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第6話 少年は子供でいたかった

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」



 ――死ね! 死ね! 死ね! 死ね!



 怒り、憎悪、殺意。

 その全てを込めて剣を振るう。


 重く、昏く、黒い感情の纏わりついた剣は、嫌味のように鋭く、軽やかだ。

 一振りすれば2、3体、大型だろうが一太刀で肉塊になる。


 肉を綺麗に切り抜けると、剣から手応えがほとんど返ってこない。

 その軽さが、俺を更に苛立たせる。


 俺は、奴らの断末魔を全身で感じたいのに。



 ――死ね! 死ね! 死ね! 死ね!



 何体殺したかなんて、一々数えちゃいない。

 だが、辺り一面死骸で埋め尽くしても、奴らは次から次へとやってくる。




 それでいい。


 暴れ足りない。ぶつけ足りない。殺し足りない。

 俺の大切な人達はあんなに死んだのに、まだ1人分の恨みだって晴らせちゃいないんだ。


 打ち止めなんて許さない。

 もっと、もっと殺されに来い。



 ――死ね! 死ね!


 ――死ね死ね死ね死ねぇぇぇぇっ!!



 どれだけ切っても終わりが見えない。

 邪神も、心の汚泥も。


 疲労で手足の感覚が怪しい。

 肺も心臓も爆発しそうだ。


 だがそれなのに、動きは更に軽く、剣閃は更に鋭くなっていく。

 自分がどこにいるかもわからないのに、迫る邪神の数と姿は一瞬で把握できる。


 願ったりだ。とことんやってやる。

 四肢が砕け、臓腑が爆ぜるまで、ただお前達を殺す剣として、いくらでも沈み続けてやる。


 だからもっと血をよこせ。悲鳴をよこせ。


 絶望をよこせ。



 もっと、もっと、もっとっ!!






 ――いや、おかしくないか?



「っ!?」



 ガクンと、膝が折れる。

 倒れ込みそうになりたたらを踏むと、目に前には『待ってました』とばかりに邪神の口。



「くぉぉぉあっっ!!!」



 踏ん張るのをやめ、地面に身を投げ出す。


 空中で体を横に向けると、目の端に頭上を通り過ぎる顎門が映った。


 そのまま脚に一閃。

 斬撃の勢いのまま地面を転がり、邪神の背後に抜ける。




 体が、重い。



 すぐに立ち上がりはしたが、それだけで全身の力を使い切りそうになる。


 脳裏に芽生えた疑念が雑念になり、体が人間であることを思い出したんだ。

 剣であったときに無視していた疲労が、一斉に襲いかかってくる。



 ――考えるな! 今、それどころじゃねえだろ!



 だが、一度抱いた疑問はじわじわと意識に染み込んでくる。



 おかしい。おかしいだろ。

 何で俺、こんなに戦えてるんだ。


 これができるなら、洞窟の奴らなんて瞬殺だった筈だ。



 洞窟にいたのが特別強かった?


 違う。

 奴らとコイツらに目立った差は無い。



 なら、俺が急に強くなった? みんなを殺された怒りか何かで。


 違う。

 御伽噺じゃねえんだ。そんな都合のいい事は起こらない。


 精神状態で動きの精彩は大きく変わるが、実力以上の力は出ない。

 剣士は、振った剣の数に見合う物しか、切ることはできないんだ。



 じゃあ何だ、この状況は。

 こんな疲れ切ったガタガタの体ですら、まだ邪神共を寄せ付けない力は。





 ――何だじゃ……ねえよ……っ。



 人間は一瞬で強くなったりしない。じゃあ答えは一つだろ。



 これは、俺の力だ。



 レイ先生が、この街のみんなが育ててくれた、俺の力。

 俺はもう、このくらいできたんだ。



 なのに、しなかった。手を抜いた。



 レイ先生も、みんなも、自分自身すら騙して、弱いふりをした。





 ――子供でいるのが、心地よかったんだ。



 この街のみんなは、俺を、子供として扱ってくれた。


 実家じゃ『邪魔者のノービス』だった俺を、気にかけてくれた。


 危ないことから守ってくれた。




 すごく、嬉しかった。

 いつまでも、こうしていたくなるくらいに。




 ごめん、姉さん達。


 ごめん、街のみんな、ギルドのみんな、孤児院のみんな。


 ごめん、ハンナ。



 俺が、俺が甘ったれなせいで……みんなを、死なせた……っ。


 守れた筈のみんなを……くそぉっ……くそぉっ……!



「うああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」



 怒りが、憎しみが濁っていく。

 あれだけ鮮明に見えていた邪神共が、敵が、見えない。


 敵って誰だ? 俺は誰を憎んでる? 邪神か?

 それとも――



「俺はっ! 俺はぁぁっ!! ああああああああっ!! ああああああああああぁぁぁ――がはっ!!?」



 頭に首がへし折れそうな程の衝撃。

 そのまま吹っ飛ばされ、体を強かに壁に打ち付ける。



「あ……が……っ!」



 体が動かない。


 ダメージや疲れだけじゃない。

 今の俺の原動力――淀んでようが、歪んでようが、ただ一つの敵に向かっていた激情。


 それが行き場を無くしたんだ。



 辛うじて目を開けば、1体の邪神が悠然と佇んでいた。


 太めの六脚、甲殻に包まれたスリムな上半身、鎌の様な4本の腕。

 洞窟の人型と同じ、変異種って奴か。


 普通の邪神のイメージは『不細工な蜘蛛』だが、コイツはまるでカマキリだ。

 尻からは、尻尾の様に生えた8本の触手。


 どうやら俺はコイツにやられたらしい。



 ――ガリガリガリガリガリガリッ!!


 ――ガリガリッ! ガリガリガリッ!!


 ――ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリッッ!!!




 四方八方から足音が迫る。


 カマキリ野郎は、丸型の口を俺に向けたまま微動だにしない。

 仲間に譲ろうってのか? おかしな奴だ。



 ごめん、姉さん達……せっかく助けてもらったのに、無駄になっちまった。



 ごめん、先生……俺、先生の剣、継いでやれなかったよ。



 みんな……そっちに行ったら――




「また……家族にしてくれっかな……?」





 邪神共の口が視界を埋め尽くす。



 それらは我先にと俺に襲いかかり――








 ――次の瞬間、バラバラに切り裂かれた。










「子供が受け入れるなと言った筈だ」





 視界が、開いた。

後2話

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