第16話 さよならとただいま
ピシリという音を立て、1本の剣に亀裂が走る。
主から与えられた長い『余生』――それが今、終わろうとしている。
長年連れ立った主を失ったその剣は、主の眠る地で、共に朽ちる筈だった。
だが主は剣に、共に終わることを許さなかった。
主には『息子』がいた。
血の繋がりはないが、天涯孤独だった主が、旅の果てに出会った最後の『家族』。
その少年を守ることが、剣の第二の旅になった。
全てを無くした少年は、とても弱かった。
剣が手を引かねば、すぐに死に向かってしまう程に。
だが、そんな少年に転機が訪れる。
少年もまた、『家族』を見つけたのだ。
弱かった少年は、少しずつ強くなった。
そして今、自分よりも遥かに大きな存在を相手に抗い、生を叫び、遂に打ち勝った。
もう少年は、剣に守られる弱き者ではない。
もう少年に、自らを守るための剣は必要ない。
旅が、終わる。
『親子』2代と寄り添った、長い長い旅が。
そこにあるのは、漸く眠れることへの安堵、少年を守りきったことへの達成感。
そして、ほんの少しの寂しさ。
「ありがとな、雨土」
少年のその言葉に満足しながら、剣は真ん中からポッキリと折れた。
◆◆
ガタゴトと音を立てながら、2台の要人用の馬車が進んでいく。
乗っているのは、我らグリムグランディア統合軍グリフィス特務隊の精鋭達だ。
「うぼぁ……」
精鋭ったら精鋭だ。
ソファーにもたれ、口半開きで天井を見上げてるけど、精鋭だ。
「うぼぁ……」
こちらは向かいのライル。おーい、魂出てるぞー……俺もか。
戦場で英雄と持て囃された男2人は、今や完全に精魂尽き果てていた。
原因は、リーオスが放った一言だ。
戦いの後、マリエルに連行されていたリーオスは、俺達に向かって深々と頭を下げ、自分の愚かな行動の尻拭いをさせたこと詫びた。
そしてランドハウゼンに出頭し、裁きを受けた後、改めて罪と向き合うと言った。
自分の公的な罪が、あまり重くないことはわかっているらしい。
沈静化していた魔王に挑むのも、魔獣を殺すのも、禁止されているわけでもない。
愚かな特攻で仲間を死なせたのも過失だ。
明確な犯罪行為は、確保に出向いたランドハウゼンの兵を攻撃したことくらい。
最大の被害国であるランドハウゼンですら、リーオスに与えられる罰はたかが知れているのだ。
これからコイツは、たった1人で裁かれなかった罪と向き合うつもりなんだろう。
その辛さは、わからないわけではない。
同情的な視線を向けていると、リーオスは頭を上げ、マリエルに顔を向けた。
『それで……その……さっきは、助けてくれてありがとう。改めて、俺はリーオス・ブランドン……君の名を聞いていいだろうか』
『私? マリエル・エストワールよ』
『マリエル……俺がまた本物を、『蒼剣の勇者』を名乗れるようになったら……俺のパーティにっ、入ってくれないかっ!』
『『『っっ!!?』』』
てめえ、随分元気じゃねーか。
俺達は首をぐりんっとマリエルの方に向ける。
マリエルはぽかんとしていたが、やがてため息を1つ吐いて、柔らかく笑った。
『頑張りなさい。ちゃんとカッコ良くなったら、考えてあげる』
あぁ、犠牲者がまた1人……。
その返答に、リーオスは満面の笑みを浮かべながら、迎えの兵に連行されていった。
……と、問題はここからだ。
連行されていくリーオスが、はっとした顔でこちらを振り返ったのだ。
『そうだっ! その辺に落ちてる天空王の甲殻とか、さっさと拾った方がいいぞ』
『ん?』
『教会には、魔王素材回収専門のハイエナみたいな部隊があるんだ。そんなとこに野晒しにしてたら、明日には全部なくなってる』
辺りを見回す。
周囲には天空王の爪や甲殻、肉片。そしてそこら中に撒き散らされた羽根、羽根、羽根。
全て、最高ランクの武具に化ける貴重な素材だ。
………………………………。
『集合ぉぉぉーーーーーーーーーーーーっっっっ!!!!!!』
まだ動ける奴を集めての、3時間に渡るゴミ拾い大会の始まりであった。
「「うぼぁ……」」
その結果がこの惨状である。もう、今日は、何もしたくない。
因みに魔力切れ寸前のアルテラと、既に疲労困憊だったマリエルは流石に休ませた。
アルテラは真っ青な顔で手伝うと言い張ったが、マリエルが天幕まで引きずっていった。
今は後ろの馬車で、似たようなことになってるだろう。
ぼんやりと外を眺めていると、青空に映える城が見えてきた。
ランドハウゼン皇国皇都、ランドライエル。
今日壊滅するかもしれなかった街が無事な姿を見せていることは、なんだか感慨深い。
やがて門が近づくと、その前に人影が見えてくる。
避難した人々が戻ってくるには、少し早いな。
気になって馬車から身を乗り出すと、人影が……『彼女』がこちらに駆け出してきた。
俺も馬車から飛び降り、全力で駆け出す。
こっちに意識が向いたせいか、彼女は小石につまづいて、勢いよく倒れ込んだ。
なめんなよ。今の俺なら、そんな距離一瞬だ。
――先生も俺がコケた時は、こんな気分だったのかな?
銀の光を纏い、景色を置き去りにして、大地に投げ出された彼女を抱き止める。
あぁ、やっぱ暖かいな、こいつ。
話したいことはいくらでもある。
これまでのこと、今日のこと、これからのこと。
でも、とりあえず今は――
「おかえり……グレン」
――ただいま、クラリス。




