第8話 鉄の小鳥が見たものは
ライルを連れて図書館を出ると、日はすっかり傾き、街は夜の顔を見せ始めていた。
概ね、当初の予定通り。クラリス達の夕飯には間に合うだろう。
しかし……アルテラの樹花魔術でかなり短縮して、帰りはライルが俺達を来客登録したから、ただ歩いてただけ。
本来なら、もっと早く出られた筈なんだが……。
「片付けに、かなり時間を取られましたね」
「うっ!」
ライルがお気に入りの読書部屋に持ち出した資料は、予想外に多かった。
その量、誰もいないのをいいことに、どっさり8席分。
しかも自分の分類で置き分けてるから、一々正しい棚を探さないといけない。
ライルを加えた俺達4人、オートマタ3体をフル稼働させても、片付けには2時間を要した。
「今度から、先に出したの片付けてから、次の資料を出しなさいね」
「親かっ!?」
「ママの言う事をよく聞くんだぞ」
悪い子は、棍棒でお尻百叩きだ。
そうそう、結局あのゴーレムは回収しなかった。
霊子炉との無線接続なんて脅威の大発見!
……と、思ったんだが、ライルが待ったをかけた。
『撹拌弾1発で落ちる魔導具など、そのまま使えるか』
確かに。
それに資料室の守りも無くせないし、ゴーレムはまだあの場所で鎮座している。
クラリスとリリエラは、お隣の魔導協会で魔導騎士ごっこをしていた。
皆さん、可愛がってもらうのはいいんだけど、子供に本物の武器渡さないで。
2人を拾い、我々は大図書館とギルドの中間辺りにあるライルの家に向かう。
めっちゃ街中。
何でこんな立地かって言うと、頻繁に出入りするのは大図書館とギルドだかららしい。
ギルドにも使いを出したので、支部長もやってくるとのこと。
「さぁ、着いたぞ」
支部長を呼びつける程の大物、ライルさんのお宅は、豪邸って程では無いがかなりの大きさだった。
「でけぇな……これ1人で住んでんのか?」
「いや、住み込みのメイドが2人いる。あと、生活スペースは半分くらいだな。残りは書庫と作業場だ」
さしずめ『アウリード工房』って感じか。
玄関に近付くと、話にあったメイドさんの1人が我々を待っていた。
「お帰りなさいませ。支部長がお待ちです。お客様方もどうぞ」
簡素だが仕立ての良いメイド服に身を包み、地味な装いながら優秀さが滲み出る彼女からは、確かな格式を感じる
黒髪に切れ長の目は、何となくアリサ姉さんに似てるな。
雰囲気は全然違うけど。
どこがどうとかは、故人の名誉のために控えさせていただく。
「偵察機は?」
「2機を天空王の巣、3機を山脈の俯瞰、8機を山脈周辺に飛ばしました。残り7機は待機させております」
「よし、では投影機の準備を頼む」
ライルの指示に、テキパキと答える姿も様になっている。
その姿に、俺はアルテラにそっと視線を向けた。
「彼女、中々できますね」
「あぁ、どっかの雌豚エロメイドとはエライ違いだ」
「全くです」
「お前のことだよっ!?」
どうしよう、侍従として張り合おうともしない。
おいライル、メイドさん取り替えっこしようぜ。
優秀な方のメイドさん――ロゼッタさんに案内された我々は、取り敢えず居間で寛ぐことになった。
居間にはテーブルとふっかふかのソファーが置かれており、既に支部長が座っていた。
「まさか、頼んだその日に連れ帰ってくるとは思いませんでしたぞ。やはりS級パーティは凄まじいですなぁ」
「7割くらいコイツの功績ですよ。査定楽しみにしてますからね?」
「恐縮です」
アルテラを指してそういうと、支部長は楽しそうに『ほっほっほっ』と笑った。
確約しない辺り食えないジジィだ。
ソファーの対面には何やら大掛かりな魔導具が置かれており、ロゼッタさんがセッティングを進めている。
彼女は魔導関連の助手もしているとのことで、側から見てもとても手際がいい。
因みにもう1人のメイドさんの名はリプリーさん。
こちらは家事全般と、各種折衝の担当らしい。
キリッとしたロゼッタさんとは対照的に、どこかほややんとしたタイプだ。
こちらはちょっと、ミュリー姉さんに似ている。
尚、肝心のライルは今、風呂に入っている。
客人を置いて無作法と言うなかれ。
奴は家に入るや否や、ロゼッタさんの『臭い』の一言と共に、風呂にブチ込まれたのだ。
1週間近く図書館の最奥に篭っていたのだから無理もないが、一切の躊躇なく雇い主を汚物扱いする従者に、ライルは哀愁を漂わせながら脱衣所に消えていった。
優秀なメイドさんパネェ。
俺、やっぱアルテラでいいや。
彼女の作業が終わる頃には、ライルも風呂から戻ってきた。
その手には1台の偵察機。
先程の図書館で見たものよりも安っぽく、全体的にボロボロだ。
「コイツは各地に飛ばしている自律型の1つでな、アウストラ山脈に飛ばしていた機体だ。発光があった頃、まだ山脈上空にいたはずだ」
「じゃあ、色々映ってるかもしれないのね。早速確認してみましょう」
「僥倖ですな。映像次第では、初動が大きく変わるやもしれません」
「天空王映ってますかねっ!? 私見たことないんですっ!」
「大体の人間は見たことねえよ」
「リリエラ! きちんと座りなさい、はしたない。クラリスは出来てるわよ?」
クラリスがお利口に座ってるの、俺の膝だけどな。
確かに、大人しいは大人しい。
ほーらいいこいいこ。
「あたまがゆれる……」
「ほら、付けるぞ」
ライルが投影を開始する。
――始まった映像は、俺達から言葉を奪うのに十分なものだった。




