第1話 勇者セインとランドハウゼンの姫君
魔王と勇者は永遠の宿敵。
魔王現れるとき勇者は立ち上がり、その脅威に晒された人々を守るため聖剣を取る。
そんな人々の希望たる勇者の1人、『光の勇者』セイン・バークレイ。
初代勇者、アルス・ランベルトと同じ神聖武具に選ばれ、最近では当代最強と言われた『鋼鉄の勇者』エインダールを超えたとも言われる、若干14歳の少年だ。
そんな彼は、ランドハウゼン皇国に対し、1つの確執を抱えていた。
発端は半年前。
その日、勇者セインはノイングラート帝国の皇立学園を訪れていた。
目的は、かねてより評判だったランドハウゼン第二皇女、アリア姫を自身のパーティに加えること。
姫は希少な獣人と精霊のハーフで、優れた容姿や多方面に優秀な能力で名が知られている。
そして先日、フェアリア――神代で言うところの新体操の、U15大会で優勝したことで、一気に知名度が上がっていた。
セインは自身に箔を付けるため、そう言った話題性を持った人物を、よく仲間に引き入れようとする。
加えてアリアは、女で、容姿端麗だ。
強気で活動的な印象は、セインの好みであるお淑やかな令嬢タイプとは真逆だが、誰もが振り向く美少女であることに変わりはない。
寧ろセインのパーティは、そうゆう令嬢然とした少女だらけなので、いいアクセントになるだろう。
何よりあの抜群のスタイルは、『つまみ食い』にもちょうどいい。
セインにとってアリアは、色々な理由から、是非とも手に入れたい人材だったのだ。
だが――
『お断りします』
『―――――――――――は?』
予想だにしなかった返答に、セインの時が凍りつく。
後に彼女は、信頼できる者にだけこう語ったという。
『生理的に無理』
セインは1万人が見れば、1万人が『美少年』と答える容姿の持ち主だ。
サラサラの金髪に、宝石の様な青い瞳。整った顔立ちに見惚れる女性は数知れず。
が、見た目が整っている分、話しかけられた時に感じた不快感が余計に不気味だったらしい。
一方セインは、自分に声をかけられるということは、これ以上ない栄誉であり、喜びであると信じて疑わない。
拒否するなど有り得ないことだ。
現実を受け入れられないセイン。
彼が固まっている間に、アリアはその場から姿を消していた。
その晩、遅れて怒りがこみ上げてきたセインは大いに荒れた。
同じく学生であるため、1人連れてきた仲間の少女は、足腰が立たなくなるまで吐口にされたらしい。
次の日から、セインは内心の怒りを抑えつつ、アリアを口説き続けた。
自身がどれほど未来を約束された勇者で、自身のパーティの一員になるというのがどれほど幸せなことか。
また彼女を称え、その力を自分の仲間として活かさないことが、世界にとってどれだけの損失か。
だが、幾ら言葉を重ねても、アリアは首を縦に振ることはなかった。
それどころか態度は益々硬化し、はっきりと嫌悪の視線を向けるようにすらなっていく。
セインは仕方なく、アリアを直接誘う事をやめた。
次の矛先が向かったのは、父王であるグラーヴ。
アリアに対し、自分に協力するよう王命を出すように勇者として要請する。
だが、待ち侘びた返事は『ノー』。
『嫌がる娘を王命で売るなど、言語道断』と一刀両断だ。
それから半年間、セインは何度も同じ要請を繰り返したが、皇王の返事が変わることは無かった。
やがてセインの中では、自身を蔑ろにするランドハウゼン皇国に対する仄暗い感情と、手に入らないアリアへの執着が大きく育っていった。
◆◆
『以上がここまでの経緯だ。其方には天空王討伐への協力を頼みたい』
通信機が生み出すスクリーンに映るのは、常人とは違う『王』の気配を纏った虎獣人の男。
ランドハウゼン皇王、グラーヴ・レント・ランドハウゼンだ。
ランドハウゼン皇国は、三大国には及ばないものの大陸で上位の力を誇る強国。
皇王グラーヴが醸し出す威厳は、画面越しでもひしひしと伝わってくる……筈なのだが。
「ふっ」
スクリーンを見つめる少年は、それを涼しい顔で受け流す。
不遜な笑みを浮かべ、まるで世界の全てを見下すかのようで……実際に見下している。
この少年――『光の勇者』セイン・バークレイは、この世の人間全てが自分に劣っていると、本気でそう思っているのだ。
「そちらの状況は把握したよ、『グラーヴ殿』」
故に、例え相手が皇族であろうとこの態度だ。
『勇者』の地位は決して低くはないが、間違っても国家元首、しかも大陸でも有数の強国の王を相手に取るような態度ではない。
グラーヴもその非礼には内心眉を潜めたが、今は天空王が自国に迫る緊急事態。この程度は些事と飲み込んだ。
