第3話 工房都市のマスタースミス
『レガルタ』
ウィスタリカ協商国南部にある、イーヴリス大陸最大の工房都市だ。
世界最高峰の職人が凌ぎを削る激戦地で、ここで加工できないものは無いとまで言われている。
我々グリフィス特務隊は、そんな職人達の力を借りるべく、この街を訪れていた。
「さぁ、ちゃっちゃと行くぞ!」
「流石。朝から元気いっぱいだった人は、違うわね」
「傷口抉んないでくれるかなっ!?」
ちなみに夢精のことは――全員にバレた。
アルテラの口止めは問題なかったのだが、宿の人を呼びに行ってもらっている間にリリエラに見つかった。
そしてこいつは、あっさりと口を滑らした。
それはもう、水が流れるように。
俺はショックで部屋に閉じこもり、クラリスにしこたま頭を撫で回され、ようやく復活したのだ。
クラリスは、最近は俺にべったりということはなくなった……別に喧嘩したわけじゃないよ?
この子なりに俺の変化を感じ取って、過剰に心配することがなくなったんだろう。
『過剰』ってことはないか……前の俺は、そうなるくらいには心配をかけていた。
今は他のメンバーともよく一緒にどっか行きつつ、好きな様に俺に引っ付いたり、よじ登ったりしている。
あと何故か知らんけど、一緒のお風呂をせがまれる様になった。
「もが! も! もがが! むーーっ!!」
「リリリ、めっ」
そんなクラリスに『めっ』されたリリエラは、猿轡に簀巻きの上、『反省中』と書かれたボードを首から下げている。
海よりも深く反省しろ小娘。
あとアルテラは、羨ましそうに見るんじゃない。
「いいからさっさと歩け! まずはクリューブスター武具工房だ!」
そう……我々は別に、反省中のリリエラを市中引き回しにするために街を歩いているわけではない。
ポッキリいった俺の雨土と、原型すら留めていないマリエルのオオ棍棒――
「杖よ」
……杖、『ストライクバニー』に代わる武器の新調をしに行くのだ。
一応、ランドハウゼン皇国から予備をもらってはいるんだが、こう言っちゃ悪いが少々心許ない。
これらも恐らく国宝レベルの逸品なんだろうが、俺達の獲物は、どちらも尋常な品ではなかったってわけだ。
ここは、せっかく手に入れた天空王の素材。
惜しみなく使って、前以上の武器を手に入れる。
魔王素材は扱いの難しい素材ダントツ1位で、扱える工房は三大国ですら国内に1つずつという有様だ。
だが、ここはレガルタ。
『工房都市』レガルタ。
得意不得意はあるが、十を超える工房が魔王素材の加工を可能としている。
因みにイーヴリス大陸全体でも、18だ。
つまり、半分以上がこの街の工房ってことになる。
とんでもない街だろう?
今回向かうのは、そんなレガルタでも最大の、そして最高の武具工房。
その工房を構える職人に用がある。
世界最高の刀匠、生ける伝説、そして先生の『雨土』を打った男。
――『マスタースミス』エドガー・クリューブスター。
◆◆
レガルタ最大の工房『クリューブスター武具工房』は、今日も熱と金槌の音で溢れかえっていた。
主人のエドガー以下、16人の弟子と28人の見習いが一心不乱に鉄を打ち続ける。
今作っているのは、最近羽振りの良くなった、どこぞの国からの大量受注品だ。
騎士団用の剣を一新するとかで、他の工房にも声がかかっている。
クリューブスター武具工房の担当分は500本。
高名な鍛治職人としては珍しく、エドガーはこの手の大量発注をよく受ける。
これを『売名』、『金目当て』と罵る輩は少なくない。
それこそガチガチの職人気質の者達の中にも、そう言ってエドガーを罵る者がいる。
『あいつが名工と呼ばれるのは、金に飽かせた設備があるからだ』と。
エドガーはこれを否定しない。
いい設備が、いい仕事に繋がることは当然だ。
ならば、いい仕事ができる環境を整えることこそ、職人のあるべき姿だと考えている。
忌むべきは道具に頼り、溺れること。
