第6話 身も凍るような恐ろしい話
空が黄昏色に染まり、宵の口に向け街灯が街を照らし始める。
ここギルド・レガルタ支部にも明かりが灯り、待合も兼ねた食堂は、仕事を終えた傭兵達で賑わっていた。
そんな喧騒の片隅で、疲れ果てた顔をテーブルに押し付ける男が1人。
はい、私です。グレンさんです。
ごめんなさいね、こんな格好で。
でも、もう今日は疲れたんですわ。身も心もげっそりと。
今は、本日最後の予定の消化のため、ここでギルドの職員を待ってるんだけど……正直、おうち帰りたい。
飯食って、風呂入って、全てを忘れて寝たい。
ん? なんでそんなにやつれてるのかって?
そうだな……このまま、壁のシミを数えてるのもアレだ。
待ってる間に、グレンさんの身に起こった悲劇でも聞かせてあげよう。
身も凍るような、恐ろしい話を――
◆◆
エドガーに雨土を預けた後、俺達はクリューブスター武具工房を後にした。
次に向かったのはライルの工房だ。
あいつ、大掛かりな作業はレガルタの方が都合がいいとかで、レガルタにも工房を持ってるのだ。
工房2つとかブルジョワな。
ちなみにマリエルはエドガーの所に居残り。
どうも至近距離でガシガシやってたせいで、素材の多くが俺を持ち主だと思っているらしい。
マリエルの『杖』に使える素材を、本人のいる前で仕分ける必要が出てきてしまったのだ。
ライル工房の扉をくぐると、ライルの他に2人の職人が待っていた。
エドガー自慢の3弟子の1人テオさん。
ライルの知り合いの革職人のモブロさん。
テオさんは見た目平凡なおじさんだが、やっぱり纏ってる空気は本物だ。
モブロさんはめっちゃモブっぽい名前だが、レガルタでもトップクラスの革職人。
そして……。
「あっらん、カワイイ子じゃない! 肉付きもとってもいい感じ♪ アタシはマーガレット! 仲良くしましょうね……ん~まっ♡」
ムッキムキの色黒オネェ『マーガレット(自称)』。
「お尻も美味しそう! ちょっと味見しちゃおうかしら?」
おいライル、この化け物はなんだ?
ええぃ、寄るなっ!
「こちらは今回のスポンサー兼デザイナー、『ミス』マーガレットだ。FGMは聞いたことがあるか? あそこの社長だよ」
「FGMっ!?」
フェアリー・ゴッド・マザー……美容・服飾関連の巨大複合企業だ。
そのシェアはイーヴリス大陸全域、そして若干アウローラとか、どうやってるのかそれ以外の人域にも及ぶ。
ギルドの総収入の7%はここからの会費なのだとか。
まさか、社長が人外だとは思わなかった。
「俺はデザインセンスが壊滅的なんでな。折角の魔王具、デザインも『本物』に依頼してみた。お前の全身のサイズも、『彼女』に測ってもらうことになっている」
なん……だと……?
「よろしくねっ。うふんっ♡」
「おいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっっ!!?!?!! どうゆうことだライルぅぅぅっっ!!!」
胸ぐらを掴み、全力で揺さぶりながら問い詰めると、奴は『ハハハハハ』と笑いながら答えた。
「本来『ミス』マーガレットへの個人依頼は、年単位の待ちが発生するんだ。『個人的な』旨味がなければ、そうそう呼び出せる物ではない。
あぁ、話は変わるが、俺の結婚式の衣装協力も優先してやってもらえることになった。感謝しているぞ、グレン」
こ、こいつ、俺を売りやがった……!
何も知らない俺を! 自分の利益のためだけに!!
お前はまたしても、俺の信頼を裏切った!!
「あはん……♪」
「ひぃぃっ!?」
目に怪しい光を宿らせ、くねっくねと俺に躙り寄るマーガレット。
やめろっ……来るなっ……! あとヨダレを拭けっっ!!!
「大丈夫よ、痛くしないから……♪」
それ以上っ……近づくんじゃねええええぇぇぇぇっっ!!!
「つ・か・ま・え・た☆」
うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁっっっっっ!!!!!!!!
――その瞬間、俺の全身は穢れを知った。
◆◆
如何かな? 痛ましい話だろう?
