第8話 ゾンビギルド職員ゾビィ・ウォルター
クリューブスター武具工房に仕事の依頼をしてから2日。
俺達グリフィス特務隊は、ランダールの魍魎について調査を進めていた。
と言っても、主に動いているのはマリエルとアルテラだけ。
ライルは工房に詰めっぱなしだし、俺はおチビ達のお守りだ。
本来お守り当番は入れ替わりなんだが、魍魎が狙うのは若い女らしいからな。
ストライクゾーンど真ん中であろうマリエルとアルテラは、念のためチビ共との外出はしないようにしている。
成果は、良くも悪くも、なし。
2人とも伸び伸びとレガルタ観光をしている。
「まるでただ遊び歩いているだけの様で、非常に心苦しいです」
「『まるで』じゃなくて満喫してんだろ。何だその奇妙な人形は?」
「『ハニワ』と言うらしいです。ご覧ください、この手を模した突起……恐らく、挿入の際にはとてもちょうど良い位置を――」
「そこまでだ雌豚」
なんで挿入前提で考えた?
作った職人さん、絶対そんなつもりなかったからな?
「私もお土産買おうかしら」
「ハニワ?」
「買って欲しいの?」
怪しい視線を向けるマリエル。
おいアルテラ、お前のせいでハニワが淫具認定されたぞ。
「冗談はさておき、全く出る気配が無いわよね」
「本当にな。マリエルとアルテラで釣れないとなると……どっちか俺と交代するか?」
………別に女装するわけじゃないぞ?
グレン君は線の細いイケメンとかじゃないから、女装してもヤング・マーガレットにしかならない。
調査に動いたA級以上の傭兵が、軒並み被害に遭ってる、ってところを鑑みたんだ。
奴は、自分にとって脅威になるような相手を狙い、殺害している可能性がある。
俺が殺気ムンムンで歩いていたら、もしかすると釣れるかもしれない。
「S級が歩いてて、今のところ成果はないけどね」
「棍棒が貧弱そうだからじゃねえか?」
「杖よ」
でも実際、見た目で釣れないのはあると思う。
マリエルの今の得物は、ランドハウゼン国宝の、正に『杖』って感じの華奢な杖だ。
ぱっと見ただのウサ耳美少女となったマリエルさんの威圧感は、かなり下がっていると言える。
後は、エドガーに頼んだ武器が出来上がったら、本格的に夜の囮調査をしてみるくらいか。
「まあ、出なきゃ出ないでそれまでだ。魍魎の件に関しては、閣下からも『暇潰し』程度でいいって言われてるし」
「暇潰しの割には、結構命懸けよね」
「でも付き合ってくれるところ、俺は好きだぞ」
「はいはい、嬉しいわ」
因みに今日は工房区に出る筈だったんだが、ただウロウロしてるだけじゃ実りがなさそうってことで、一旦捜査資料と睨めっこだ。
なんだけど……うん、なんもねーな。
ポイっと資料を机に投げ捨てる。
すると、今日は一緒に資料を見ていたリリエラがぽつりと呟いた。
「ん~、やっぱり『ノーラヒルの人喰い鬼』ですかねぇ」
「何それ?」
「闇人の里の童話……って言うか、躾用の怪談ですね。夜遊びする子は、鬼に食べられちゃうぞ~って」
「ナーバルハーゲン様のようなものです」
あのヤムリスクでダダ滑りした奴か。あと『様』つけないでいいぞ。
「人喰い鬼は人間を食べる時、その人の皮を残すんです。で、それを被って本人になりすまして、家族や知り合いを1晩に1人ずつ………そうして、最後はみぃんないなくなるんです」
リリエラの声が、徐々におどろおどろしい感じになっていく。
なかなかのストーリーテラーっぷりだ。
クラリスが青い顔をして引っ付いてきた。今夜はトイレに起こされそうだ。
「人喰い鬼は、誰も居なくなった村を去り、行方を知る人は誰もいません。『貴方の隣にいる人は、本当に本物ですか……?』」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」
「ひでぶっっ!!?」
理不尽な暴力がグレンを襲う!!
「いきなり何すんだっ!?」
「だだだだって! グレン君が人喰い鬼だったらどうするのよっ!?」
「うっそぉっ!?」
めっちゃ真に受けていらっしゃるっ!?
マリエルさん、意外にもホラーが苦手らしい。
あとクラリスが青い顔のまま離れていった。本物のグレンさんだぞ?
