第10話 逃げる勇者に追う魔王。迎え撃つは――
完全武装で山を登る『蒼剣の勇者』リーオスのパーティ。
向かってくる魔獣は迎え撃ち、逃げる魔獣は追いかけて殺す。
魔獣の返り血で真っ赤に染まるリーオス達。
その眼前に、巨大な影が降り立った。
獅子の胴体に、鷲の頭と前足の付いた巨体。
現存する『魔王』の1体。
アウストラ山脈の主。
『天空王』グリフエラーナ。
リーオス達が倒した数々の魔獣は、王の眷属だったのだろう。
天空王は明確な怒りを勇者達に向けていた。
制空権を取る天空王相手に、見事な連携で何とか食い下がるリーオスパーティ。
それでも劣勢は覆せず、自棄になったリーオスを先頭に全員で突撃を仕掛ける。
激突の瞬間、画面を埋め尽くした光は、あの日多くの人々が目撃したのと同じ、青白い色をしていた。
光が止み、濛々と立ち込める煙の中に見えるのは、右目と左翼に深傷を負った天空王。
その映像を最後に、視点は徐々に上昇しその場を離れた。
広がった視野は、1人その場から逃げ出す、青い剣を持った男を写していた。
「…………」
部屋の中が緊迫した静寂に包まれる。
クラリス、アルテラ、リリエラの3人は、戦いの凄まじさに息を飲んだのだろう。
だが俺と……多分マリエル、ライル、そして支部長も、この映像が示す事実と、それにより引き起こされる事態に戦慄していた。
「……馬鹿がっ……!」
口火を切ったのはライル。
ガンっと机を叩きながら、苦々しさに満ちた呻きを吐き出した。
「天空王の縄張りを荒らし、仕留め損ね、その上勇者が逃亡……コレ、とんでもなくヤバいよな?」
「薄情だけど、せめて生き残ったのが勇者じゃなかったら……ライル、どっちに逃げたかわかる?」
「方角を出す。山脈の南側……位置的に、恐らくランドハウゼン皇国だ。支部長、連絡を」
話を振られた支部長は、既に帰り支度を始めている。
この先、暫くギルドに泊まり込みだろうからな。
「わかっておる。ギルド本部、それとノイングラート帝国にも伝よう……そちらは間に合うとは思えんが……」
「だが最善を尽くすしかない。ロゼッタは残りの偵察機全機を、ランドハウゼン方面へ」
「かしこまりました」
かつて、天空王が最初の静観を解いた理由。
それはミクサーノ王国による、眷属となる魔獣の虐殺だと言われている。
天空王は、身内となった魔獣を傷つける者を許さない。
そして今、王は再び縄張りを荒らされた。
犯人であるリーオスは、ランドハウゼン皇国方面に敗走中。
特異で濃密な、『勇者』の魔力を漂わせながら。
もし、リーオスが人里に逃げ込むようなことがあれば、そこが第2のミクサーノとなるかもしれない。
「俺もランドハウゼン方面へ向かう。リプリーは手配を……グレン」
ライルが俺達を見る。言いたいことは、その目がハッキリと語っていた。
俺は仲間達をぐるりと見回す。
「私はそのつもりよ?」
「私は、貴方のお側におります」
「クラリンは任せて下さい! 最悪、めっちゃ逃げます!」
「ん」
相手は魔王だってのに……随分と肝の座った奴らだ。
「いいだろう。『天空王』グリフエラーナの首は、我らグリフィス特務隊が貰う」
「感謝する……! リプリー、皇国へは6人で……最速で行く!」
「かしこまりましたっ」
険しい顔をしていたライルは、僅かに笑みを取り戻した。
◆◆
さて、『最速で行く』と言われると、やはり思い浮かぶのはランドハウゼンの縦断列車である。
ノイングラート帝国からウィスタリカ協商国を結ぶ、結構広いランドハウゼン皇国を貫く、超長距離魔導列車。
ここエンデュミオンにも停車駅があるため、やはりこれを使うことになるだろう。
縦断列車は、クラリスとリリエラも楽しみにしていた。
できればこんな形では乗せたくはなかったが……。
「縦断列車は使わない」
「へ?」
そう言ったライルに連れてこられたのは、エンデュミオン郊外にあるだだっ広い平地。
どうやらここも、ライルの私有地らしいが……。
――キィィィィィィィィィィィン……。
遠くから聞こえたその音に、俺は思わず空を仰いだ。
視線の先には青空と……そこに落とされた、1滴の墨の様な黒い点。
「『アレ』は、一般的にはギルド所有と思われているようだが、実際には違う」
点は徐々に大きくなり、やがてその姿を明確に晒す。
「整備を任せる替わりに無償で使わせているだけで、アレは元々俺の私物だ」
『私物』って表現するようなもんじゃねえよ。
閣下にも、何度か冗談で『使わせろ』と言ったことはある。
が、まさか本当に乗る日が来るとは思わなかった。
「ランドハウゼンへはコイツで行く。コレなら何とか間に合う筈だ」
耳をつんざく轟音と共に飛来した『ソイツ』は、最後は静かに俺達の前に舞い降りた。
ギルド所有改め、錬金術師ライル・アウリードの『私物』。
――『世界最速の飛空挺』ブラックバード。
~次章予告~
ランドハウゼン皇国に迫る天空王。
皇王と勇者セインの交渉は決裂し、皇国の命運は、グレン達に託される。
第四章『天空王を墜とせ』
――寝てる場合じゃねぇんだよっっっっっっっっ!!!!!!!




