第13話 魔人は嗤う
――死ね! 死ね! 死ね!
触手は一発で切り落とさない。痛みが持続しないから。
刃を平行に当て、魚を下ろす様に裂いていくのがいい。
――苦しんで苦しんで苦しんで死ね!
痛覚が一番鋭いのは、あのデカデカと聳え立つ四つ顎の外側だ。
引っ掻いてやりたいが、まだ触手が邪魔。
――泣け! 叫べ! 喚け!
――この世に生まれてきたことを悔いて、惨たらしく死ね!
脚も割といい。装甲の薄い関節部を刺すと、いい声で鳴く。
――ハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!! 死ねぇぇぇぇぇぇっっ!!!
……馬鹿みたいに笑いやがって。本当は何も楽しくないくせに。
嗤ってる『俺』も、ぼやいている俺も、ただ怖くて仕方ないだけだ。
考えてしまうのが。
覗きたくもない、自分の底にあるものが見えてしまうのが。
だから誤魔化す。
憎んで、嗤って、狂って……そうして大事な物をぼかして、覆い隠す。
負の感情の大喝采で、何もかもを有耶無耶にする。
それで、喚き続けている内に、だんだんそれが本当になっていくんだ。
邪神が憎い、許せない。
そうだ、全部、全部コイツらのせいだ。
みんながいなくなったのも。
姉さん達がいなくなったのも。
先生が、いなくなったのも。
足りない。
悲鳴が足りない。苦痛が足りない。全然足りない。
あそこを斬ろう。顎の外側。
この大きさなら、外皮から60cmくらい抉れば最高の苦痛を与えられる。
行け! 行け! 行け!
掠る程度の触手は全部無視だ。
このサイズだと流石に痛いんだろうが、『魔人』は大して痛みなんて感じない。
前脚、邪魔だな。
どけよ。
ははっ! グラついてやがる。
俺も左腕イったけど、知ったことか。
さぁて、じゃあお待ちかねの――っ!?
「ぐなっっ!!!」
しくじった。
地中に潜む触手に気付かず、不意を突かれた。
地面を貫き、槍の様に迫ってきた1本の触手。
何とか串刺しは防いだが、勢いは全く殺せず、俺は天高く打ち上げられてしまった。
落下地点は、大きく四つに開いた邪神の口のど真ん中。
……マジか、あっけねぇ……。
俺、こんな間抜けな死に方をするのか。
流石に先生に怒られるだろうな。
姉さん達にも、合わせる顔がない。
でももう、どうにもならない。
俺はもう邪神の口の中だ。
落下と共に、四方に広がった顎門が閉じていく。
あぁ…………死んだ。
『がんばれ』
えっ?
◆◆
――ズバンッッ!!!
狂気と正気の狭間。
無心で体を捻らせ、迫る顎門の1つを切り飛ばす。
豪快な斬撃音は精神をも揺らし、俺の意識は急速に正気に引き戻された。
「っ!!? ぬおおおおぉぉるあああああああああああああああああっっっ!!!!!」
残る3つの顎門は、すぐそこまで迫ってきている。
俺は死に物狂いで体制を整え、口内に着地。
今の斬撃で開いた一方から、全力で飛び出した。
「がはっ!! はぁっ! はぁっ! 今のはっ……マジでっ、死んだかとっ……!」
着地まで考える余裕はなかった。
強かに瓦礫に体を打ち付け、痛みと無理な動きに息を荒げる。
その苦痛に、生を実感する。
あの声がなかったら終わってた。
クラリスの声に聞こえたが……まさかな。
って、ヤバっ!!?
「ちょっと待てぇっ!」
生き残ったことに安堵する暇はないらしい。
この機を逃さんとばかりに、10本近い触手がこちらに向けて襲いかかってきた。
間に合うか……!?
色々な無茶の代償で、体は治癒が追いついていない。
暗黒魔術も解けちまった。
回避はギリギリ……いや、無理だ。
ダメージ覚悟で受けるっきゃ――
「何だその様は」
天から降り注ぐ触手の雨。
それらは全て、この身を打つ前にバラバラに切り裂かれた。
「想像以上に無様な戦いだ。先ほどの生意気なガキは別人か?」
モーゼス……!
