第11話 『魔人』VS『赤目のモーゼス』
連続して響く重い金属音。
合わせて爆ぜる火花が、薄暗い廊下を照らす。
グレンとモーゼス。
2人の戦いは、凡そ拮抗して進んでいた。
「潰れろっ!!」
「ぐぉぉぉっ……!!」
モーゼスの力は、最強の一角と言われるだけあり凄まじい。
絶え間なく放たれる一撃は重く、まるでグレンの剣ごと叩き切らんとする勢いだ。
いや、勢いだけではない。
モーゼスは本気で、剣ごとグレンを両断しようとしている。
一見強引な一撃も、踏み込みから腕の振り、筋肉の連動や体重移動まで、全てが洗練された機能美の極地。
一合結ぶ度にグレンの腕は軋み、ジリジリと後退させられていく。
だがモーゼスも、それ程余裕があるわけではない。
「な、めんなぁっ!!」
「ぬぅっ!?」
まだ少年とは言え、グレンは統合軍のエース『グランディアの魔人』。
最前線のグランディア平原で、2年に渡り人ならざるものを斬り続けてきた男だ。
その力は決して常人のそれではない。
『最強の犯罪者』の剛撃をもってしても、抑え込めはするが圧倒はできない。
更に、手数ではグレンが上回っている。
それも決して手打ちではない。
一撃一撃に宿るのは、悪夢のような鋭さ。
グレンの描く剣閃は、モーゼスに一人の男を思い出させた。
幾度となく挑み、1度も超えることが叶わなかった『宿敵』。
その命を終えるまで、全ての剣士を置き去りにしてきた掛け値無しの最強。
『剣神』レイヴィス・ザン・ヴァングレイ。
(そうか、レイヴィス…………この少年は……!)
まだ、随所は甘い。
だが、間違いない。
終ぞ届くことのなかった『剣の神』。
目の前の少年は、その後継だ。
モーゼスは本当に久方ぶりに、自身が剣士として昂っていることを感じていた。
もう何度目の激突か、両者の剣が正面でぶつかる。
拮抗は一瞬。
力で勝るモーゼスが僅かに押し込む。
だが、グレンとてそれは承知の上。
剣の角度を変えて受け流し、そのままモーゼスの剣の腹を滑らせる。
脳天に迫る刃に、しかしモーゼスは揺らがない。
両足を、石床が軋むほどに踏み締める。
生まれた力は足から腕へ、腕から剣へ。
集約された力が剣閃を強引に戻し、逆にグレンの一撃を押し退けた。
「この体勢からよくもまぁ……!」
「こうゆう剣は、師匠から教わらなかったか?」
「っ!? お前、先生を知って……そりゃ知ってるか! レイ先生は、お前みたいに脳筋じゃねぇんだ……よっ!!」
グレンは力比べを避け、モーゼスの剣を上に弾く。
だが、モーゼスも逃す気はない。
跳ね上がった剣を即座に振り下ろし、グレンをその場に押さえつける。
「脳筋はお互い様だろう……! その剣……『雨土』の使い方がなっていないぞ……!」
堪らず下がるグレン。
一足でそれに追いつくモーゼス。
追い討ちの斬撃は、上段からの切り下ろし。
グレンは刃を合わせるが、勢いの乗ったモーゼスの一撃は圧倒的だ。
黒剣が、グレンの脳天に押し込まれていく。
――軽過ぎるっ!!
