第7話 空はお前の物じゃない
ブラックバードを貫かん勢いで、こちらに接近する天空王。
対する船内各員も、一瞬で戦闘態勢に切り替わる。
「霊子力を2割障壁用に! コントロールは俺に渡せ!」
「どうする気だ、ライル?」
「ブラックバードを奴にぶつける」
「……なんて?」
「ブラックバードを奴にぶつける」
ちくしょう! 聞き間違いじゃねえ!
「天空王の体長は凡そ30m、推定体重130t。対してブラックバードは全長75m、総重量480t! そして、双方の速度はほぼ同じだ。正面から当たれば此方が勝つ!」
いや、そうかもしんないけど、主機とか壊れちゃったりしない?
「大体、前からコイツは気に入らなかったんだ。ブラックバードを差し置いて『天空の王』だと? 空はお前の物ではない!」
いやいやいやいや!! お前、そんなキャラだったっけぇぇーーーーっっ!!?!?
「くらええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!」
いったぁーーーーーーーーっっ!!!
ブラックバードは更にスピードを上げ、ライルの雄叫びを乗せ天空王に突撃した。
最早、衝突は不可避。
が、寧ろ天空王がそれを嫌がったらしい。
直前で思い切り体を捻り、衝突コースを離脱。
ブラックバードの横を掠め、背後に逃れた。
「ロール角45°! 急速回頭!」
「おぷっ……ゆれが………もちっと……ゆっくり……おぇっぷ」
「ぎぼぢ……わるい」
耐えろ、リリエラ、クラリス。小さくとも淑女として。
ブラックバードは船体を傾け急速に回頭。
対する天空王も、同じタイミングで此方に頭を向けた。
ギルドのデータでは、旋回速度は奴の方が上の筈。
衝突回避のために取った、無理な軌道が祟ったようだ。
ライルめ……本当はこれを狙ってやがったな?
「ちっ、腰抜けめ」
いやぁ、本気でぶつけるつもりだったなぁ、これ!
ヘタをするともう一回やりかねない。
こんな所にいられるか。
俺は下に降りるぞ!
「戦闘班は降下準備! パラシュート装着急げ! リーオスはマリエルが頼む。お前なら、最悪パラシュート切り離してもいけるだろ」
「グレン君は!?」
「俺は、奴の注意がそっちに外れたところに斬りかかる。落ちたら回復頼むぞ」
「あぁっ、もうっ! ほんといつも無茶するんだから! 生きたまま落ちてよね!?」
怖いこと言うんじゃないよ。
「障壁準備! 展開は俺が『手動』でやる!」
天空王が強い魔力を帯びる。
対するライルは、障壁で受け切る構え。
こいつ、さっきからやる事が結構脳筋だ。飛ぶと人格変わるタイプか?
「パラシュート、準備完了! 装着始めます!」
「頼む! ……来るぞっ!」
天空王の翼が大きくはためき、撃ち出された羽根がブラックバードに迫る。
随分と大量だが、7、8割は魔術で生み出した複製らしい。
本物の羽根にはこれも魔術によるものか、強烈な振動がかかっている。
それに対し、ブラックバードの障壁がピンポイントに展開。
この無数の羽根の軌道を計算し、振動の有無も見切り、それに合わせて正確なタイミング、出力で術式を起動しているんだ。
これがライル――『錬金術師』の実力ってわけか。やるじゃねえか。
絶え間ない羽根と障壁の衝突に、船はガクガクと揺れるも被弾は1発もない。
「「オヴェェエエェェエェロロロエロロェェェェェ」」
ないが、2名重体。
大惨事の船内を他所に、ライルが最後の羽根も防ぎ切る。
額に大量の汗を浮かべながら、ライルは勝ち誇った笑みを浮かべた。
「俺が乗っているブラックバードを墜としたいなら、この3倍は撃ってこいっ!!」
ライルかっこいい!
