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第11話 魔人と魍魎

 休みなく繰り出される、8本の触手。

 一発一発が石床を砕き、人間をミンチにする恐ろしい凶器だ。


 グレンはそれを、押し退け、切り伏せる。



 正面から迫る4本の肉槍を、宝剣で迎撃。

 空圧を抉る突撃を、衝突の反動も使い右へ、左へ、右へ、左へ。


 尾を引く銀光。

 弾ける大気。

 跳ね飛ぶ肉槍の密集陣形。



 その衝撃がこじ開けた、人一人分の空間。



 そこにグレンが踏み込めば、頭上から追撃がしなり、降りかかる。

 ならばと床を踏み締め、斜めの切り上げ。

 完全に刃筋を立てた一撃は、肉の鞭の下半分を切り裂いた。



「まだまだぁっ!」



 半分では済まさない。

 剣速を上げ、更に2発。

 左右から挟み込む様な連撃に、千切れかけの触手が宙を舞った。


 ボコボコと肉を沸騰させる断面を、グレンは更に縦一閃。

 再生を遅らせ、一旦視線を周囲に向ける。



 残りの触手が、間合いに入り込んでいるのだ。

 3方向から、完全同時に。



「いた」「だき」「ましたよ!」



 一本ずつ捌いていては間に合わない。

 左右と上にも逃げ場はない。

 後ろに飛んでも、リーチで追いつかれる。




「テメェに食わせる餌はねえよ」




 だから全て(・・)迎え撃つ。


 切っ先を触手の一本に向け、引き絞る様な肩越しの構え。

 筋繊維、神経、そして生命波動。

 全てを一斬の型に循環させ、解き放つ。



 左下への突き下ろし。


 すかさず右上に切り上げ。


 返す刀で切り下ろし。




「燕三段……!」



 稲妻の様な剣閃に、3本の触手が紫色の飛沫を上げた。


 レイヴィスの師、先代剣神エルガンが神代の資料(マンガ)から再現したという、実在の奥義の合わせ技。

 腕への負担は大きく、型も限られているが、3つの斬撃をほぼ同時に走らせる神業だ。


 尚、原典となった技は『次元を歪めて並列世界から斬撃を呼びこみ、完全同時に三撃を放つ』というトンデモ技だったとか。

 さすがに、完全再現はできなかったようだ。




 血塗れでのた打つ3本を置き去りに、グレンが前方に飛ぶ。


 直後にその姿を天雷が貫くが、捉えたのは残像だけ。

 剣戟を囮に真上から狙っていた最後の1本は、空しく床に突き刺さった。




 全ての触手を凌ぎ、魍魎に迫るグレン。







 ――その眼前に、一直線に迫る肉の槍。




「っ!!」




 それは、この攻防の最中に切り飛ばした一本。

 短くなった分戻しが早かったそれを、断面から鋭利な先端だけを生やして差し向けてきた。



 その距離僅か数cm。


 次の瞬間には、眼球から脳を貫こうと迫る致命の切っ先。






 それを、グレンは左手で掴み取った。



「なんですとっ!?」



 脳漿をぶち撒ける筈だった必殺の槍は、目の下を若干突いただけで動きを止めた。



「大漁一本っ!!」



 掴んだ触手を、勢いよく引っ張る。


 宙に投げ出される魍魎。

 飛び掛かるグレン。


 繰り出された一閃を、魍魎は2本の腕を重ねて迎え撃つ。




 銀光一斬。


 魍魎の両腕が紫色の飛沫を上げた。



「まだまだ持ってけっ!」



 返す一撃で右腕を、更にもう一撃で左腕を弾く。

 そのままガラ空きの胴体を狙い――咄嗟に方向を変え左に飛ぶ。


 戻ってきた触手が2本、グレンの背後から迫っていたのだ。



 目標を失った触手は、急には止まれず本体に激突した。


 グレンの連続攻撃で、体勢が崩されているところへの衝撃。

 踏ん張りが効かず、魍魎の体がぐらりとよろける。



 相手が人間ならば完全な好機。


 だが、ランダールの魍魎は人にあらず。

 人類の天敵、邪神也。


 床に手を付く本体とは別の生き物のように、動かせるだけの触手がグレンに伸びる。



 本体がどんな体勢だろうと、狙ったタイミング、速度、角度で獲物を狙う触手。

 この洗練された技は、巨大種の数十本の触手すら捌き切るグレンと、たった8本で渡り合う。



(コイツは……S級でもどうにもなんねえな……!)



 例えマリエルでも無理だろう。

 単独で何とか戦闘になるのは、S級最強『猛牛姫』ベアトリスくらいだ。



 そしてグレンが攻め切れない理由は、それだけではない。




(堅えんだよコイツ!)