余りに脆い抵抗。
その不気味さに、モーゼスの全身が総毛立つ。
一瞬の判断で剣を止めるも、一歩遅い。
既に足は踏み込まれ、前へと力がかかっている。
足の横に並ぶ衝撃。
振り下ろされた、グレンの震脚だ。
「ヘイらっしゃい……!」
劣勢のふりをして誘い込む、ありがちな手。
だが、グレンが押されていたのは演技ではない。
そしてモーゼスは、どこかグレンを格下と侮っていた。
故に、最後の一撃に合わせた罠がピタリと嵌る。
「ちぃっ!」
「持ってけっ!」
咄嗟に後ろに跳ぶモーゼス。
だが、前のめりの体制では退がり切れなかった。
モーゼスの鳩尾に、グレンの拳が突き刺さる。
「ぐはぁっ!!」
体を『く』の字に折り、苦痛を吐き出すモーゼス。
剣によるものではないが、この戦い初めてのクリーンヒットだ。
「拳法、か……ぐっ……! そういえば、レイヴィスも1度だけ使っていたな……っ」
「お前……先生に八極拳まで使わせたのか? そりゃ手強いわけだ」
「名を……」
「ん?」
「もう一度、名乗ってもらえるか? すまんな、先程は覚える気がなかった」
呼吸を整え、そう告げるモーゼス。
その身からは、先程に輪をかけた強烈な気迫が迸る。
「てめぇ………グレンだ。『剣神レイヴィス最後の弟子』グレン・グリフィス・アルザード」
再びの名乗りで、グレンは軍人として肩書を捨てる。
モーゼスも、そちらを覚える気など無いだろう。
「グレン……貴様は強い。まだ師の域には程遠いが、いずれ間違いなくそこに至るだろう。その才気、その若さにして積まれた幾千の研鑽、ここで潰すのは惜しい男だ……!」
まるで、もう勝負がついた気でいるようなモーゼスの言いよう。
『ふざけるな』
そう返そうとしたグレンだったが、その言葉は声にならなかった。
宣言と共に、モーゼスの体から黒い闘気のようなものが迸り、全身を包んだのだ。
「暗黒魔術っ……!」
「知っているか。なら結果も見えたろう……その娘達を置いて去れ。コルトマンからは、お前を倒せとは言われていない」
絶対の強者から前途ある若者へ、純粋に未来を惜しむ言葉がかけられる。
グレンは冷や汗を浮かべ――爛々と笑った。
「糞食らえだっ……!」
その答えにモーゼスは1度俯く。
そして、赤目を見開いた。
「そうか……ならば死ね!」
直後、黒い風が駆け抜けた。
「ぐぅぅっ!?」
巨大なハンマーがぶつかり合ったかのような、重々しい金属音。
圧倒的な衝撃がグレンの体を持ち上げた。
左右にブレる黒い風。
絶え間ない斬撃が、グレンを空中に固定する。
その剣はあまりに早く、重い。
暗黒魔術の実態は生体魔法の強化版だ。
『激情の魔法』とも言われ、本来出力が安定しない危険な魔法。
だがモーゼス達黒鬼族は、これを完全に制御できる。
黒の闘気を纏ったモーゼスは、先程とは別次元の存在だ。
グレンが勝っていた手数すら、今やモーゼスの土俵。
「んっ、なっ、ろっ!!」
吹き荒れる剣の暴風。
巻き上げられたグレンは、それでも冷静に我が身を襲う斬撃に目を凝らす。
選んだのは、切り上げの一撃。
剣と剣がカチ合い、大気が爆ぜる。
その衝撃に乗り、グレンは高く飛び上がった。
「そんなに浮かせてえなら、お望み通り飛んでやらぁっ!」
そのまま天井に着地。
モーゼスに飛び掛からんと視線を下へ。
が――
「ちぃっ!?」
下にいたはずのモーゼスは、既に眼前まで迫っていた。
グレンは即座に向きを変え、横に跳躍。
壁を蹴って、落下中のモーゼスに再度斬りかかる。
「落ちろっ!」
「ぬぅっ!」
言葉通りモーゼスを床に叩き落とし、グレンは衝突の反動を使い再び天井へ。
モーゼスも着地と同時に床を蹴る。
空中で激突する両者。
(くっそ、戻りが早ぇっ!)
落下の勢いも加えた一撃は、それでもモーゼスに届ない。
だが弾き返されたグレンも、また空へ逃れた。
(よくもまあ、跳ねるものだ……!)
