第7話 『錬金術師』ライル・アウリード
『霊子炉』
神代末期の産物で、周囲の霊子力を吸収し広範囲に安定供給する大型魔導具。
当時はもっと出力の高い動力炉があり、霊子炉はあくまで補助動力扱いだったらしいが、現在では文明の要だ。
供給には『エーテライン』という導線が必要であり、用途は都市機能の維持に限られる。
この為、ワイヤレスで中型以上の魔導具を動かす目的で、霊子力コンデンサーが開発された――わけだが。
「こいつ、エーテライン無しで霊子炉から供給を受けてやがる!」
霊子炉からの霊子力無線供給。
それは、現代の人類がまだ辿り着いていない領域だ。
その重要性は、この高性能ゴーレムの全てを合わせたものを上回る。
「これは……予定変更ね」
「あぁ、よくやったぞ、アルテラ」
「今夜は楽しみにしております」
「オイシイゴ飯食ベヨウネ」
ええい、お仕置きを強請る目をやめろ!
「じゃあ、総攻撃。それから全身解体でいいわね?」
「いんや、その前にコイツを使う。2人とも下がってろ」
腰のポーチからから取り出したのは、掌サイズの楕円形の物体。
「それは……!」
「あっ、なるほど♪」
先端のボタンを押して転がすと、程なく『パァンッ!』と軽い音を立てて砕け散った。
直後、世界が歪む様な感覚が一瞬だけ全身を襲う。
2人は少し気持ち悪そうだったが、俺はもう慣れたものだ。
統合軍御用達『霊子攪拌弾』。
邪神の知覚を封じる効果で大人気のコイツだが、その本質は、文字通り『霊子力の攪拌』。
その影響はゴーレムに向かっていた力の流れにも及び、掻き回された霊子力が四方八方に霧散していく。
ゴーレムの性能は、霊子炉からの膨大な霊子力供給あっての物。
供給を失ったゴーレムは、それから僅か10秒の稼働で沈黙した。
「先史文明の遺産を、現代の魔導が無力化する……これが発展というものなのですね」
「そうね。未だ先史文明の技術に敵わないものは多いけれど、それでも全てが劣っているわけじゃないわ。足りない技術を盗んで、学んで、人類は少しずつ前に進んでるのよ」
「歴史家曰く、今は魔術に偏った時代らしいがな。だがライル・アウリードみたいなのも出てきた。このまま歩みを止めなければ、先史文明を超え、神代に並ぶことだって不可能じゃない筈だ」
というわけで……技術の進歩に貢献するため、速やかに解体作業だ。
攪拌弾の効果の効果が切れる前に、手足くらいはもいでおかないとな。
「そのまま連れて行けるぞ?」
「「「っ!?」」」
突如後ろから響いた声に、俺達は揃って振り向いた。
そこにいたのは、紺色のローブを纏う学者然とした青髪の男。
眼鏡の奥の瞳には、すべてを見通すかのような光が宿る。
「だが、白星槍まで連れてきて、ソレを持ち帰るだけが目的ではないだろう」
後ろには、支配下に置いたのだろう。
大量の紙束を持ったオートマタが2体、従者の様に控えている。
間違いない、コイツが――
「俺で良ければ要件を聞こう。ライル・アウリードだ。魔導を学んでいる」
……は、いいんだが、一言だけ言わせてくれ。
お前、どっから湧いて出たっ!?
◆◆
「とりあえず、こっちも自己紹介だな。統合軍グリフィス特務隊隊長、グレン・グリフィス・アルザード中尉だ」
「マリエル・エストワール。見ての通り白魔術師よ」
「アルテラ・ククルクランと申します。グレン様の性ど(ギンッ!)……従者を、しております」
「……わかった。訳ありなんだな」
おい、悟ったような顔をするな。
お前が想像しているような深い訳はない。
「とにかく……俺達はここの支部長の依頼で、お前を迎えに来たんだ。偵察機を借りたいらしい」
「偵察機? 何かあったのか?」
「数日前に、アウストラ山脈が謎の発光をしてな。天空王の様子を見たいんだと」
「成る程。そうゆうことなら、すぐに戻ろう。資料を戻すから少し待って……あぁ、入ってみるか? 資料室」
「マジでっ!? 入るっ!」
俺は学者じゃないし、本好きでも無い……ないが、『超古代文明の遺跡』。
やっぱり男の子としては、ちょっと見てみたいじゃない?
「それにしても、奇抜なパーティだな。『グランディアの魔人』に、マリエルはあの『撲殺兎』だろ?」
「ねぇ、その通り名、広まってるの……?」
マリエルさん、めちゃくちゃ嫌そうである。
てか、俺のことまで知ってるのか。
ワールドワイドな『赤頭巾ちゃん』と違って、『魔人くん』は田舎のご当地キャラだぞ?