『して、返答は?』
「確かに、魔王を倒せる存在は勇者しかありえない。逼迫した状況でこの僕を頼りたくなる気持ちは痛いほどわかる。だが――」
そこで一旦言葉を切り、セインはスクリーンに映るグラーヴを伺う。
鉄面皮を崩さぬ王に対し、『値踏みをするのは自分だ』と言わんばかりに。
「僕も忙しい身でね。何せ多くの人々が、勇者の助けを必要としているんだ。彼らを押し除け、自分の国だけを優先しろと言うのは、少々身勝手ではないかな?」
そして、揺さぶる。
各国からの要請に対し勇者が無償で動くことは、嘆かわしいことに殆どない。
教会経由で多額の寄付金を受け取って尚、彼らは更なる見返りを要求するのだ。
数少ない例外が『鋼鉄の勇者』エインダールであり……そして非常に残念ながら、今回元凶となってしまった『蒼剣の勇者』リーオスだった。
『寄附金は受け取っているであろうに……何が望みだ』
「何か勘違いしていないかい? 僕は『順番は守るべきだ』と言っているだけだよ。
だが、そちらの切迫した状況も理解できる。貴方がどうしても『誠意』を見せたいというのであれば、そうだなぁ……」
勇者とて、簡単に手に入らないものは幾つもある。
特に教会勢力外の国は、金銭だけで済ませようとし、本当に貴重なものは手放そうとしない。
こういった状況は、頑なに閉じた宝物庫の扉を開けさせるには絶好の機会だ。
そしてセインが突き込むのは、勿論この話。
「前々から進めていた、アリアを僕のパーティに迎える件、今ここで確約してもらおう」
自身とランドハウゼン皇国の確執の原因になった、アリア姫のパーティ入りだ。
今日まで歯牙にもかけず切り捨ててきた要請だが、天空王の脅威に晒された今ではそうもいくまい。
巌の様な外面の奥で、グラーヴは必ず動揺し、葛藤している。
表情に綻びはないか、言葉に詰まりはないか、肩に力は入っていないか。
どんな些細な変化も見逃すまいと、セインは神経を研ぎ澄ませる。
「……その話は何度も断っている。他の物にせよ」
「生憎、他のものは間に合っているんでね。貴方の『持ち物』で、今僕が欲しいの彼女だけなんだ」
まだ拒絶の姿勢を変えないグラーヴ。
対するセインは楽しげだ。
こうして一つ一つ相手の言葉を潰していけば、やがて彼らは万策を失い、平身低頭助力を乞う『裸の王様』に、なる。
苦汁を飲んで無二の『宝』を差し出す、敗北者になるのだ。
その姿は、セインの肥大化した自尊心に充足を与える最高の報酬。
『威厳』の衣を剥いでいくこの作業は、セインにとっては極上の娯楽だった。
「天空王は比較的与し易い魔王だ。『魔王討伐』の実績を得るチャンスなのではないか?」
強情に姫を求めるセインに、彼の好みそうな名声、功績で攻めるグラーヴ。
勇者の利を説き、主導権を握ったまま丸め込む手段は、王達にとっては常套手段だ。
だが利益よりも愉悦、物欲よりも自己顕示欲のセインには、それも響かない。
「まさか、僕をリーオスと一緒にしているのかい? 僕は『選ばれた勇者』だよ? あんな紛い物のように功を焦らなくても、名声など自然についてくる」
勿論、セインも天空王討伐に利益は感じている。
魔王を倒していない勇者……所謂『魔王童貞』の誹りは、やはり耳障りだ。
そして天空王は、グラーヴの言うように魔王としては与し易い。
理由は不明だが、他の魔王のような大きな群を作らないし、戦闘力も魔王としては低い方。
飛んでいるのはやっかいだが、それもランドハウゼンの軍勢に落とさせればいい。
『魔王討伐』の名声を得るには、天空王を倒すのが最良。
寧ろそのためにリーオスを焚き付け、天空王を山から誘い出させたのだ。
だが、セインはそんな態度は見せはしない。
あくまで天空王には興味がない素振りを続け、グラーヴの焦りを引き出そうとする。
「まぁ、無理にとは言わないよ? ただ『特別な誠意』を見せられないのなら、やはり優先してあげることはできないけれどね」
天空王は餌にならないと思い知らせた。
セインの脳内では、ついにグラーヴが崩れ落ちる姿が再生されている。
皇王に残された手段は、プライドをかなぐり捨てて、平身低頭セインに懇願するしかない。
『どうか、娘だけは』と。
それを却下し、絶望に沈むグラーヴの前で、姫も魔王討伐の実績も手に入れる。
未だ厳しい表情のグラーヴと向かい合う中、セインの口元がいびつに歪む。
さぁグラーヴ……顔面を汗と涙と鼻水でくしゃくしゃにして、地に頭を擦り――
「ではこの話は終わりだ。手間を取らせたな」
「―――――――――――は?」
予想外の返答に、セインの時が再び止まる。
スクリーンは、既に何も映してはいなかった。




