第7話 強くてカッコいいお父さん
『神様なんざカケラも信じちゃいない』
嘘だ。本当は、1人だけ信じてる。
隠してたみたいだけど、俺は、知ってる。
強くて、大きくて、暖かくて、呆れるほどカッコいい、絶対無敵の『剣の神様』
――『剣神』レイヴィス・ザン・ヴァングレイ。
その光は、いつだって、俺の目に色をくれるんだ。
「レイ先生……!」
「嫌な予感がしてな、引き返してきて正解だった。だがな……減点だ、グレン」
「ふぇっ!?」
開口一番、泣き出しそうな俺に、先生は厳しい言葉をぶつけた。
「お前は、また自分の命を軽んじたな? それだけは決して許さないと、私はお前に言った筈だ」
「だって………俺のせいで……街が……みんなが……っ」
「お前のせいではないよ」
そう言うと、先生は俺を、そっと抱きしめてくれた。
先生は俺が泣くと、いつもこうしてくれる。
「でも……俺がっ……俺が……甘えてたからっ……!」
「甘えて何が悪い? お前は子供だ。どれ程の力を持っていようと、お前はまだ子供でいいんだ。人の命の責任など、大人に押し付けてしまえ。
……済まなかった。お前の大切な人を、誰一人守ってやることが出来なかった」
「……先生っ……レイ先生ぇっ!」
苦渋に満ちた声。
この人は本当に、俺の全部を守ろうとしてくれたんだ。
『子供』を守る、『大人』として。
――ガリッ……ガリッ……ガリッ……。
「来たな……」
先生の纒う空気が変わる。
周りを見ると、新たな獲物の匂いを嗅ぎつけ、邪神共が集まっていた。
でも、奴らの様子が今までと違う。
邪神共は俺達を取り囲んだまま、それ以上一歩もこちらに近付こうとしない。
さっきまで狂った様に俺に群がってきた奴らが、まるで『待て』を躾けられた飼い犬のよう。
………当然だ。
先生は――怒っている。
背に守られた俺ですら、押し潰されそうなプレッシャーを感じるんだ。
それを正面からぶつけられて、恐怖を感じない生物などいる筈がない。
凍りついた様に動かない邪神の群れ。
その一角に向けて、先生が一歩踏み出す。
僅かに詰め寄られた一団は揃ってビクリと震え――
次の瞬間、仲良く細切れになった。
「然るべき技術と筋力があれば、斬撃は飛ばせる。実演するから、よく見ておけ」
そこから先は、戦いですらなかった。
先生の剣が一つ閃く度、邪神共は反応一つできずに解体されていく。
絶望が形を持ったような化け物共は、『神様』の前では、ただの哀れな肉塊だった。
数秒、たった数秒で、邪神の群れは全滅した。
残るは1体。
さっき俺を跳ね飛ばした、カマキリのような変異種だけ。
コイツは味方がやられていく中、ずっと先生から意識を離さなかった。
群れを囮にしながら、先生の隙を探っていたんだ。
明らかに、他の個体とは別物。
だが先生もわかっていたんだろう。
結局、カマキリがその場から動くことはなかった。
そして、ついに1対1。
先生の剣気が、一層研ぎ澄まされる。
それだけで、世界を切り裂いてしまいそうだ。
得体の知れない変異種が、僅かだが、明らかにたじろいだ。
「グレン……今から私は、全力でアレを斬り伏せる。お前はそこで、よく見ているんだ」
「っ!? ま、待って! 先生!」
俺の制止の声を置き去りに、両者は動き出した。
変異種は本当に化け物だった。
六脚による変幻自在の機動に、そこから放たれる8本の触手による波状攻撃。
それを掻い潜り懐に戻れば、2対の鋭利な鎌が、人の剣術ではあり得ない軌跡で襲いかかる。
身一つで立ち向かう様な相手じゃない。
高位の傭兵パーティが幾つも集まった上、入念な準備をして当るべき脅威だ。
だが、それでもレイ先生には届かない。
繰り出される全てを躱し、いなし、刃を合わせ切り裂いていく。
水のように淀みなく、風のように軽やかに、嵐のように激しく、その一撃は山のように重い。
先生がチラリとこちらを伺う。
『おさらいだ』
わかってる。ちゃんと見てるよ。いつも見てたよ。
俺がこの3年、毎日のように繰り返した基礎練と素振りと足捌き。
そのずっと先にある極みが、それなんだろ?
凄えな……俺も、いつか届くかな?
「がふっ!」
「先生っ!?」
先生の動きに、ほんの僅かな痼りが生まる。
いつからか、口の端から血が滴っていた。
ダメージは受けていない。邪神の攻撃は一度も当たってないんだから。
「先生! 先生、もういいよっ!」
レイ先生が体を悪くしてるのは、大分前から気付いていた。
顔色の悪い日があったり、最近は稽古中に咳き込むことも増えた。
隠してたけど、一度だけ、血を吐いたこともある。
多分、病気だ。しかも、年々悪化してる。
月一の『お出かけ』も、大きな病院で診察を受けるためなんだろう。
そんな状態で、こんな激しい戦いを続けたら……。
「もういいよ! 俺のことなんて気にしないで! 先生……死んじゃうよ……っ」
絞り出した叫びは届かず、つい触手が先生を捉えた。
「先生っ!!」
全身を打ち付ける衝撃に、先生の表情が大きく歪む。
俺のせいだ……!
さっきから邪神は、攻撃の合間に俺を狙うようになった。
今のも俺を狙ってた。俺がお荷物になってる。
俺さえいなきゃ、先生はこんな奴に負けないのに……!
だが、そんな俺の泣き言を諫めるかのように、先生は自らを打ち付けた触手を切り飛ばした。
口からは大量の吐血。
左腕の指も、何本かおかしな方向に曲がっている。
それでも真っ直ぐに剣を掲げるその姿は、大きく、頼もしく見えた。
「私にも意地がある! 責任がある! 矜恃がある! 道を示した先達として! 背中を見せた大人として!」
先生が叫ぶ。
それは俺に聞かせるためか、ヤツに聞かせるためか。
それとも、自分を奮い立たせるためか。
「それに知っているか? 化け物……」
魔力が、剣気が……いや、先生の存在そのものが増大する。
まるで人を超えた、人ならざる何かに姿を変えるように。
「父親はな……子供の前では、絶対に倒れないんだよっっ!!!」
全部、覚えてる。
俺を背負ってくれた、背中の大きさ。
稽古が上手くできた時、撫でてくれた手の心地よさ。
街のちょっとした祭りの時、『はぐれないように』って抱きかかえてくれたよな?
あれ、結構恥ずかしかったんだぜ。嬉しかったけど。
先生は更に一歩、ヤツに向かって力強く踏み出した
「これが、私がお前に見せてやれる全てだっ! 受け取れグレンっ!!」
「レイ先生っ!!」
――俺……先生みたいな父さんが……欲しかったんだ……っ。
眩い銀色の光になった先生が、邪神を真っ二つに両断した。
後1話




