第12話 統合軍兵士のお仕事
「な、何っ?」
「リリエラっ、私から離れるな!」
揺れに驚き、身を寄せ合う闇人の姉妹。
アルテラの傷はもう塞がっている。
俺がモーゼスと戦っている間に、自分で治したんだ。
ついでに、コルトマンと残りの私兵連中を締めておいてくれたらしい。
ウチの性奴隷、中々にデキる子じゃないか。
さて……。
「……その顔は予想が付いているようだな。何が起こった?」
モーゼスは、俺の表情から何かを察したようだ。
まあ、予想というか予感だがな。
答えの代わりに音のした方を向き、視界を阻む壁を四角く斬りつける。
剣閃の通りの穴が開けば、眼下に広がるヤムリスクの夜景。
金貨500枚ってとこか?
そんな微妙なお値段の夜景の先――繁華街の辺りに、先ほどまではなかった巨影が佇んでいた。
『邪神っぽい揺れがあったから、ちょっと様子見てこい』
――どんぴしゃかよ……!
「なっ、あ、あれはっ……!?」
「邪神だと……? デカいな……」
「巨大種。バチクソに厄介なタイプだ」
あれは前線の戦力でも手に余る化け物。
内地の穀潰しなんざ、何人いようと餌だ。
それに巨大種が出たってことは、小さいのもゾロゾロ出てきてるだろう。
俺は、奴らを殺し尽くすために結成された統合軍の将校。
今すぐ現場に急行する必要がある。
だが、アルテラ達を置いていくわけにもいかない。
さて、どうするか……。
「グレン君! 邪神がっ!」
「マリエルっ!? クラリスはどうしたっ!?」
動き方を決めかねていると、マリエルが廊下の奥から駆けてきた。
守りを頼んだ筈のクラリスは、どうゆうわけか側にいない。
「ちょうど知り合いが街に来てたから、預けてきたの。私より強いし、こっちに怪我人いるかもって思って」
「マリエルより……? まぁ、お前が信用できる奴なら構わねえ。さて……どうするモーゼス? できればこの2人を見逃してもらって、さっさとアレを倒しに行きたいんだが……」
「それは看過できん。依頼は果たす、絶対にだ」
モーゼスの声には、強い覚悟があった。
マリエルの白星槍章には、気付いているだろう。
更に回復したアルテラが、マリエルの持ってきた槍を構えている。
俺1人を倒しきれなかったところに、最高位の治癒術師と、おそらく手練れの闇人の術師。
勝勢がないことを理解できない男ではないだろう。
だが、コイツなりに引けない理由があるようだ。
「待って」
ならばと剣を構えた俺を、マリエルが声で制する。
「2人の引き渡しと、邪神討伐に協力してくれたら、貴方に新しい雇い主を紹介するわ。報酬はコルトマンの時より落ちるけど、貴方の『本業』にも理解のある人よ」
「っ!? 貴様っ、どこでそれを……?」
「その雇い主候補さんからの情報。あ、報酬は落ちるって言ったけど、それは貴方個人に対してのものよ。『本業』の方には、別途援助があるわ」
モーゼスは口を半開きにして絶句し、一拍置いて試すように赤い双眸をマリエルに向けた。
「……信用する根拠は?」
「これを預けるわ。多分高値で売れるから、嘘だったら好きにしなさい」
そう言って、胸の紋章を外しモーゼスに差し出すマリエル。
モーゼスは根負けしたとばかりに溜息を吐き、紋章は受け取らずに首を振った。
「……いいだろう、乗ってやる。紋章はしまえ。それを売り捌くのは、お前が考えているより手間がかかる」
「そう? ありがと。安心して、悪いようにはしないから」
「邪神討伐も手伝ってやろう。依頼主から言われたのは、そこの姉妹のことだけだろう?」
「あ、バレた?」
「タイミングが良すぎる」
モーゼスは纏う空気を和らげ、剣を収める。
……最大の問題が最強の援軍になっちまった。
マリエル……クラリス預けた相手といい、いい人脈もってんなぁ……。
「じゃあ、ビシバシこき使ってやる。ついて来い」
「……何故お前が命令する?」
「貴方の次の雇い主はギルド関係者だから、身分的には傭兵になるの」
「そして邪神討伐時、基本的に傭兵は統合軍の指揮下に入るんだよ。わかったら『中尉殿』と呼べ」
まぁ、内地じゃ碌な指揮官もいないし、実際は傭兵の好きにさせてるがな。
「……ちっ、やはり受けるべきではなかったか」
モーゼスは不機嫌そうながらも、俺の斜め後ろに付いた。
真面目な奴だ。
「アルテラとリリエラも、一応ついて来い」
