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第8話 その温もりにさよならを

 左右に分たれた邪神の体が、大量の血を噴き出しながら大地に倒れ込む。


 先生はゆっくりと振り返り、俺の方に向けて歩き出した。



 足取りはフラフラと覚束ない。


 顔色は青を通り越して真っ白。


 なのに表情はぼんやりしてて、まるで何の苦痛も感じてないかのようだ。



 やがて、愛剣が手から滑り落ち、口から大量の血を吐き出した。



「先生っ!!」



 俺は先生に向けて駆け出した。


 体が重い。手足が石みたいだ。

 街10周も出来なかった、あの頃に戻っちまったのか?


 最初は鼻息鳴らして駆け出すくせに、陽が傾いてもまだ終わらなくて、最後はフラフラになって。


 それで――



「あっ」



 もつれた足につまづいて、上半身が宙を泳ぐ。



 ――倒れる。



 そう思った瞬間、俺は地面とは違う何かに抱き止められた。

 ちょっと硬いけど、優しくて暖かい感触。


 今、走ったろ? そんなことできる体じゃないのに。


 俺が転ぶと、いつもそうしてくれたもんな。



 先生……。



「怪我は……かなり、しているな」



「先生ほどじゃ、ないさ」



「確かに、な……負ぶって連れ帰りたいところだが……どうやら……無理なようだ」



「もう……そこまで……子供じゃねえよ……」



「ふふっ……そうだな。……見ていたか……私の……戦いを……」



「ああ、見てたよ……全部、見てた」



「そうか……すまないな。もっと……時間をかけて……教えてやりたかった……」



「だったら、満足そうな顔、してんじゃねぇよ……っ」




「満足さ……お前が……生きている……」




「なんだよそれ……俺に、全部教えてくれるんじゃなかったのかよ……!」




 俺はまだ、やっと『甘え』の殻を破ったばかりで、きっとこれからが本番なんだ。

 なのに先生の顔は、腹が立つくらい安らかで……。



「剣など、残らなくてもいい。お前の記憶に……私が残れば………そう思えるようになったのも……お前のおかげだ」



 先生の鼓動が遅くなっていく。

 終わりが、そこまで来ている。



「生きろ……グレン。全てを失っても……絶望に飲まれても……歩みを……止めるな」



 抱きしめる腕に力が篭る。

 これが、きっと最期の言葉。



「酷なことを……言っているのは……わかっている。だがな……お前の目の前にあるのは……絶望だけではない」


「うん……」


「色々な出会いが……人生を変えるような出会いが……必ずある。私にはあったぞ……お前と……出会えた」



「うんっ……うん……!」



「だから……生きろ。目を開いて……前を向け。差し伸べられた……ては……しっかり……つか……め……」


「っ!? 先生っ!」



 先生に体から、力が抜けていく。

 先生が、いなくなってしまう。



「……グレン……どうか……しあ……わせ……に……」


「あぁ、わかったよ! 俺生きる! ちゃんと、ちゃんと生きるよっ!」




「ありが……とう……わたしの……さいごの……かぞ……く…………」



「先生?」




 鼓動が、止まった。



「先生っ! レイ先生っ! ……あ……あぁ……」







「うあああぁああぁあぁぁぁああぁああぁあぁああぁぁぁぁあああぁあぁぁぁああぁぁあっっっ!!!!!」





 その日、俺は一人になった。




 ◆◆




「ん、よくある話」


「あ、あはは……」



 沈黙を破るレーゼの言葉に、マリエルは苦笑いだ。

 闇人(やみびと)姉妹は反応に困ってるな。


 お通夜みたいな空気だったんで、俺は助かったけど。


 あと、クラリスは途中から、ずっと頭を撫でてくれてる。




 ……ありがとな。



「レーゼも故郷無くしてるもんな。そっちは7歳だっけ?」


「ん。人生一、死ぬかと思った」



 そう、少年兵の事情なんて、似たようなもんだ。



「乗り越える奴もいれば、無理な奴もいる。俺は……ダメだった。自分自身、もう、どうにもならないと思ってる」



 レーゼは乗り越えた。そんで、ちゃんと今を楽しんでる。

 俺にはちょっと眩しくて、羨ましい。



「だから、マリエル……悪いけど期待はできない。でも、お前のことは信頼してる。いい手があったら頼むな」


「……そこは、『期待してる』って言いなさい」



 マリエルさん、『信頼してる』とは言われて、怒るに怒れないらしい。

 悪いな。自分じゃ、イメージ出来ないんだよ。



「でだ、リリエラ。あと、アルテラも」


「……?」


「はい」



 せっかくこんな話したんだ。ちょっと、偉そうなことを言わせてもらおう。



「家族が生きてんのは、割と幸運だぞ? もっと親に手紙出せ。あと、近いうちに顔見せてやれ」



 マリエルなんて、S級特権で通信機で連絡取ってるしな。



「……はい」


「ありがとう、ございます」



 さて、こんなところか。

 クラリスも船漕ぎ出したし。



「じゃ、解散だ。明日にはヤムリスクを出るからな。全員ちゃんと寝ろよ」



 俺も寝よう。昔のこと、随分思い出しちまったが……。



「……らい……じょうぶ」



 ぽてっと、クラリスが俺の腕の中に落ちる。



 そうだな、今はお前がいる。

 悪夢を見ても、きっと大丈夫。



 頼りにしてるぞ、お姫様。

 ~次章予告~


 学術都市の奥深く、神代の遺跡へと続く大図書館。

 難易度S、取得可能物0。

 ドM仕様のダンジョンに潜るグレン達の目的は、ある要人の『お迎え』。



第三章『大図書館の錬金術師』



「俺で良ければ要件を聞こう。ライル・アウリードだ」

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