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第5話 俺に光をくれた人達

 ギルドは洞窟が視認できる場所に建てられている。

 何かあった時、すぐに衛兵隊に知らせるためだ。


 当然、ギルドより洞窟に近い建物はない。

 だから洞窟から『何か』が溢れ出したら、真っ先に襲われるのはここだ。




 俺が辿り着いた時点で、ギルドは既に廃墟になっていた。


 外の壁はボロボロ、窓と扉は原型すら留めていない。

 周辺一帯は静寂に包まれ、血と濃厚な死の臭いが立ち込める。



 『生き物の気配がしない』なんて、言葉としてはよく聞くが、きっと、こうゆうことなんだろう。




「……くっ!」




 ――確かめたい。中に入って、どうなってるか確かめたい。



 やめろ。生存者なんているわけない。



 ――でも、もし大怪我して動けなくなってたら。



 邪神がそんなの見逃す筈ない。動けなくなったら、食われるだけだ。



 ――でも、攪拌弾とか。



 こんな僻地のギルドに何個もあるもんか! それに効果が切れたら、結局やられる!



 ――でも、その間に逃げてたら。



 だったら、ここにいるわけねえだろ! 後でいい! 後で見に来ればいいんだ!



 ――でも、もしかしたら……!




 そんな都合のいい現実はねえ! さっさと孤児院に急げっ!!






 ――あぁ、そうだな。やめときゃよかった。




 目の前には、通信機に打ち付けられた、受付の制服を着た首無し死体。



 結局俺は、ありもしない『万が一』に抗えず、ギルドの中を駆け回った。

 その代償は、少なくない時間と、残酷な現実。



 ――シエラ姉さん。プレゼント選び、付き合ってくれるって言ったじゃん……。




 シエラ姉さんは、通信室にいた。



『邪神が現れたら広域報告』



 それは、ギルド職員共通の義務だ。

 真面目だな……死んでまで……守るかよ……!



 「シエラ姉さ……くっ」



 駆け寄りたい気持ちに無理やり蓋をする。

 数秒、未練に身を浸し、俺は姉さんに背を向けた。



 義務じゃない。姉さんは、少しでも多くの人を救おうとしたんだ。

 危機を伝え、救いを求め、近くの街には警戒を促し。


 逃げたかったろうに、生きたかったろうに。

 それでも、戦えない自分ができる精一杯を尽くしたんだ。



 凄ぇよ、シエラ姉さん。


 それに引き換え俺は……こんな切羽詰まった状況で、甘ったれた願望に負けた。

 それで、アリサ姉さん達がくれた大事な時間を、只々無駄にしたんだ。



 ちくしょうっ……何やってんだ俺は……!


 ギルドを飛び出し、再び孤児院を目指す。寄り道は終わりだ。


 頼む……生きててくれっ!!




 ◆◆




 辿り着いた街は、もう俺の知るルーベンスではなかった。


 往来を闊歩するのは、モゾモゾと何かを咀嚼する八つ脚の異形共。


 住民はいない。

 地面に転がる首無し死体が、彼らの名残だ。



 首無し――邪神は脳しか食わない。

 それ以外は栄養にできないとかなんとか。

 どうせなら全身骨まで平らげて、それでさっさと満足して帰ればいいものを。



 ……何考えてんだよ俺。

 死んだみんなは餌じゃねえぞ。


 この中には、俺達に良くしてくれた人も沢山いたんだ。

 薬屋のエナおばちゃん、武器屋のオルゾフさん、宝石店のジュリさん、花屋のフラウさんと娘のコレット。


 それでも、どうしても最低な考えを振り払えない。



 孤児院は、どうか俺の家族は……俺の家族、だけは……!


 お願いします! お願いしますっ!



 神様なんざカケラも信じちゃいない。


 でも祈った。

 アイツらを助けてくれるなら、神様だろうが悪魔だろうが何でもいい。


 邪神の犇く街の中を、2つの攪拌弾で強引に突っ切る。

 聞こえる悲鳴も全部無視して。

 何なら、今の今まで生きてた人がいたことに安堵までしている。



 ごめんなさい! お願いします! 間に合ってくれ!





 ――そんな身勝手な願いなんて、叶う筈はなかった。



 他のもの全部見捨てて辿り着いた孤児院は、ギルドや街と、何ら変わることはなかった。


 みんな、ここにいた。

 頭がなくても、ちゃんとわかるよ。



 入り口にいたのは、ケビンとジード兄さん。

 そして、ルクス。


 みんなを守ろうとしたんだろ?