「かしこまりました」
「は、はいっ!」
ん? アルテラが流れる様な敬語だな……? まぁいいか。
じゃあ、あの『そびえ立つ糞』を速やかに排除しよう。
◆◆
突然だが、邪神の生態について少し語ろうと思う。
邪神は目や耳など、五感の殆どを持たない。
あるのは精々、触覚ぐらいだ。
じゃあ、その知覚は何を媒介にしているのか。
答えは、霊子力。
大気を満たす霊子力の動き、密度、性質の違いから、周囲の情報を得ているのだ。
如何なる隠形をもってしても、霊子力を誤魔化すことはできない。
この世に存在している限り、決して逃れることのできない強力な知覚だ。
だが、人類は発展し、文明で摂理を捻じ曲げる生き物だ。
凡そ2年前、統合軍とギルドは、共同でこの絶対の知覚を捻じ曲げる兵器を生み出した。
周囲の霊子力を掻き回す、対邪神用撹乱兵器『霊子攪拌弾』。
これを弾けさせれば、奴らは目隠し耳栓状態ってわけだ。
攪拌弾の開発により、統合軍の人的被害は凡そ4割程にまで削減されたと言う。
今では前線のみならず、内地の支部やギルドでも、緊急用の霊子攪拌弾が配備されている。
もちろん、このヤムリスクも例外では無い。
邪神出現から僅か数分。
――ヤムリスクの繁華街は、ほぼ壊滅状態になっていた。
まだ他の地区には被害が及んでいないようだが、巨大種がいる以上それも時間の問題だ。
巨大種に、攪拌弾は通用しない。
しかも厄介なことに、他の大型以下の邪神も、攪拌弾の影響下で知覚を維持できる様になるのだ。
これは、邪神が自分よりランクの低い種を支配できるため、と予想されている。
乱された知覚を無視して、上の言う通りに動くわけだ。
小型は大型に、大型は巨大種に従う。
そして巨大種は女王に――
まぁ、今はいいか。
とにかく、統合軍のキルスコアは攪拌弾ありきの数字。
かつてダンケルク小隊の面々に言った『40人で300体は常識』もその計算だ。
巨大種がいる戦場では、兵士1人頭の討伐数は、精々2~3体。
今この場は、被害を街の一角に防げでいるだけ奇跡的なのだ。
「マリエルはアルテラ達を避難所まで誘導。その後は一旦ギルドの指揮下に入って、救護活動に移ってくれ。アルテラはリリエラ優先でいいから、避難所の警護を手伝え。できるか?」
「わかったわ」
「仰せのままに」
うむ、敬語だ。
これは、躾けすぎたな。
「モーゼスは遊撃。狩るのは大型だけでいい。小型だけなら、街のやつらでも対処できる」
ヤムリスクの統合軍は御多分に漏れずクソ雑魚内地組だが、ギルドの傭兵はそれなりに強力だ。
商人達への抑止力が必要だからな。
小型を押さえ込むくらいはできるだろうが……。
「お前が殺ったA級パーティの3倍は働け。いいな」
「……よかろう」
最悪のタイミングで人手減らしやがって。
働け。馬車馬のように働け。
「あのデカいのは一先ず俺が抑える。マリエルとモーゼスも、落ち着いたらこっちに来てくれ。3人揃ったら仕留めるぞ」
「ええ! じゃあ、2人とも付いてきて!」
「無様に捻り潰されてくれるなよ」
「言ってろ……では散開!」
その言葉と共に、我がグリフィス特務隊と臨時隊員3名は、3方向に分かれた。
1人になった俺は、邪神と傭兵でひしめく通りを避け、屋根伝いに巨大種に向かう。
俺は部隊戦術は学んでいない。
これまでの現場で指揮経験があったわけでもない。
だからさっきの指示が最良のものだったのか、実際はわからない。
本当は街を後回しにして、3人がかりでさっさとアレを倒してしまった方が、最終的な被害は抑えられたかもしれない。
……が、その選択肢は最初からなかった。
目先の死傷者を減らしたいなどという、夢想家の正義感ではない。
もっとタチの悪い、俺のエゴ。
多少なりとも関わった者達に……特に、これからも共に旅をするマリエルに、見られたくなかったのだ。
ここから先の俺……本当の『グランディアの魔人』を。
体から、黒い炎のような闘気が吹き上がる。
俺も使えるんだよ、暗黒魔術。
相手が邪神なら……だけどな。
さぁ、今回の『おもちゃ』が近づいてきた。
塔のように聳える縦長の体。
50mはあるだろうか。
それに、無数の触手が巻き付いている。
いいね、タフそうじゃねえか。
自然と口角が吊り上がって行く。
俺の気が済むまで――
――遊んでくれよ。




