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第1話 皇王様はいつまでも娘とお風呂に入りたい

「お久しぶりです、アルト兄様」



 ランドハウゼン皇宮執務室。

 多忙な筈の皇太子アルトは、1人の少女を出迎えていた。


 肩口で切り揃えた動きやすそうな黒髪に、若干吊り目がちな大きな瞳が印象の美少女。

 虎獣人(とらじゅうじん)の父と闇精霊(やみせいれい)の母を持つ彼女は、黒猫の獣人の体に闇精霊の力を宿した、『獣霊(じゅうれい)族』と言われる希少種として生まれてきた。


 まさしく猫を思わせる瞳は周囲に気の強そうな印象を与えるが、今は敬愛する兄を前に些か綻んでいる。

 頭の耳と尻尾も、今は緊張を解いて、素直に喜びを表現していた。




 ランドハウゼン皇国第二皇女、アリア・リアナ・ランドハウゼン。


 彼女は久方ぶりに、故郷ランドハウゼン皇国を訪れていた。



 アリアはノイングラート帝国の皇立学園に在学中で、現在中等部の2年。

 今は帝国の学園都市ベルンカイトで暮らしているのだが、先の天空王襲来の報を受け、大急ぎで母国に舞い戻ったのだ。



 若輩の自分に、何かができるとは思っていない。

 だがせめて、『ランドハウゼンの娘』として、家族や国民と共にあろうと。



 幸いなことに、天空王グリフエラーナは帝国やギルドの協力、そして統合軍から派遣された精鋭達によって無事討伐された。

 街が破壊されることもなく、民間人に死者は出ていない。



 万事解決、めでたしめでたし。





「と、いけばよかったんだがな」


「ご苦労、お察しします。アルト兄様」




 アリアは、少し沈んだ様子で告げた。

 今回の戦いで、命を落とした兵達のことを思い浮かべたのだ。



 そしてアルトの方は、ただ胸を痛めているだけではいられない。


 遺族への補償と、軍の再編成は必須事項だ。


 それに、街と民間人が無事でも、避難した国民の再受け入れは、まだまだ始まったばかり。

 無人になった区画に対する、火事場泥棒等の被害調査もしなければならない。


 更には、今回支援を受けた各所への費用負担や挨拶回り等々。

 ランドハウゼン皇宮は、大量の事後処理で戦場のようになっていた。


 戦争は、会議室でも起きるものらしい。



 机を挟んでアリアと向かい合う長兄アルトの前にも、山と積まれた書類が聳え立っている。

 そんな兄の様子に、表情を崩し、苦笑を浮かべるアリア。



 アリアはその容姿とプロポーションのせいで、なんと初等部の頃から、年齢問わず男性からの性的な視線を受け続けてきた。

 その為、男性に対して少々キツいところがあるのだが、家族や皇宮の臣下達までそういった目で見ることはない。


 特に融通は効かないが実直で、裏でいつも家族を気にかけるアルトのことは、妹として強く慕っている。



「助かるよ。何せ遠路はるばる駆けつけてくれた妹に、『ゆっくりしていけ』と言ってやる余裕すらない有様でな……。

 という訳で……着いたばかりで済まないが、お前にはレガルタに行ってもらいたい」


「レガルタ……ですか?」




 レガルタ。

 ウィスタリカ協商国の主要都市の1つで、イーヴリス大陸最大の工房都市だ。


 特筆すべきは、工房一つ一つのレベルの高さで、魔王素材でもない限り、ほぼ何処に何を持っていっても加工できる。

 そして、その魔王素材に関しても、扱える工房は決して少なくない。



「ああ。天空王の素材……まぁ殆どは羽根だが、まとまった数が手に入ってな。加工のための職人を招致したい」


「そのための交渉をしてこい……ということですね」



 売って今回の損失を補填する、という手もあるのだが、ありがたいことにランドハウゼンは裕福な国だ。


 今回の件を鑑みても、まだまだ財政が逼迫することはない。

 ならば魔王武具の保持を優先しよう、とアルトは判断したのだ。



「そうゆうことだ。交渉ごとはセレナやモニカの方が得意だが、セレナは他に仕事があるし、モニカまで学園から呼び戻すわけにもいかん。何より……あの2人は、相手を選ばす利益に走りすぎるきらいがある」


