第5話 独り身の前でノリノリで惚気る奴はアッパー入れてもいいって偉い人が言ってた
「次は皇都ですかっ! グレン様っ!」
リリエラが、瞳を輝かせながらぴょんぴょんしている。
ランドハウゼンは、ウィスタリカに次ぐ魔導先進国だ。
建物フェチのリリエラとしては、やはり心ぴょんぴょんしてしまうのだろう。
「言っとくけど、着いたら城に直接降りるからな。んで陛下に挨拶したら、お前とクラリスはブラックバードで待機だ。観光は天空王倒した後!」
「おあずけ、まて」
「ガルルルルルッ! 早く倒して下さいね! 秒でお願いしますっ!」
「無茶言うなっ!」
魔王を秒殺とか、さすがにレイ先生でも無理だろ……無理だよな?
尚もギャイギャイと食い下がるリリエラをアイアンクローで黙らせていると、ライルがこちらに歩いてきた。
「あだだだだだだギブギブギブギブっっっ!!!!」
「元気そうだな」
「有り余って困るぐらいにな」
「しつけがたいへん」
「ミシミシ! ミシミシいってますってっ!!」
ふむ……このくらいで勘弁してやるか。
手を離すと、リリエラはドサリとその場に崩れ落ちた。
「おごぉぉぉぉ……!」
「ハッハッハッ、すまんすまん。ウザかったもんでつい」
「酷っ!?(ビキーン)ぉおぅぁ……叫ぶと……頭が……てか、ライルさんも、助けて下さいよぉぉ……っ」
「ハッハッハッ、楽しそうだったものでつい、な」
「酷っ!!(ビキーン)ぉおほぉぉぉぉ……!」
「リリリ、ばかなの?」
2度目の大声を出したリリエラは、頭を抱えてのたうち回る。
「くぉぉぉ……これが楽しそうに見えますか?」
「痛みも含めて、人生の醍醐味だ」
「そうそう、『痛み苦みは大人の味』ってな。成長したな、リリエラ」
「………っ!?」
『何をいけしゃあしゃあと』とでも言いたげだ。
目を見開いて口をパクパクさせている……うん、面白いな。
「実際、このくらい感情や欲望に素直なら、人生楽しいと思うぞ。欲は生を潤すには必要なものだ」
「ずっと思ってたんですけど……ライルさんて、お歳の割に、こう……大人びてますね」
「じじむさい」
「ほっとけ!」
クラリスの辞書に『オブラート』という文字はないらしい。
そんなクラリスだが、興味深げにライルをじっと見つめている。
「ん、どうした?」
「……ライル、たのしい?」
「俺か? そうだな……楽しいことばかりではないが、やりたい様に生きているからな。不満はない」
「そうなのか? 『人類の発展』なんてもの背負わされて、かなり窮屈にやってると思ってたけど」
実は円形脱毛とかしてないだろうか?
「なぜ心配そうに俺の頭頂部を見る……? 背負うものは大きいが、応えてやるさ。『錬金術師』の名は、俺に多くを与えてくれた」
「金、地位、女か」
「物資、人脈、機会だ。まあ、金と地位は通じるものがあるか。女は間に合ってる」
――――――ナニ?
「ライルさん、もしかして恋人いるんですかっ!?」
「りあじゅう?」
「あぁ、幼馴染みでな。将来を約束して………どうしたグレン? 人を殺しそうな目をしているぞ」
「モゲロ」
「本当にどうしたっ!?」
1週間も地下に引きこもるような研究バカだ。
絶対に俺の仲間だと思っていたのに………じゃあ何か?
俺が最前線で童貞大魔人やってる間、コイツは女とよろしくヤっていたと?
どうやらお前との友情はここまでのようだ。
「おきになさらず、つづきを」
「いや、だが……まあいいか。続けるぞ」
こいつ……俺の嫉妬の波動を浴びながらいい度胸だ。
本来なら、童貞の前で惚気話をするような種馬野郎にはライジングドラゴンブローをお見舞いしてやるところだが――
「わくわく」
クラリスのキラッキラした目に免じて許してやろう。
「彼女は、かなり特異な種族として生まれてきてな………子供の頃は、色々と面倒に巻き込まれていた」
特異種族――モーゼスの『黒鬼』、アリア姫は獣人と精霊のハーフの『獣霊』。
俺やライルの『持たざる者』も特異種族に該当する。
そしてライルの幼馴染は『勇者』だった。
セインやリーオスの様に、教会の洗礼を受けた訳じゃない。
そう言った勇者達が、子種としてバラ撒いた遺伝子が、何世代もかけて寄り集まって生まれた『天然の勇者』。
その存在は、勇者を要として人と金を集める教会にとって、決して無視できないものだ。
幼い頃、特に邪神災害で親を失った直後は、誘拐などの被害にあっては、何度もライルに助けられたらしい。
「ライル、えらい」
「今では勇者の力も使いこなして、自力で撃退できる様になったがな。もう俺の方が守らる側だ」
そんなパワフルな彼女だが、今でも一つだけ、不安を見せることがるらしい。
――自分の子供は、普通の子として生まれることができるのか、と。
幼少期から望まぬ力を与えられ、強欲な大人に付け狙われる経験を、自分が嫌と言うほどに味わったから。
ライルが魔導の道を選んだのは、そんな不安を吹き飛ばしてやるためだった。
個人の能力など置き去りになる程に文明を発展させ、勇者と持たざる者の差ですら、誰も気にしなくなるような時代を作ると。
魔導史に残るであろう天才、『錬金術師』ライル・アウリードは、たった1人、愛する人を幸せにするために誕生したのだ。
「せいだいなのろけ」
「ああ、その通りだ。惚れた女の為の人生……どうだ? 楽しそうだろう?」
言い切ったライルは、どこかスッキリした感じだ。
たった1人の大切な人のため、期待を背負い、世界を背負う……か。
ちくしょう、カッコいいじゃねえか。
「で、お前は楽しめているのか?」
「え? 俺?」
今度は、話の矛先が俺に向いた。
「『魔王討伐』なんて大事を背負わされて、お前の目は、その先に何も求めていなかった……俺の時も、さっきの女騎士の時も。無欲が悪とは言わないが、俺にはそれが少々不健康に見えてな」
「……お姫様との夜の密会でも強請るべきだったと……?」
「誰がセインと同じことをしろと言った……アレは論外だ。だが『貸し一つ』くらい思っても、バチは当たらんだろう」
「そういえば、お姉ちゃんも言ってました。グレン様が自分を買った時、何の見返りも求めてなかった……って」
ライルの空気に当てられて、リリエラも少し心配そうに俺の方を見た。
クラリスがギュッと俺の腕を掴む。
「『無心で世の為、人の為』など、俺たち若造にはまだ早い。物であれ気持ちであれ、何か考えてみてもいいんじゃないか? 俺で叶えられる物なら叶えよう」
そう言われて、俺は何も返すことができなかった。
だって、俺が欲しいのは――
「ほ、報告っっ!!!」
「どうした?」
「天空王が、急速に飛行速度を上げ始めましたっ!」
「「「っ!?」」」
場の空気が一瞬で張り詰める。どうやら、一旦話は終わりのようだ。
「ライル……言われたこと、考えてはみるさ。すぐにはイメージ湧かないがな」
まだ何か言いたげなライルにそう告げ、俺はブリッジに急いだ。




