第17話 光の勇者が得られた物は
「天空王……討伐完了……?」
『光の勇者』セイン・バークレイは、教会の使者が読み上げた報告を、最初理解することができなかった。
セインとグラーヴ皇王の交渉決裂後、ほぼ間を置かずして天空王が急加速。
討伐軍は増援の『統合軍の精鋭部隊』と合流し、天空王の討伐に成功したとのことだ。
使者が事務的に伝える詳細を、ただ呆然と聞き続ける。
(こいつは……何を言ってるんだ? この僕の力無しで、凡人共だけで魔王を倒した?)
それはセインにとって、決して受け入れることのできない結果だった。
セインの計画では、まず自分に見放された討伐軍は何もできず惨敗。
皇都も勿論壊滅する。
皇王グラーヴは、避難させた僅かな民の帰る場所を取り戻すため、娘共々、平身低頭自分に協力を懇願するのだ。
そして、床に頭を擦り付ける2人を見下ろしながら、寛大にもこれまでの無礼な振る舞いを許し、大軍を率いて天空王から皇都を奪還。
魔王討伐の栄光を手にすると共に、アリア姫を心の底から従属させ、その体を存分に味わうはずだった。
(それがっ………ありえない、あっていい筈がないっ!)
蓋を開けてみれば、天空王は討伐軍に掠め取られ、ランドハウゼンとの関係は悪化したまま。
全てを手に入れる筈が、栄光も女も、何も得ることが出来なかった。
しかも、それを成した『統合軍の精鋭』の中にあった、見知った名前。
『錬金術師』ライル・アウリード
ライルがパーティに入ってから、セインは事あるごとに自尊心を傷付けられてきた。
戦いの邪魔をするなと言えば、セインが相手をしている魔獣以外をセインより早く全滅させ、
有力者に顔見せに行けば、彼らは先ずライルに挨拶をしてからセインに声をかけるのだ。
(奴が倒した魔獣など、見た目が見てるだけの雑魚に違いない! 僕はきっと、勇者の直感で一際強い個体を選んでいるんだ! それをあのハイエナめ……さも自分の実力のように……!)
(それに奴らもだ! ライルの成果など、どうせ巧妙に偽装した盗作に決まっている! 本来の実力で、僕以上に称えられる男などいる筈がないんだ! それを……奴らの目は節穴かっ!)
腹を立てたセインは、ライルに『勝手に敵を倒すな』『街では出歩くな』と命じ、ライルが目立たないように行動を制限した。
そうして勇者パーティとしてのライルの存在感が薄れた頃を見計らい、『無能』のレッテルを貼り解雇したのだ。
『錬金術師』ライル・アウリードの名に泥を塗り、歴史の表舞台から消すために。
(それが……よりによって『魔王討伐』だと……っ!?)
ライルの解雇劇は、既に知るところには知れている情報だ。
今回の天空王討伐の話が広まれば、合わせて世間の耳に入ることだろう。
そうなれば、泥をかぶるのはセインの方だ。
魔王討伐の中核を担った英雄を、無能呼ばわりした『愚か者』として。
(僕の名前にっ……傷が……! あんな……あんなペテン師のせいで!!)
セインの端正な顔が怒りに歪む。
今目の前にライルがいたら、例え衆人環視の中だろうと斬り殺していたかもしれない。
そして、もう1人。
『魔人』グレン・グリフィス・アルザード。
セインは、その名前を覚えていた。
かつてセインに敗れ、居場所を追われた哀れな少年。
そして少年が送られた孤児院の名前を。
辺境の孤児院で、街ごと邪神に飲みこまれた筈だったが……。
(生きていただと……!?)
セインにとってグレンは、ただ別の腹から産まれたというだけで、セインに与えられるべき全てを奪った害虫だった。
勇者に選ばれ、グレンを蹴落とすことが出来た瞬間は、天にも登る気持ちだった。
そのグレンは今、魔王の心臓を貫きトドメを刺したとかで、まるで勇者のように扱われている。
それはあの時、皇王グラーヴが首を縦に振りさえすれば、セインが手に入れていた筈の名誉だ。
(僕のいるべき場所に、悉く居座る害虫め……大人しく死んでおけばいいものをっ!!)
グレンにライル……かつてセインが蹴落とした筈の2人が、揃って目の前に立ち塞がる。
(お前達は、『勇者』であるこの僕に負けた『悪党』なんだよ! 二度と日の当たる道を歩いちゃいけないんだ……! そんな事も理解できない程愚かなのか!!)
「くそがああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」
目についたものを手当たり次第に投げつけ、シーツというシーツを引き裂く。
防音の効いた部屋でなければ、宿のスタッフが飛び込んできただろう。
因みに使者は、セインの癇癪を予期して、さっさと部屋から逃げ出している。
「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」
どれくらいそうしていたか。
まるで竜巻にでもあったかのような室内で、荒い息を吐くセイン。
表情からはまだ怒りの色は消えていない。
動きが止まったのは、単に疲れたからだ。
そんなセインの目に、1通の封書が止まる。
奇跡的にこの惨事を生き延びたそれには、教皇の印が記されていた。
(老害め……こんな時に何の用だ……!)
怒りに任せて破り捨てようとする手を、ほんの少し取り戻した理性が押し留める。
教皇には、勇者の資格を剥奪する権限があるのだ。
そして現教皇は、強欲で心が狭く、とても気が短い男だ。
増長しきって好き勝手に振る舞うセインは、間違いなく疎まれていることだろう。
それでもセインの資格が剥奪されないのは、容姿を始め利用価値が高いから。
そして最低限、教皇からの指令だけは無視はしないからだ。
「ちっ……」
一旦怒りを収めて封を切る。
指令書を読み進めるにつれ、セインの表情から怒りが抜け、やがて目が爛々と輝き出した。
「はっ……はははっ……ははははははははははははははははははははっっっ!!!!」
――あの老害も、たまにはマシな指示を出すじゃないか。
口元に、とても勇者とは思えない笑みを浮かべ、セインは指令書を投げ捨てた。
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勇者セイン・バークレイに、統合軍に奪われた『神の子』の奪還を命じる。
現在の『神の子』の所在は――
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「待っていろ……グレン……ライル……!」
~次章予告~
大陸最高の職人が集う『工房都市』レガルタ。
新たな武器を手に入れるべく、伝説の名工を訪ねるグレン達。
そんな彼等の前に、レガルタに潜む怪異が姿を見せる。
第五章『月下に煌めく七色』
――姉さん達を食ったのは、お前か?