「アルテラも相当な腕前だな。術師としても優秀だし、いい目をしている」
「その、ありがとうございます」
「ふっ、どうよ……って、ちょっと待て。お前、何でそんなこと知ってんだ?」
目については百歩譲って会話が聞こえたとしよう。
たが、アルテラは後半魔術を撃ってない。こいつまさか……。
「おかしな事を聞く奴だな。『コイツ』を借りに来たんだろ?」
そう言ってライルが手を開くと、上から小さな鳥のようなものが降りてくる。
「偵察機……っ。てめぇ、見てたんなら手伝えよ……」
「覗きは悪趣味よ?」
「はははっ、悪い。面白い戦い方だったものでな。アレは一応、準魔王級相当の戦闘能力だ。たった3人で、しかも破壊ではなく無力化しようなんて。そんな奴らはそうそういない」
全く悪びれもせずに笑うライル。
興業試合でも見てるつもりか。金取るぞ。
俺とマリエルのジト目も何のその。
ライルは涼しい顔で最深部の扉に近付くと、そこから無造作に繋がった箱を操作し始める。
箱の意匠は扉とは大きく異なり、どちらかと言えば、現代のものに見える。
「これは俺が作った魔導具だ。こいつの動力だと思ってくれればいい」
「動力? 鍵じゃなくて?」
「あぁ、動力だ。コイツに、鍵はかかっていなかった。ただ動力が死んで、扉が動かなかっただけだ」
開かずの扉の原因としては、随分と呆気ない。
が、単純な霊子力不足では無い筈だ。
それなら、とっくに開けられている。ここの霊子炉は生きてるわけだしな。
「電力、要は雷だな。神代では霊子力ではなく、雷の力を動力としていた……って話は、割と有名だろう? さあ、開けるぞ」
そう言って、ライルが何かのボタンを押すと、扉は『シュイー……』と静かな音を立てて開いた。
「おー、開いた! 雷魔術でいけるってことか?」
「まぁ、そうなんだがな。ただの雷撃をぶつけようとするなよ? 量や強さを調整しないと、回路が焼き切れる」
そう言ってライルは扉の奥に進み、俺達も続いて神代の資料室に足を踏み入れる。
「おぉ……これは……」
そこは今までのエリアとは、ガラッと雰囲気が変わっていた。
話に聞くツルツルの床。よくわからない素材の、少しザラザラした真っ白い壁。
本棚は薄い金属板で作られており、床とは別の軽そうなツルツル素材の机に、クッションと一体化した椅子。
机と椅子の骨組みも金属だ。
照明は、どうやってあの光量を出しているのか、たった一つで部屋の隅々まで真っ白に照らされている。
その光景は、今まで見たどの先史文明のものとも違う、異質なもの。
なんだけど、何というか……。
「殺風景だな」
「言ってしまわれましたね」
「みんな気が合うわね」
はい、期待外れでした。
もっとこう『おぉ……っ!』って感じを出したかったんだけど……全体的に簡素で色味もなく、味気ない。
「だろう?」
お前もか、ライル。
「ここで読み耽る気にはなれなくてな。別室に資料を持ち出している」
「それで後ろから出てきたのか」
「学者さんて、そうゆうの気にしないと思ってたわ」
「気にしない奴の方が多いだろうな。彼らが言うには、俺の感性は庶民的で、学者向きではないらしい」
可笑しそうに笑うライル。
それでいいのか、統一暦最高の魔導学者。
改めてその殺風景な部屋を見渡すが、まぁ資料、資料、資料。
引き出しを開けてみたが、やっぱり資料。
パラパラめくってみたが、何が書いてあるか全くわからん。
「それは人体改造の資料だ。一応『勇者のプロトタイプ』ということになる。持ち出すなよ」
「ぶぼぉっ!?」
人体改造!? 勇者のプロトタイプ!?
「労働用強化人間『ワークマン』。これの戦闘用亜種が、資料を見る限り勇者の原型だ。恐らく、ここから更に先史文明の手が入っているがな」
神の『洗礼』を受けた勇者は、古代文明の改造人間でした、ってか。
発表したら大騒ぎだな。教皇のブチ切れる顔が目に浮かぶ。
「言うなよ?」
「言わねーよ」
流石に、ライルを暗殺者に追われる日々に放り込む気はない。
しかし改造人間か……学のない俺でも、ちょっと読んでみたい気はする。
それこそ学者や技術者なら、是が非でも読破したいんじゃないか?
「……どうした?」
「いや、やけにあっさり帰るの了承したなー、と」
「読みたければまた潜ればいい。俺はまだ14だ。時間はいくらでもある」
「なんというか……落ち着いておられますな」
「敬語っ!?」
だって、なんか若返ったジジイみたいなこと言うんだもん。お年寄りは敬わないと。
「コイツ……それに、俺は魔導学者だからな」
『魔導学者』
その言葉と共に、ライルの目に強い光が宿る。
「魔導は、人々の生活をより良くするために存在する。享受する者がいなければ、それはただの自己満足だ。天空王が動き出せば、その『人々』に大きな被害が出るだろう? 優先順位を履き違えるつもりは無い」
一切の迷いも気負いも無く、ライルはそう語った。
これが『本物』の矜恃……悔しいが、俺には無いものだ。
力だけは『本物』と同等のものを持ってしまった俺。
だが、ライルの様な確たる信念がない。
あるのは、あの日の光景から逃げ続ける弱い心と、それを隠す大量の仮面だけだ。
肩書きの割に気安く、感性も庶民的。
そして、どこか爺むさい同い年のこの男が、今は少し大きく見えた。




