閑話 マリエルの♥秘密♥の報告書
部屋を取ると、グレン君達は街を見物に出かけた。
私も行きたかったのだけれど、ギルドから急かされている報告書の作成のため、一人留守番だ。
ギルドが求めているのは、先日のヤムリスクで遭遇した2つの事件の報告書。
コルトマンの件と、出現した邪神との戦闘について。
エッチな報告書だと思ったかしら?
残念だったわね。もっと重っ苦しいヤツよ。
コルトマンの件に関しては、既に提出を済ませている。
今は残る1つ……邪神の方を作成中――
なんだけど……先ほどから、筆は1箇所から全く進んでいない。
私の筆を止めるのは、巨大邪神との戦いに駆けつける直前の一幕。
全身ボロボロなのに、狂ったように笑いながら邪神を斬りつける、グレン君の姿だ。
『グランディアの魔人』
邪神を見つければ我を忘れて襲い掛かり、仲間はおろか、自分の被害さえも構わず嬲り続ける狂気の殺戮者。
ヤムリスクで彼の過去を聞いた時、何となく納得してしまった。
『ああ』なってしまうは、確かに仕方ない、と。
でも……アレなのよね。
私が、有事の際に彼を囮りにするよう言われている、最大の要因は。
『頭の片隅にはおいておけ』
彼が狂気に囚われ、人であることをやめ、守り手としての役目すら放棄してしまうのではないか。
レベッカも、その可能性を捨て切れなかった。
そして、実物を目にしてしまった私も――
「こんなこと……迷う必要もないはずなのに……」
彼に『何とかする』なんて言っておきながら、頭から離れないのだ。
人の道を外れた、悪鬼のような彼の姿が。
アレをそのまま報告すれば、ギルドは益々、彼が危険人物だという認識を深めるだろう。
きっと私にも、もっと具体的な指示を出してくる。
何より私自身が『あの姿が本当のグレン君なんだ』って、認めてしまうような気がして……。
凄くエッチなのに免疫も無くて、からかうとすぐに狼狽て。
でも決める時はちゃんと決めて、一度懐に入れた人は絶対に見捨てない……それがグレン君なんだと思っていた。
でも『魔人』の哄笑が、私が知ったつもりになっていた彼の姿を覆い隠す。
クラリス達と、楽しそうに笑うグレン君。
寒気すら覚える、凄絶な笑みを浮かべる『魔人』。
「本当のあなたは……どっち……?」
報告書は、今日も仕上がらなかった。