「い、いいじゃない……っ! か弱い女の子なんだから、幽霊とか怖がるのくらい普通でしょ!」
「か弱い女の子は、顔面に腰の入った右ストレートしねえよっ!!」
せめて突き飛ばすとかだと思うんだ、一般的な女の子の行動って。
ズキズキと痛む頬を押さえると、マリエルがバツの悪そうな顔で回復をかけてきた。
あとクラリスは、青い顔のまま戻ってきて頭を撫でてくれた。
お前はいい子だね。お兄ちゃん泣けてくるよ。
「んで、リリエラ。今の話が、魍魎に繋がってくるのか?」
「ですです! ランダールの魍魎も、殺した相手に成りすましてたりしないですかね!? 例えば、殺した模倣犯の1人とかっ!」
目をキラッキラさせながら、名探偵リリエラが捲し立てる。
他人に化けて犯行を重ね、マークされたら模倣犯を殺しては擬態。
そいつがノーマークだったら、そのまま別の街へ……なるほどありそうだな。
他人に擬態……あたりが本当に可能なのかはわからんが、通常の捜査は手詰まりっぽいし、変わり種を突っ込んでみるのはありか……。
「よし、その案もらった。擬態の線でギルドに提案してみよう。マリエルも来てくれ。ちょっとオカルトじみてるからな。俺1人だと『貴重なご意見』で流されそうだ」
「仕方ないわね、右ストレートのお詫びに付き合ってあげる」
チャラにしやがったな、この女。だがまぁ、許してやろう。
俺もマリエルに緊縛プレイかましたわけだし。
夢だけど。
因みに、アルテラも先日の天空王討伐の功績で、A級飛び越してS級に上がった。
いつかはなるとは思ってたけど、随分と早かったな。
「グレン君も、傭兵続けてたらS級は早かったと思うわよ。子供の頃は、ポーターやってたんだっけ?」
「まぁな、歳1桁の頃からこっそりと」
因みにバレたら、ちょっぴりヤバい。
未だにギルドには黙ってるし。言うなよ? 絶対に言うなよ?
「未登録の協力者は、グレーゾーン扱いなんだけど……流石に10歳未満は聞いたことがないわね」
それはシエラ姉さんも言ってたな。
だから姉さんもギルドには報告してないし、他の傭兵達も口止めされていた。
なので、俺がみんなにひっついてコソコソやってたことは、公式にも非公式にもなかったことに――ん?
「ご主人様?」
「どうかしたの?」
「いや……ちょっと、言ってて違和感が……」
何だ、この凄え気味の悪い感じ……。
さっきの怪談じゃねーけど、魔物が知り合いの顔して、隣に立っていたような……。
思い出せ、多分、つい最近の、レガルタであったことだ。
エドガーの工房、ライルの工房、あとはギルドに……。
『お姉様2人分くらいなら――』
――何故知っている。
外の者が知らない筈の、俺とルーベンス傭兵達の繋がりを、なぜお前は知っていた?
ギルド用の慰霊碑を別で依頼したわけだし、多少は察することもできるだろうが……。
それで彼女達を『姉さん』と呼んでいたことまではわかるまい。
そしてたまたまあの職員が、ルーベンスの傭兵やギルド職員と親しかった可能性も低い。
だとしたら、奴がお姉様『2人』と言うのはおかしい。
間違いなく、彼等とは無関係だ。
なら、あいつはどこでこの情報を手に入れた?
あの発言をして辻褄が合う奴は……。
――正直なところ、自分でも飛躍しすぎだとは思う。
言葉の辻褄を合わせるために、夢想と空想をこじ付けて三文小説を書き上げた気分だ。
だが……合っていれば、少なくとも『物語』としては成立する。
それに、それにだ……俺は何となく、前にあいつと『遭った』ことがあるような気がするんだ。
「みんな、ちょっと方針変更だ」
ゾンビ顔……お前を叩くと何が出てくる?
◆◆
――キィ……。
重そうな鉄扉が、見た目に反して軽い音と共に開く。
日頃からよく使われ、手入れも良くされている証拠だ。
口を開けた扉の奥には、地の底まで続いていそうな螺旋階段。
「はぁぁっ……! はぁぁっ……! こ、ここ、はっ……んんぁっ!」
「こちらへどうぞ。足元にお気を付け下さい」
ゾンビ顔のギルド職員ゾビィ・ウォルターは、その暗がりにアリアを招き入れる。
人の良さそうな、だが不健康な笑みを浮かべながら。
「は、はいぃぃっ……!」
とうとう両手で出口を押さる程に追い詰められてしまったアリアは、誘われるままに闇の中へと駆け込んだ。