それは最新魔導具だろうと、彼らが手にしている上等な金槌だろうと変わらない。
「持ち込みの方ですか? 拝見させていただきますが、今は予約がいっぱいでして……」
どうやら工房に客が来たようだ。今日の目利き役の弟子が応対している。
彼等大勢の弟子達にも、エドガーは仕事を与えねばならない。
それは彼等の生活のためでもあり、成長のためでもある。
受注があれば、それなりの素材を揃えることができる。
大量発注の素材は概ね鉄だが、高品質の鉄は、教材としてはアダマンタイトに勝る。
必要な温度や力加減、金属の『機嫌』や『体調』の見方……鍛治に必要な殆どは鉄が教えてくれるものだ。
「え? 予約がある? 飛び込みで? 適当なことは言わないでください。確かに本日飛び込みの来客が1件ありますが、先方は私でも顔を知ってるくらいの有名人です」
そこまでして多くの弟子を抱えていることも、エドガーの異端さの1つだ。
鍛治職人は程度の差こそあれ、基本的には個人主義。
自分が打ちたいように打つだけで、弟子など生活の世話をさせるための最小限しか取ることはない。
稀に凄まじい才能と出会い、どうしても技術を継がせたくなる……なんてこともあるらしいが、これは相当なレアケースだ。
「わかったら、素直に素材を見せてください。物によっては予定の繰り上げの相談にも乗るので」
だがエドガーは、そんな彼等と対照的に、弟子は定期的に募集している。
先人として教え、導き、後世に技術を伝えるためだ。
そのため、指導は他の工房とは比べ物にならないほど厳しく、荷物まとめて逃げ出す者が後を絶たない。
だが、だからこそ、それを耐え抜き売り物を任されるまでに至った者達は、このレガルタにおいても上位の職人に数えられている。
実際、ここを出て自分の工房を持つようになった者も多く、エドガーも彼等の成長に満足している。
「えっと……牙に甲殻……魔獣素材ですか。だいぶ大型ですね…………え……あれ……?」
そしてエドガー個人としても、客は多少選ぶが仕事を選ぶつもりはない。
気に入った仕事しかしない者は、それだけで自身の世界を狭めている、と考えているからだ。
趣味ではないお飾り用の儀式剣、術式メインの魔導剣、十把一絡げの大量発注。
エドガーは全てを全力で拵え、そして自分の糧にしていった。
剃刀の刃を手ずから打った名工など、エドガーくらいのものだろう。
その経験は、彼の打つ剣の異常なまでの切れ味に現れている。
つまりエドガー・クリューブスターは、頑固職人然とした物腰に反して、かなり柔軟な思考を持っており、それこそが彼を『最高の職人』たらしめているのだ。
周囲のやっかみは、全て嫉妬から出た負け犬の遠吠えに過ぎない。
「牙じゃない……爪……? や、でもこんなサイズ……てゆうか、この素材……いっ!?」
だがそれはそれとして、楽しい仕事自体はいつでも求めている。
自身が全力で腕を振るえる素材と、それを持つ戦士の来訪を。
だから、本当に余裕がなくなる前に予約を打ち切り、多少の『空き』を常に確保しているのだ。
そして今日、とある若き錬金術師が『面白い素材が手に入った』と割り込みを入れてきた。
果たしてそれは、エドガーを昂らせるに足るだろうか。
――今は亡き剣神の『相棒』を鍛え上げた、あの時のように。
「おおおぉおぉぉおぉおおおやかたぁぁぁぁああああぁぁあぁあぁぁっっっっ!!?!??!」
目利きの弟子が、化け物でも見たような声をあげている。
どうやら予約の客が来たようだ。
「おぅ、わかってる。そいつらは俺の客だ」
顔見知りの娘が、カウンターの向こうからエドガーに笑いかけていた。
エドガーの視線が、随分と大きくなった色んなところに飛んでいく。
後は見知らぬ少年に、大中小の少女。
色々と聞きたいことはあったエドガーだが……まず、第一に。
「その嬢ちゃんはどうした……?」
「もが?」
猿轡に簀巻きの少女が、キョトンとした顔で首を傾げた。