 ケビンといい、兄さんといい、あの熊ん時から全然変わってねえ……こうゆう無茶、やめてくれよ……。


 ルクスも逃げろよな。

 兄貴節はいいけど……お前、喧嘩弱いんだから。

 おかげで……死んじまってるじゃねえか……っ。



 廊下には、パティ先生と、最年少のルルとサリーがいた。


 怖かったよな、動けなかったよな。

 いいんだよ、お前ら、まだ4歳なんだから。

 これから楽しいこと、いっぱいあったはずなのに……ごめんな……兄ちゃん、守ってやれなくて……っ。


 パティ先生は、コイツら抱えて逃げようとしたろ?

 最近、腰痛いって言ってたくせに……逃げ切れるわけねえだろ……。



 そっからは、みんなバラバラに逃げて、隠れてた。

 全く……見つけるの、地味に大変だったぞ?



 エピカは食堂の空箱の奥。

 お前、隠れんぼのとき、いつもここだったよな。


 クルムは……何だよ、この床板の秘密基地。

 エロ本でも入れてやがったのか?


 仲良しのデュマとコルンは、2人の自室にいた。

 こんな時まで2人一緒か……。




 そして……俺とルクスの部屋。



 デカいのが来たらしい。

 扉も、壁も、屋根もぶっ壊されて、夕日に赤々と照らされてる。




 そこに、いた。




 朝から様子がおかしかったけど、嫌な予感がしてたんだよな?


 ごめんな、置いて行っちまって。

 帰ってきてやれなくて。

 プレゼントも用意できなくて。


 デート、連れてってやれなくて。




 側に、いてやれなくて。





 ――――ハンナ。




 どうしたんだよ、こんなに、冷たくなって……っ。



 景色が、色褪せていく。

 ハンナがくれた色鮮やかな世界が、靄に覆われていく。



 何でこうなった? 俺は、どうすればよかったんだ?



 ――ガリガリ



 なあ、何とか言ってくれよ。


 もう、置いていったりしない。

 お前が心配するような無茶もしない。

 俺に出来ることなら、何でもするから。



 ……ははっ……何か、往生際の悪いフラれ野郎みたいだな……。



 冷たい体が、俺から体温を奪っていく。

 いいよ、全部あげる。

 そしたら、何か話してくれるか?



 何でもいいから……声が聞きたいよ……っ。



 ――ガリガリガリガリ



 うるさい……今、ハンナと話してるんだ。

 声、小せえんだよ。

 聞き逃したらどうする。



 ――ガリガリガリガリガリガリッ!



 いい加減にしろ。お前らの相手は後でしてやる。

 お前達のせいで、ハンナの声が良く聞こえないんだ。


 お前達の……せいで……!



 ――ガリッ!



 顔を向ける。

 そこには、口から血を滴らせた邪神が1匹。

 大型だ……お前か? みんなを食ったのは。


 ……別にどっちでもいい。




 『パキン』と、頭の中で何かが外れる音がした。



 右手はいつの間にか、剣を握っている。

 これ、ケビンのか……悪い、借りるぞ。



「ごめん、ハンナ。ちょっと待ってて」



 視界が赤く染まっていく。


 コイツが誰を食ってようと関係ない。どうせ、そんなのわからねぇんだ。

 でも、『誰か』は食ってる。

 おれの、大事な人を。




 じゃあ――いいよな?



 視線を向ける。

 あらん限りの負の感情を込めた、多分、虫が這う様な視線を。


 それが、奴の知覚にどう触れたかは知らない。

 ただ、邪神は狂った様に触手をうねらせ、俺に向けて打ち出してきた。



 避ける必要はない。

 軌道は不規則だが、結局狙いは直線だ。

 なら、横を通り過ぎるだけでいい。


 その足で懐へ。

 洞窟で嫌というほど味わった、剣士殺しの前足は動かない。



 まだ、触手を振り切ってすらいないからな。体、動かねえだろ?


 俺はそのまま、奴の胴体を下半身から切り離した。



 崩れ落ちる邪神。


 何の喜びも感慨もない。ただ、黒い何かが澱むだけ。


 周囲を見渡すと、既に何体もの小型が集まっていた。

 ここには、俺の(新鮮な)脳があるもんな?



 コイツらは誰を食ったんだろう。


 楽しくもないのに、口の端が一人でに上がる。




 ――皆殺しで、いいよな?

後3話

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