羽でも生えたかのように宙を舞うグレン。
モーゼスの脳裏に蘇るのは、忌々しい敗北の記憶だ。
この世のあらゆる物を足場とし、全方向から襲いくる剣神の刃は、地を這うモーゼスを幾度となく斬り伏せた。
グレンがここまで食い下がるとは、モーゼスは予想だにしていなかった。
暗黒魔術を解放した時点で、勝ったつもりでいたのだ。
最初の猛攻で、あっさりと勝負をつけると。
だがグレンは余裕こそなかったものの、その全てを捌き切った。
更にその後の、レイヴィスを彷彿とさせる空中戦。
モーゼスは今一度、グレンの再評価を余儀なくされた。
間違いなくモーゼスが優勢。
だが、それも暗黒魔術あってのもの。
グレンがレイヴィスと同じ『力』を修めていれば、勝負は見えなかったろう。
(だが……それだけだ!)
今この戦闘を支配しているのが、モーゼスであることに変わりはない。
制空権を奪われたのは厄介だが、グレンの動きならまだ捉えられる。
「そこだっ!」
「がっ!?」
本当に羽が生えているでもなし、いつまでも空には居座れない。
地べたに降りた一瞬を狙い、モーゼスが攻勢に出た。
放たれる斬撃は、少しずつグレンの剣を押し込み、その体に小さな切り傷を増やしていく。
それでもグレンは致命傷を避け続けるが、地に縛りつけられた状態ではジリ貧だ。
モーゼスが勝負を決めにいく。
(お前の弟子は中々面白かったぞ、レイヴィス。今、そっちに送って――)
「よそ見すんじゃねえよ」
「っ!!?」
――ガィンッッ!!!
モーゼスの剣が、今日一番の轟音に弾かれた。
完全にグレンの命を捉えた筈の、必殺の一撃が。
「何をっ!」
――ガンッ!
「ぐっ!」
「勝った気でっ!」
――ゴンッ!
「がっ!?」
「いっ!」
――ガンッ!!
「やっ!」
――ガンッ!!
「がっ!」
――ガンッ!!
「るぅぅぁぁああっっ!!!」
――ガイィィィィンッッ!!!!
「ぬぅぅうぉぉぉぉぉっ!!?」
予想外の抵抗に不意を突かれるモーゼス。
対するグレンの斬撃は急激に重くなり、モーゼスを防戦に追い込む。
「馬鹿なっ! 俺のっ……太刀筋だとっ!?」
グレンの反撃を助けたのは、他でもないモーゼスの技術。
剣神の教えにはなかった押し切る剣技『剛剣』だ。
グレンはこの戦いの中で、モーゼスの剣を吸収し、我が物としたのだ。
「おおおおおぉぉぉぉっっ!!!」
黒い闘気を吹き上げ、強引にグレンを押し返すモーゼス。
その額には汗が浮かび、いつの間にか、頬に一筋の傷が付いていた。
「これはっ、堪らんなっ!!」
戦力評価の上方修正は、幾度となく繰り返してきた。
だがそれでも、目の前の少年を測るには足りなかったようだ。
宿敵レイヴィスが、その全てを継がせたくなったわけを、モーゼスはハッキリと理解した。
距離を置き、睨み合う2人。
周囲には一転して静寂が訪れる。
「……こうまで想定を外されたのは初めてだ。レイヴィスは恐ろしい奴を残したものだな」
「その割には、まだ上から目線が抜けてねえな? 足りねえなら、まだまだやってやる」
2人の顔が凶悪な笑みを作る。
互いに強敵と認め、だが絶対に倒すと心に誓う、決意の笑みだ。
剣を構え、足を踏み込み、眼前の敵を睨みつけ、そして――
――ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッッッッッッッッッ!!!!!!!!!
「「っっ!!?」」
凄まじい揺れと共に、雷が落ちたかのような轟音が鳴り響いた。




