラリスの『奪還』。



 それを命じられたセインの前に立ち塞がったのは、1人の闇人(やみびと)の女だった。


 卑猥なメイド服を着た、闇人にしては中々そそる身体をした女。顔もセイン好みだ。

 神の子のついでに持ち帰り、性処理でもさせてやろう思っていたのだが、思いの外手強かった。


 連れてきた修道士達は恐れを為して手を出さず、実質セイン1人で相手をする羽目に。

 勿論負ける様なことはなかったがその執念は凄まじく、修道士2人が殺され、更に時間をかけ過ぎたため人も集まって来た。


 もう1人の命を囮に、セインも手傷を負い、なんとか神の子だけは奪い取ることができたというわけだ。

 目的は果たしたと言うのに、勇者の気分は晴れない。



「あの女も、招待客に入れておくべきだったか……いや、あの傷じゃもう死んだか」



 全身を刻んだ上に、腕も飛ばした。

 教会の聖女でもなければ、救うことは不可能だ。


 仲間の惨たらしい死に泣き崩れるグレンを想像し、セインは僅かに溜飲を下げる。



 尚、指令書にはマリエル……白星槍のことも書かれていたのだが、グレンとライルの抹殺指令に興奮したセインは、そこまで読まずに破り捨ててしまった。




(で、これが)



 ――神の子。



 向かいの席で横たわる少女に目を向ける。

 セインも詳しいことは知らないが、この娘は邪神撲滅の為の切り札だという。


 念のため両脇を騎士で固めているが、今は気を失いピクリとも動かない。



 グレンはこの娘のことを、それは大事にしていたという。

 今すぐ八つ裂きにして、死体を小箱にでも詰めて贈ってやれば、さぞ愉快な姿を見せてくれるだろう。



 女が手に入らず、傷まで負わされた苛立ちは治っていない。

 グレンのこの世の終わりのような慟哭を聞けば、どれ程気分が晴れるだろうか。



 衝動のまま、無傷な方の手を剣に伸ばす。





(いや、まだだ。もう舞台は整えてある)




 セインは僅かな理性を総動員して、グッと堪えた。



 ここでそれを実行しても、セインはグレンの歪みゆく表情を見ることはできない。

 それではダメだ。

 セインは、グレンが絶望に沈む姿が見たいのだ。


 それにライルのことも野放しになってしまう。

 ライルを苦しめる方法は、まだ考えついていない。

 一先ず身柄を拘束し、何とでもできる状態にしなければいけない。


 ライルを釣り上げるためにも、『神の子』はまだ手放せない。



 それに、教皇は何としてもこの娘を手中に収めようとしている。

 ならば、この娘を確保しておくことは、教皇に対する強力なカードになる筈だ。



 セインは独断でランドハウゼンからの要請を断り、天空王討伐という『一大事業』を掠め捕られた。


 勇者以外での魔王討伐は、教会の権威を揺るがす大事件だ。

 原因となったセインの立場は想像以上に悪い。


 教皇が求めて止まない神の子が手元にある現状。

 これはセインにとって大きなチャンスだ。


 神の子を餌に教皇を操る――



(いや、違うぞ。僕自身が『神の力』を手にするんだ)



 力の使い方は知らないが、そんなものは本人に聞けばいい。言わなければ、如何なる手段でも使う。

 今日連れている修道士の中には、幼女に欲情する変態もいる。



(どうせならグレンの前で、『詰問』をしてやろう。そうだ、それがいいっ!)



 大事な少女が目の前で穢される。

 そのときグレンは、どんな顔を見せてくれるか。


 楽しい想像に、セインの顔が醜く歪んだ。

 ~次章予告~


 連れ去られたクラリス。

 残された『招待状』を手に、グレンはクラリスの救出に向かう。

 そこに待つのは、グレンと因縁浅からぬ1人の少年。



第六章 銀の魔人と光の勇者



『その勇者は、何もさせずに倒して。じゃないと――』

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