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第2話 クラリス・ザ・ナイトメアクラッシャー

 ――べちゃ、べちゃ。



 見渡す限りの血溜まりの中、孤児院に向けて歩く。



 ――べちゃ、べちゃ。



 踏み締めた血は誰のものだろう。

 周囲を見渡せば、血みどろの人々が、失った筈の頭から恨みがましい視線を向けてくる。



 ――べちゃべちゃべちゃっ!



 やめてくれ、見ないでくれ、みんなを見捨てようとしたんじゃないんだ。


 俺が着いた時にはもう手遅れで、だから!


 声にならない言い訳をしながら、俺は視線から逃げるように足を早める。



 ――べちゃべちゃべちゃっ!



 やがて孤児院が見えてきた。

 俺が人生で最も幸せな時間を過ごした『俺達の家』。


 ……だが。




『ルクスっ!……あ、あぁ……』



 悪戯好きで乱暴なところもあるけど、いつもチビ共の面倒を見ていた院一番の兄貴分。

 ギラギラの太陽のようだった姿は見る影もなく、左腕と頭を失った姿を俺に見せる。



『なんで、来なかったんだ』


『ほら、中を見てごらん』



『ケビン……ジード兄さん……』



 口数は少ないが、いつも院のみんなを守ろうと体を張っていたケビン。

 いつも笑顔で、俺と一緒にルクスの起こしたトラブルの後始末をしていた、ジード兄さん。


 2人とも、孤児院のお父さんのようだった。

 入り口の両端に立ったまま、2人は中を指差した。



 入りたくない、見たくない。

 でも足は俺の意思などお構いなしに、家の中に進んでいく。



『あ、あぁ……パティ先生……ルル……サリー……みんな……ごめん……ごめん……!』



 俺を受け入れてくれた、家族になってくれたみんなが、失った目を俺に向けてくる。





 ――ドチャアッ!