「2人とも……お母様に似ましたからね……」



 兄のあんまりな姉妹評価に、遠回しに肯定の意を示すアリア。


 彼等の母フォルトゥナは、それは美しい闇精霊の女性なのだが、中々に腹の底が見えないところがある。

 アリアの姉と妹は、その血を色濃く受け継いだようで、非常に頭が回るのだ。

 闇精霊の本能まで受け継いだのか、相手が干からびるまで搾り取ろうとすることが悩みの種だが。



「ウィスタリカとは持ちつ持たれつだ。今回も復興支援として、惜しみなく物資を提供してくれている。発注も精々100人分前後。今回は心象を優先したい」


「『限界まで値切れ』と言われたら、どうしようかと思っていました。そうゆうことでしたら、ご期待に応えられるよう全力を尽くします」



 アリアとて皇族。対外交渉ができないわけではない。

 が、真面目が過ぎて、適性は7人いる皇子皇女の中では下から3番手。


 そしてアリアより下2人は、まだヤンチャな弟達だ。

 正直向いていないが、今回のような心象優先の訪問なら十分に対処できる。


 ならば出発の準備を、と立ち上がりかけたアリアだったが、ふと思い出したように、再度兄に顔を向ける。



「そういえば、立太子されたのですよね。おめでとうございます、アルト兄様」


「この国の皇太子など、仕事を増やすための名目でしかないがな。だがまぁ――」




「アルトぉーーーーーーーっっ!!!」



 アルトの自嘲は、突如飛び込んできた怒声にかき消された。


 扉を蹴破るように現れたのは、大柄な虎獣人の男。

 この国の皇王にして2人の父、グラーヴ・レント・ランドハウゼンだ。



 びくりとするアリア、心底呆れた顔のアルト。


 グラーヴはアリアを見て、一瞬パァァッと笑顔を浮かべるが、すぐに表情を改めアルトを睨みつけた。



「アルトっ! アリアをレガルタに派遣するとは、どうゆうことだっ!?」


「ウィスタリカは同盟国です。礼儀として、皇族が出向くことに何か問題が?」



 会話をしながらも、グラーヴはズンズンと室内を侵攻し、アルトの目の前までやってきた。

 仁王立ちの姿勢で、座ったままのアルトを見下ろすグラーヴ。

 放たれる威圧感は強烈の一言だ。



「ランダール盆地周辺には、危険な噂もある。皇族を送り出すには、リスクも大きかろう」


「本音は?」


「アリアは儂と、みっちりねっとり家族団欒するんじゃいっっ!!! よその国になんかに行かせてたまるかっっ!!!」



 バァーンっと机を叩きつけ、思いの丈を叫ぶ父グラーヴ。

 唖然とするアリア、本当に心底どうでもよさそうなアルト。



「つまみ出せ」


「「はっ!」」



「離せぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!」



 側仕えの2人が、グラーヴを両脇から抱えて、ズルズルと部屋の入り口に引きずっていく。

 殆ど罪人の扱いである。




「アリアっ! アリアからも何とか言ってやれっ! アリアだって、パパと団欒したいじゃろ?

 一緒にご飯食べて、お風呂……は、去年母さんに怒られたから……添い寝ならどうだっ!? なっ!?」




 グラーヴは子供達は皆愛しており、3人の娘には今でもデレデレだ。

 その中でも、真面目で不器用なこの真ん中の娘を、特に溺愛していた。



 それはもう、大人顔負けのナイスバディに育った13歳当時の娘と、お風呂に入ろうとするくらい。


 そんなちょっとキモい父親に、アリアは100点満点の笑みを向ける。



「お父様」


「アリア!」





 ――因みに、パパ呼びは3歳で卒業している。





「行ってまいります」



「アぁぁぁぁぁリぃぃぃぃぃアああああああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」



 ――ぁぁぁぁぁぁぁぁ……。




 廊下に消えゆく皇王の断末魔。

 その最後の残り香すら切り落とすように、バタンと扉が閉まった。




「……皇太子など名ばかりだが、あの王を娘から引っ剥がす権限だけは、とても助かっている」


「本当に……ご苦労……お察しいたします」



 ランドハウゼン皇王グラーヴ。

 優秀な王であり、家族に対する愛も深い理想的な大人。


 ただ、その愛は少し、わりと……かなり熱苦しい。

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