でもお前の船は、内部からの攻撃である意味致命傷だぞ。
幸いライルは降下のため、客席の惨状を見ることなく避難口に直行した。
俺もすぐに後を追いたい所だが、その前に……。
「リリエラ」
「ひゃ……ひゃい……」
リリエラが何とか返事をする。
色々ぶちまけて、多少は持ち直したか。
「俺達が降下したら、この船はそのまま皇都に向かう」
「……(こくり)」
「本来なら皇都到着の際、略式だが皇王陛下への挨拶の予定もあったんだが……残念ながら、俺は収集がつくまでそっちには行けん」
「……あい」
うんうん、わかったな? では本題だ。
「リリエラ。船に残る『グリフィス特務隊の隊員』は、お前とクラリス……最年長はお前だ」
「……え、お、ん? ……ふぁ?」
「というわけで、一時的にだがお前を『兵長』に任命する。リリエラ兵長! 俺の名代として、皇王陛下への挨拶を立派に勤め上げるように!」
「グ、ググググレンさまっ!?」
「ランドハウゼン皇国は、統合軍にとっても重要な協力国だ。失礼のないようにな。では戦闘班、降下開始!」
「あばばばばばばばばばばばばばばっっっっ!!!?!?!?」
うむ、これでよし。
因みに皇王陛下は、ちょっと親バカで娘離れが出来てない困ったお人だが、気さくで柔軟な思考を持った人物だと聞いている。
リリエラの挨拶も、暖かく見守ってくれるだろう。
教えてやんないけど。
俺以外の3人が飛び降りる。
次々と開くパラシュートの1つ、マリエルの傘に天空王の視線が突き刺さった。
……やっぱ、リーオスを狙ってんな。
天空王は翼を大きく羽ばたかせ、マリエル達に向けて急降下を始める――ここだ。
俺は船体を蹴って下に飛び、攻撃態勢に入った天空王に斬りかかる。
狙いは、右翼。
『ビッ!?』
俺の接近にきづき、回避行動を始める天空王。
だが、完全にリーオスに気を取られていた。
初動が遅えんだよ!
「その翼もらったっ!!」
落下速度と重さも乗せた一撃は天空王の翼に深く食い込み、その純白を赤く染め上げた。
リーオスにやられた左翼……完治してるようだが、無意識に庇ったろ?
おかげで、初撃は大成功だ。
『ビィィィィィィィィィィィッッッッッ!?!!?!?』
片翼を失った天空王は、絶叫と共に大きく体勢を崩す。
グラグラとした不安定な飛行。
だがその軌道も、徐々に安定を取り戻していく。
切ったばかりの翼の傷が、見る見るうちに塞がっていくのだ。
「ちっ……こればっかりは、勇者でもいねえとダメか」
「そうでもないぞ、離れろ!」
背後からの声に、天空王から飛び退く。
ほぼ同時に、山吹色の光が、粒子を撒き散らしながら右翼の傷をなぞった。
『ビィィィィィィィィィィィィィィィィィィッッッッ!?!!』
再び激しい鳴き声を上げ、真っ逆さまに墜落する天空王。
俺も空中で体制を整え着地。勢いのまま転がり衝撃を逃がす。
「回復いらなそうね」
「俺、前世は猫だったのかも」
起き上がると、かなり上空でパラシュートを外したマリエルが落下してきた。
軽口を交わしながらも、視線は前に向けたまま。
『ビィィィ……!』
重苦しい鳴き声。
濛々と立ち込める土煙の間から、その鳴き声の主が姿を現す。
瞳は未だ怒りを湛えているが、それ以上に強い警戒心が見て取れる。
自身の領域たる空中で、あそこまで不覚をとったんだ。
魔王クラスの知能があれば当然だろう……それに。
「うまくいった様だな」
「何やったんだ?」
遅れてライルとアルテラも降りてくる。
ライルの表情は『してやったり』と言わんばかり。
それもそのはず、コイツが薙いだ翼の傷は、まだ塞がっていないのだ。
「光粒子、要は光属性だ」
光属性って、現代の魔導じゃ再現不可能って話じゃなかったっけ?
だからこそ、光属性の武器である聖剣を持つ勇者は、魔王との戦いで必須とされているのだ。
「お前、このためにセインのパーティに入ったな? 教会に知られたら、抹殺待った無しだぞ……」
「その前に魔導具化して、量産してやるさ」
『お前は実験台だ』
天空王を見るライルの目は、はっきりとそう言っていた。
やがて、静寂に包まれていた周囲がざわめき出し、遂には歓声が沸き起こる。
ブラッバードと天空王の攻防に唖然となっていた兵士達が、漸く正気を取り戻したのだろう。
士気が高いのはいいことだ……が。
『ビィィィィィィィィィィィィィィィィィッッッッッ!!!!!!』
天空王の咆哮……いや、怒号が響き渡る。
「『調子に乗るなよ、虫ケラども』……ってところか?」
兵達の歓声が止み、全軍に緊張が走る。
それでいい。
相手は魔王。翼をもいだくらいで、勝った気になれるような相手ではないのだ。
既に天空王の目に怒りの色はない。
ただ『敵』を見据える冷たさが宿るのみ。
俺達を片付けるまで、リーオスのことも一旦忘れることにしたようだ。
剣を、槌を、槍を、鉄腕を……俺達はそれぞれの武器を天空王に向ける。
平原に集まった部隊も、包囲陣形を組み直した。
ここからが本番だ。
『天空王』グリフエラーナ討伐戦――開戦。