もうおムコに行けない。
「シクシク」
「あの~……大丈夫ですか……?」
だいじょばない。でもがんばる。
だって、おとこのこだもん。
顔を上げると、そこには俺に負けず劣らずげっそりした顔の職員。
「何だか、今にも倒れそうなお顔をしてらっしゃいますよ……?」
あんたは、ゾンビみたいな顔してるね。
「資料の準備ができましたので、カウンターまでお越しください……」
「ほぇぃ……」
双方、言葉に覇気が全くない。
荷物をまとめて受け渡しカウンターへ行くと、げっそり2号から分厚い紙束を渡される。
1号? 勿論俺だよ。『技の1号』とでも呼んでくれ。
「先ずはこちらですね。ランダールの魍魎に関する調査資料のまとめです」
「ふむ……」
――ランダールの魍魎。
ランダール盆地を中心とした、この一帯の都市を騒がせる連続猟奇殺人事件だ。
もうお忘れかとは思うが、我が隊の第2目的として、この事件の解決が望まれている。
実は少し前に、レガルタで魍魎の仕業と思しき事件現場が発見された。
閣下から提示された期限までにはまだ間があるが、せっかく鉢合わせたんだ。
後で探し直すのも手間だし、ここにいる間に始末しておきたい。
「全体を見た総括と被害者一覧を時系列で……。後は事件毎の詳細資料ですね……ただ……」
「模倣犯が多い……か?」
「申し訳ありません……」
項を垂れるげっそり職員。別にお前のせいでもあるまいに。
しょぼくれるな、力の2号の名が泣くぞ。
「そしてこちらが……」
次に渡されたのは、僅か数枚の書類。
だが、こっちが俺の本命だ。疲れた顔が自然と綻んでいく。
「よかった……ちゃんと墓、建てられそうだな……」
ルーベンスの住民の埋葬、その見積もりと作業予定。
魍魎の方はおまけ。
これを確認するために、俺は今日ギルドに立ち寄ったのだ。
天空王を倒した後、俺は数年ぶりにルーベンスの街に帰った。
誰も訪れる者などいなかったのだろう。
街は完全に廃墟と化し、俺があり合わせで作った適当な墓も、すっかり荒れ果てていた。
『ちゃんとした墓、建てるか』
今ここで、また同じものを立てるわけではない。
ちゃんと専門家に頼んで、安心して眠れそうなのを建ててもらうのだ。
俺達は跡地の掃除だけ済ませ、最寄りの街のギルドで依頼を出した。
依頼を聞いたギルドの職員は、お悔やみを告げた後、難しい顔を見せた。
何せ街1つ分の墓である。
正直どんな規模になるか、俺には予想もつかない。
しかも、ルーベンスに建てても世話をする者がおらず、また荒れ果てるのが目に見えている。
墓は墓守が行き来できる土地に建てる必要がある。
金だって俺の手持ちで足りるかどうか……。
問題だらけのルーベンス埋葬は、一旦関係各所に相談ということになり、今日ようやくその結果を受け取ることになったのだ。
「やっぱ全員分は無理だったか……」
街1つ分の墓石の用意は土地、資材、予算、墓守りの作業量、どれを取っても現実的ではなかった。
そのため、住民とギルド関係者の1つずつで、大きな慰霊碑を建てることになった。
この辺りはまぁ、仕方がない。俺も事前に聞かされ了承している。
「よろしかったのですか……? お姉様2人分くらいなら、追加で建てることもできたと思いますが……」
「それ言ったらキリないからな……」
エナおばちゃん、オリバーさん、エリックさん……ズルズルいって、結局頓挫する未来しか見えない。
だが、孤児院の奴らとレイ先生だけは、個別で建てさせてもらう。
これだけは絶対に譲れなかった。
そういや、レイ先生の墓も建てられるのか。
先生のフルネームはレイヴィス・ザン・ヴァングレイ……ヴァングレイ皇族だ。
皇国が何か言ってくるかと思ったが、閣下が上手くやってくれたんだろうか。
相談したら『ガキは下らねぇこと考えねーで、好きなようにやりゃいいんだ!』って言ってくれてたし。
相変わらず子供に甘いおっさんだ。今度通信した時に感謝しておこう。
そんなこんなでルーベンスの埋葬は、規模も予算も何とか現実的な範疇に収まった。
後は俺が、管理費を払い続けられるようきっちり働くだけだ。
俺は見積書の原本に母印をし、職員に手渡した。
「確かに、承りました」
一瞬だけ表情をキリッとさせたのは、故人への礼だろうか。
それに何となく満足した俺は、職員に別れを告げて、ギルドを後にした。
随分遅くなっちまったが、ようやくみんなを送ってやれる。
さっきまで重りのようだった疲れが、今は心地いい。
今日はいい夢が見れそうだ。
――マーガレットの夢を見ました。
「どっせい」