粗方大型の討伐は終わったのか、モーゼスが帰ってきていた。
「ちっ……ったく、返す言葉もねぇよっ!」
だが、言われっぱなしは気に食わない。
せめて強がってやろうと、ダメージの残る体を何とか持ち上げる。
「お?」
すると全身が光に包まれ、折れた左腕も含めて急速に回復していく。
「グレン君っ!」
「マリエルか! すまねえ、助かった」
心配そうに駆けてきたマリエル。
だが、俺の無事を確認すると一気にジト目になる。
「本当は『無駄に』負った傷は、治さないんだからね?」
「返す言葉も御座いません」
とても怒っていらっしゃる。
俺は秒で土下座した。
ジャンピング土下座だ。
「それで……よっと! お前らがいるってことは、街の方は持ち直したんだな?」
「ええ、何とか膠着状態にはね。だけど、そう長くは持たないわ」
「後は如何に早く、アレを片付けられるか……ということだ」
その『アレ』こと巨大種は、失った触手を再生させながらこちらを睥睨している。
馬鹿やったせいで、随分舐められちまったか?
「んじゃあ、3人揃ったことだし、さくっとアレやっちまうか。何か、上から目線――目ないけど、とにかくムカつくし」
「意見が合ったな。存分に地べたを舐めさせてやろう」
そう言って真っ正面から駆け出すモーゼス。
なら俺は、注意の疎かになった上だ。
奴から見た標的が2つになる。
しかも俺もモーゼスも、適当に払えば当たる雑兵じゃない。
全力を賭して捉えねばならない、ワンマンアーミーだ。
俺に飛んでくる攻撃の密度と精度は、大きく下がった。
更にこちらには最高位の白魔術師、『白星槍』のマリエルがいる。
戦闘中のピンポイント回復なら、教会の聖女を凌ぐと言われる彼女は、掠った程度の傷など一瞬で治してしまう。
俺達は遠慮なく散漫になった攻撃に飛び込み、邪神を切り刻んでいく。
身体中から紫色の血を吹き出し、徐々に動きを鈍くしていく邪神。
ここが決めどきだ。
俺とモーゼスは、満身創痍の巨体に取り付く。
だが、その瞬間を狙い、邪神が動いた。
温存していた極太の触手を、地上で回復に努めていたマリエルへと繰り出したのだ。
「っ!? おのれっ!」
俺達の援護は間に合わない。
モーゼスも焦った声を上げる、が――
「問題ねぇっ!」
「せええええええぇぇぇっっのっっっ!!!!!」
怒号一声。
手にしたロングメイスを豪快に振り抜くマリエル。
彼女に襲いかかった触手は、軽々と宙を舞った。
……以前、S級の戦闘能力はピンキリだといったな?
もうおわかりだろう。
マリエルは『ピン』だ。
ギルド全体でも3本の指に入る、ゴリッゴリの武闘派。
その戦闘スタイルも、可憐な容姿からは想像もできない程にゴリッゴリ。
彼女の敵となったものは、骨は砕け、肉は弾け、全身をひしゃげさせながら、最後は地面の染みとなる。
その凄惨な殺戮現場は人から人へと伝わり、ついた字名は『撲殺兎』。
あんな触手1本に潰される様な、慎ましい女では――
「グレン君っ!?」
「めっそうもありませんっ!」
この距離でも、男の心の声が聞こえるのがいい女だ。
彼女はいつも、めったなことを考えられない、緊張感のある旅路を提供してくれる。
戦いに戻ろう。
マリエルの予想外の反撃に体勢を崩し、巨体をぐらつかせる巨大種。
「くたばりやがれええええええええええええぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!!」
俺は好機とばかりに、口内の核を狙い突っ込んだ。
だが邪神は、残った触手を総動員してそれを阻んでくる。
何本も何本も切り飛ばし前に進むも、あまりの物量に足が止まってしまった。
全身を絡めとる触手。
まんまと俺を捉えたヤツは、身動きの取れなくなった獲物に嗜虐的な意識を向ける。
邪神は割と知能が高く、思考は、人間に近いらしい。
あれだけ憎悪をぶつけて、無駄にいたぶり続けた俺が、絶叫上げて突っ込んできたんだ。
これ幸いにと俺を捉え、愉悦たっぷりに嬲り尽くそうとするだろう。
奴は、見せ付ける様に大きく口を広げ、蛇の様な舌を伸ばしてきた。
――つまり、『一丁上がり』だ。
「殺れ、モーゼス」
「平伏せっっ!!!」
邪神が狼狽を露わにする。
遅えよ。
上空から、口内に向け急降下していたモーゼスは、既に奴の核を射程内に捉えている。
俺は最初から囮。
意識が俺に向いたところで、マリエルがモーゼスを打ち上げ、馬鹿みたいに開いた口に突っ込み核を破壊する。
邪神の反応は完全に手遅れ。
黒雷と化したモーゼスが、その核を一閃した。
邪神は、その巨体を1度だけ大きく震わせ、轟音と共に大地に崩れ落ちた。