 触手の強度が異様に高いのだ。恐らく魔王種とも大差ない程に。

 しかもグレンが手にしているのは、今まで共に歩んできた雨土(アマツチ)ではなく、少々華奢な宝剣アルマデウス。

 今のグレンの腕を持ってしても、精々直径30cmの触手が一撃では断ち切れない。




 だが――




(こりゃ『勉強』しといてよかったな)




 それでも刃は通っている。

 宝剣に宿る銀の光が、それを可能としているのだ。


 全身に纏うものより更に濃密なこの銀色は、ただの生命波動ではない。

 これこそ『錬金術師』ライル・アウリード発案のびっくり新技術。

 生命波動を錬金術で加工して生み出した、魔属性に近い結合破壊エネルギー。



 その名も『錬気(れんき)術・波動光破(はどうこうは)』。



 ライルは皇都に戻ってからたった2日で、理論の構築から最適化、更には錬金術初心者であるグレン君用の教育プランまで作り上げた。

 その後は、来る日も来る日もライル先生との、ドキドキマンツーマン講習だ。


 教育者としても優秀なライルと、何気に『生徒』としては優秀なグレンの臨時師弟は、レガルタに着く頃には、息を吸う様に破壊の波動を生み出すことができる様になった。


 元々は、グレン単独で魔王を倒すことを想定して生み出された技術。

 だが、単純な攻撃力の増強手段としても効果は高い。


 この波動光破が、アルマデウスの切れ味不足をなんとか埋めていたのだ。



(座学の間は鬼かと思ったが……感謝するぜ、ライル先生っ!)



 その結果、グレンの与えるダメージは、魍魎の修復速度を僅かに上回っている。

 対する魍魎の攻撃は、まだ掠める程度しか届いていない。



 決め手は無い。だがジリ貧でも無い。


 寧ろこのまま削り合いを続ければ、先に倒れるのは魍魎の方だ。




「まさか、正面から力負けするとは思いませんでした」


「しかも、その中途半端な剣で」


「貴方……本当に人間ですか?」



「お前に言われたくねえわっ!」



 代わる代わるの首で言葉を発する様は、常人なら発狂する不気味さだ。

 グレンとしても単純に気色悪い。


 至近距離で口を開いた首を、強めの一撃で弾き飛ばした。




(さて……困りましたねぇ……)



 魍魎も、自身の劣勢は自覚していた。

 当初、魍魎は鳴り物入りで現れたグレンを八つ裂きにして、絶望したアリアを美味しくいただく予定だった。



(無理でしょうね……残念ながら……)



 速さと技術はともかく、腕力と、恐らく頑丈さでも負けている。

 どう考えても勝ち目がない。

 魍魎もギルドの資料で『(しろがね)の魔人』は知っていたが、この力は予想外だ。



 まさに『魔人(人ならざる者)』。

 人間かを尋ねたのも、冗談で言ったわけではない。



 万が一倒せたとしても、アリアを襲うだけの余力までは残らないだろう。


 怯えて動けなくなってしまったアリアだが、魍魎は彼女の魔力量は相当に警戒していた。

 グレンと戦った後の満身創痍では、返り討ちにされてしまう可能性は十分にある。



(楽しみは後に取っておこうと思ったのですが……仕方ありませんね)






 ――さっさといただいて、お暇しましょう。





 魍魎の首の1つが、まだ水溜りにへたり込むアリアの姿を捉える。


 その距離20m以上。


 触手の有効射程をかなり外れているが、魍魎には奥の手があった。



 アリアに向けた触手に、他の7本から生命力を譲渡。

 突如動きの鈍った触手に、グレンが罠を警戒する。


 その一瞬が、魍魎が『食事』に動く間となってしまった。



「っ!? てめ……!」



 力を集めた1本が、大口を開けてアリアに飛びかかる。

 その先にあるのは、恐怖に歪んだ少女の顔。



「ふっ!!」



 グレンはアリアに向かった触手に向けて、1ステップ分だけ距離を詰める。

 そして、そのまま剣を振り抜いた。



 グレンと触手の間隔は、近いところで4m。

 斬撃は虚しく空を切り――その先にある触手が血を噴いた。




「ぬぉっ!!?」






『然るべき技術と筋力があれば、斬撃は飛ばせる』





 ――こうだろ、先生……!




 突然の飛ぶ斬撃に、魍魎に大きな動揺が走る。

 のたうつ1本から、力を戻すことすら忘れるほどに。


 グレンは斬撃を飛ばしながら前進。

 残り7本も吹き飛ばし、魍魎の懐まで潜り込んだ。



 両腕でガードを固める魍魎。

 だが、予想した斬撃はなかった。


 訪れたのは、肩が触れる軽い感触。



「すっ」



 グレンは軽く息を吸い、魍魎の側の足を更に一歩踏み込む。


 『ズドン!』と床を突き抜ける音。

 石片が舞い、足から肩に集約された衝撃が魍魎に伝わる。



 剣神師弟お得意の神代格闘術、『拳法』の技だ。


 魍魎の足が宙に浮き、衝撃が全身を巡る。

 生み出された『無』の一瞬。



 グレンとしては、ここで決めたいところ。

 核の位置も概ね掴んでいる。


 だが、残念ながらそれは『一撃』では無理だ。



 なら、グレンの選択は――




「ぶっ飛べやぁぁぁぁぁぁっっ!!!」



 一先ず、怯える猫耳少女から引き離す。



 敢えて剣の腹を魍魎に打ち付け、そのまま全力のフルスイング。


 ゴウッと風をかき分ける音。

 叫びどおり、豪快にふっ飛んでいく魍魎。




「またな、猫娘ちゃん! 上手く逃げろよっ!」




 後ろのアリアにそれだけ告げると、グレンは魍魎を追って地下道の奥へと飛び込んで行った。

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