 背後で大きな音がした。

 振り向くと、そこには血溜まりを踏みしめる異形の脚に……真っ赤に染まった花飾り。



 嫌だ、見るな、それ以上見たくない。

 だが俺の視線は、何かに操られる様に上がっていく。


 ダラリとぶら下がった足の先からは、ポタリポタリと赤い滴が落ちる。


 赤みを帯びていた華奢な掌は、今は土気色に染まっていた。



 そして、細い、血塗れの、体、の、上、あ、あぁ、あぁぁ、あぁぁ――



「どっせい」




 ◆◆




「ぐぉぉぉ……」



 鳩尾を突き抜ける衝撃。

 蹲りながら顔を上げると、そこには白髪幼女が仁王立ちしていた。



「クラリスか……」


「わたしだ」



 いつも通り、とても偉そうだ。



「だいじょぶ?」


「……あぁ……助かった……ぐふっ」



 鳩尾は致命傷だが、クラリスが心配しているのは体のことじゃない。




 ……またあの夢だ。


 壊滅した、ルーベンスの人々の夢。



 本当のみんなが、あんなことを言う筈はない。

 俺の心の中の罪悪感や恐怖が、彼らの姿を借りて出てくるのだ。


 レイ先生や姉さん達は、こうゆう形では出てこない。

 多分、お別れを言えたからなんだろう。



 本来ならあの後、俺は邪神に咥えられたハンナからこう言われるんだ。



『行かないでって言ったのに』



 って。


 そしてハンナは邪神に飲み込まれ、俺は悲鳴と共に目が覚める。



 その後はもう最悪だ。


 体は碌に動かないのに、耐え難い吐き気に襲われて、ベッドにぶちまけたことは一度や二度ではない。

 死ぬかと思う様な熱も出て、その日はもう寝たきり患者。

 下の世話まで他人に頼らなければいけなくなる。


 あの時ほど、統合軍の家政婦がおばちゃんだらけなことに感謝したことはない。



「グレン」


「あぁ、大丈夫。何度も見たから、内容覚えちまっててな」



 だが……クラリスと過ごす様になってからは、かなりマシになった。


 何故かこの子は、俺が悪夢を見ているとギリギリのところで起こしてくれるのだ。

 昼寝だろうとド深夜だろうと、あの掛け声と共に。


 おかげで俺は、多少鳩尾をズキズキさせるだけで済む様になっている。

 多分、偶然じゃない。




 ――クラリスは、普通の人間じゃない。



 感覚でしか言えないが、この子は本来心臓があるべきところに、別のものが収まっている。

 俺にはそれが、割と高い精度でわかる。


 だが、それでも、俺はこの子と共にあろうと思ったんだ。





『人生を変えるような出会いが……必ずある』




 この子なのかな……なぁ、先生……。




「クラリス」


「ん……」



「いつもありがとな」


「ドヤァ……」




 その顔のままベットに倒れ込み、クラリスは寝息を立て始めた



 俺もクラリスの頭をひと撫でして、もう一度眠りについた。




 ◆◆




「小助は~くわを~もち~あげて~」


「親の~かたきを~うつ~ように~」



「グレン君ちょっといい?」



 禅……己の心の奥深くと語り合い、精神の極地『悟り』へと至る修行。

 外部からの情報を遮断し、ただ内なる自分の声に耳を傾ける。



「こわばる~つちへ~ふり~おろす~」


「あの……グレン君?」



 心を静寂に、一切の揺れのない水面の如く。

 人はその心境を『明鏡止水』と呼ぶ。



「そーいそいそいそーいそい!」



「そーいそいそい……」


「グレン君っ!!」


「おひゃいっっ!!?!?」



 突如発せられた怒号で現実に引き戻される。

 今日も結構いい感じだったのに。



「マリエルか……どうした? そんなにプリプリして」


「貴方が私を無視して、ぼーっと歌ってたからでしょ……!」


「歌? ……あぁ、クラリス、今日は何歌ってた?」


「鍬振り小助」



 いつの間にか膝に乗っていたクラリスが答える。

 小助……あれか。



「『そいそい』だな」


「ん、そーいそいそい!」


「ちょっと待って、私付いていけてないんだけど……?」



「ご主人様は、禅の最中にクラリスが歌い始めると、無意識に合いの手を入れたり、踊ったりするのです。ご自身では自分が何をしていたか、覚えておられません」



 ぬぅっと出てきたアルテラが、戸惑うマリエルに事情を説明する。



 アルテラはやはり、俺に付いてきた。

 ギルドに雇用契約書も出している。

 付いてくるからには奴隷ではなく、真っ当な従者として仕えるべきだ。


 呪印も消そうとしたのだが、まるでお腹の子を堕ろせとでも言われたような顔をされたので、そのままにしてある。



 因みに今着ているのはメイド服なのだが、何を気に入ったのかコルトマン邸仕様の際どいやつだ。

 それでも法衣よりは刺激が少ないので許したが、世間の俺を見る目が若干痛い。



「私が歌うと『うるさい』って怒るのに……理不尽です!」



 抗議の声をあげるのは、その妹のリリエラだ。

 放り出すわけにもいかず、本人も付いてくるといって聞かないので、クラリスの遊び相手として同行させている。


 尚、姉と同じギリギリメイド服を所望したのだが、せめてスカートの下にスパッツを履かせている。

 俺はロリコンじゃない。11歳の小娘の太ももに欲情してたまるか。



 因みにレーゼは別の仕事が入ったので、ヤムリスクでお別れだ。


 よほど俺達について来たかったんだろう。

 半泣きで去っていった。



「面白いわね。今度私もやってみようかしら」



 やめなさい。

 これ、俺を歌わせたら勝ちのゲームじゃないから。



「忘我の中で外部の刺激に反応するのは、我々の巫術とも通じるものがありますね。あそこまで深く潜りながら、無意識で周囲に同調する程の精神状態……是非見習いたい」


 『巫術』は、闇人(やみびと)が使う魔術を増幅させる儀式だ。

 舞踏によって己をトランス状態に導き、魔術との繋がりを深めるのだとか。



「で、どうした? なんか用だったんだろ?」


「あ、そうそう。またギルドの手伝いをしてほしいの。今回はダンジョン攻略? みたいなものよ」



 『みたいな』ってところに厄介ごとの空気を感じるが、一応聞いてやろう。


 クラリスに関して、統合軍は信用できない。

 ギルドの協力は不可欠なのだ。恩は売れる時に売っておく。



「でも、あんまし遠くはやだぞ?」


「わかってるわよ。来週はクラリスと、縦断列車に乗るんだもの」



 マリエルの声が少し優しくなる。

 なんだかんだで、クラリスは彼女にも懐いている。

 色々と連れてってやりたいんだろう。



「私達が行くのは、学術都市エンデュミオンよ。停車駅もあるわ」


「エンデュミオン、てことは……」




「ええ。大図書館、潜るわよ」




 マリエルが、ニヤリと不敵な笑みを向けてくる。


 やっぱり今回も、面倒なことになりそうだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] クラリスのドヤァが好きです。ほんといい子。 女の子が皆かわいいですね~
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