第4話 名工は色んな顔を持っているが、客としては名工の顔だけ見せてくれればいいと思う
「お久しぶりです、おじ様♪」
「おう! 随分色っぽくなったなぁ、マリエル嬢ちゃん」
「おじ様は相変わらず、目がエッチですね」
やってきた初老の男に、顔見知りだというマリエルが気安く声をかける。
因みにリリエラは『反省中』で納得いただいた。
『おじ様』と言われた男は、デレっデレな顔をマリエルに向けている。
その様は、まだ成人もしていない娘に欲情した性犯罪者そのもの。
お巡りさんコイツです。
……が、残念ながら間違いなく、このエロ親父がそうなのだろう。
――エドガー・クリューブスター。
『マスタースミス』と呼ばれる、イーヴリス大陸最高の鍛治職人。
何せ、こんな通報待ったなしの風体を晒しておきながら、見に纏う空気が常人のそれではない。
非常に、本当に、果てしなく遺憾ながら、何となくレイ先生に近い感じすらあるのだ。
おそらくは、1つの道を極め、その技術を『神業』の域にまで高めた偉人の威。
「んで、そっちが……」
一頻りマリエルを視姦したエロ偉人は、ようやくこちらに向き直る。
……違う、そっちじゃない。
用があるのは俺。
アルテラを凝視してんじゃねえ。
「グレンっす」
「クラリスだよ」
「適当だなおい……」
なんか、畏まろうって気が吹っ飛びまして。
「アルテラ・ククルクランと申します。グレン様のせ(ギンッ!)……従者を、しております」
「ふぃふぃえあえふ」
「『リリエラです』と申しております」
アルテラの不穏な発言は素早くインターセプト。
あとリリエラ、お前随分余裕じゃねーか。
「そうかそうか、うんうん、よろしくなぁ」
ジジィ、いい加減アルテラのオッパイから視線を外せ。
珍しく虫を見る様な目つきだぞ。
「ご褒美だ」
上級者だった。
「んで嬢ちゃん。ライルの奴はあっちか?」
「ええ、テオさんも行ってるんでしょ?」
「まぁな……ったくあの野郎、ウチの職人を顎で使いやがって……!」
不機嫌そうに頭をかくエドガー。
予約を入れたライルだが、なんと本人は同行していないのだ。
クリューブスター武具工房への依頼分を引いた、残りの天空王素材。
それを俺の装具にすると決まったので、ライルは一足早くここの職人を借り、自分の工房に向かっている。
言っておくが、隊長権限で残りの素材独り占めにしたわけじゃないぞ?
他の3人の装備は、それぞれ特徴はあれど希少素材をふんだんに使った一点物。
高性能な魔導具でもあり、術式だってモリモリだ。
対して俺は、既製品の統合軍士官用戦闘服……つまり、ショボい。
真っ先に突っ込んで接近戦する奴の防具が、一番ショボい。
これはヤバいってことで、満場一致で俺の防具を新調することになったわけだ。
因みにアルテラが普段着てるエロメイド服も、俺の戦闘服より上物である。
嘘みたいな話だろ?
「まぁいい……テオの奴も乗り気だったしなぁ……」
『はぁ』と溜め息を吐くエドガー。
そしてようやく、その目が俺の方に向く。
「俺に用があるのはお前だな? 坊主」
その視線は、さっきまでオッパイの形をしていたとは思えない程の鋭さだ。
俺が『レイ先生と似てる』と感じたのは、間違いなくこっちの顔だろう。
最初からそれで頼む。
「『ソイツら』が言ってんだよ……『主はこのガキだ』って」
エドガーはその目つきのまま、カウンターの上の天空王から剥ぎ取った素材を指差した。
「そんなことまで、わかるもんなん?」
「そんなこともわかんねぇ奴にゃ、魔王具は一生打てねぇよ」
『魔王素材は持ち主を選ぶ』
それは、ちょっとした都市伝説の1つだ。
魔王の骸は、持ち主と認めた者のためにしか、武具として姿を変えることはないのだ、と。
実際魔王素材は、その凄まじい再生力のせいで、熱を入れて打ちまくってもすぐに元の形状に戻るという職人泣かせな性質を持っている。
それを捻じ曲げる力を持っているのがレガルタの職人であり、このマスター・スミスなわけだが、認められてるならそれに越したことはない。
「つっても……コイツらは普通の魔王素材たぁ、ちっとばかし違う感じもするがな。特に――『ソレ』だ」
――ホント、半端ねーな、このオッサン。
エドガーが示したのは、仕分けした素材の中にただ1つ置かれた、白銀色の突起。
天空王の『嘴』……その欠片だ。
これだけは他の素材と違い、戦闘中に剥ぎ取った物ではない。
天空王が光となって消えた後、これだけがポツンと遺されていたのだ。
それにどんな意味があるのかはわからないが、俺は勝手に『持っていけ』と言われたと思うことにした。
ただ、全部が普通の魔王素材と違うってのはどうゆうことだ?
聞いていた話よりだいぶ強かったが、天空王は普通の魔王ではなかったのだろうか?
何にせよ、これに目を付けたのは流石としか言いようがない。
「いいぜ、1本打ってやる。こんなもんにお目にかかれる機会なんざ殆どねぇし、お前はコイツらに認められてる」
『だが』と、エドガーは付け加える
「俺はお前を知らねぇ。だから1つ聞かせろ……お前は、剣に何を求める」
名工の視線が俺を射抜く。
こりゃ適当に綺麗事なんて言ったら、叩き出されそうだ。
だから、正直に行く。
「よくわからない」
俺はもう何年も、雨土しか振ってなかった。
愛着や思い入れは勿論あるが、性能を深く考えたことはない。
そのくらいあの剣に甘えていた。
『必ず応えてくれる』って。
「職人のアンタに言うのも気が引けるが、頑丈で、出来ればよく切れるといいな……くらいしか思ってなかった」
ただ……。
「コイツらが俺を認めてくれたって言うなら、コイツらが……満足する姿してやってほしい」
芯を射抜く視線を、全力の眼力で返す。
やがて、エドガーはニヤリと笑った。
「上等だ坊主。とっておきの1本に仕上げてやる!」
『エロ親父の皮を被った偉大な刀匠』
それがこのオッサンの正体かと思っていたが、案外今のが本当の顔なのかもしれない。
エドガーの目は、最高のおもちゃを見つけた子供の様に、キラキラと輝いていた。




