第10話 アルテラ~ご主人様を童貞呼ばわりしたのは許せないが大事なのはソコじゃない
顔を上げたご主人様、周囲を訝しげに睨みつける。
「……キアータ王国が誇る民間伝承、『鬼神ナーバルハーゲン』のモノマネがここまでスベるとは……解せぬ」
うけると思っていたらしい。
瞬きをしたら、仲間が死体になって転がっていたんだ。
そんなタチの悪い手品で笑える奴がいるものか。
だが、グレンの左手には拡声器。
腰のポーチは……水?
あぁ、あのべちゃべちゃした足音か。
……この少年、本気で笑わせに来ていた。
どうゆう神経をしているんだ?
何なら、静まりかえったオーディエンスに、ちょっとションボリしている。
……なんだ? 私か? 私が何とかするのか?
「は、はははっ、はははははっ」
「何がおかしいぃぃっ!!?」
「えぇぇぇぇっっっ!!?!?」
お前が笑えと言ったんだろうがっっ!!!?
「まぁ、そんなことはどうでもいい……アァァァァルテラァァァァッッッッ!!!!」
「はいぃっ!!」
グリンッとグレンの首が周り、私の顔を覗き込む。
怖い。
さっきまでとは、何かこう、全く違う恐怖を感じる!
「散々やらかしてくれたなぁ、お前ぇ……」
「あ、や、そ、その、すまな――」
「本来なら、キツゥゥゥイお仕置きが待ってるとこなんだが、まだ初犯だ。優しいぃぃぃっご主人様である俺は、愚かなお前にチャンスをやろう」
あ、無理だ。話を聞いてもらえない流れだ。
「今日のお前の行いを省みて、一番悪かったことを言ってみろ。チャンスは3回まで。外したら妹の目の前で座薬プレイだ。
ケツの穴で浅ましく悶える醜態を見せつけ、お前の姉としての尊厳をズタズタに引き裂いてやるっ……!」
リリエラにあの姿をだとぉっ!!?
私を見るリリエラの、親愛と尊敬の視線が、浅ましい豚を見る侮蔑の………ふむ、なるほど。
『なるほど』ではないっ!
何としても正解を見つけ出すんだ。
でないと、私も……何か戻れなくなりそう!
「お、お前を眠らせて、逃げ出したことだ!」
「違ぁぁぁぁぁぁぁぅっ!」
「ひぃっ!? じゃ、じゃあ、ここに乗り込んで、迷惑をかけて――」
「ハズレェェェェェェェェッ!!」
くっ……間違えるたびに、グレンの圧が強くなる……!
まだ何もされていないのに、尻に大量の座薬を捻じ込まれている様な気分だ。
思い出せ……今日一番、彼が怒ったこと……何か、確か何か……あっ!
「お前のことを童て――」
「それは2番目ぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!」
「あぁぁっ!!?」
違うのかっ!? あんなに怒ってたではないかっ!?
グレンの圧もテンションも最高潮。
私は、死刑宣告を受ける囚人の気分だ。
「残念だったな……じゃあ答え合わせだ。いいかアルテラ! 今日お前が、一番にやらかしてくれたのは……」
「俺を頼らなかったことだ」
――えっ。
突然柔らかくなる声色。
私は一瞬、何を言われたかわからなかった。
「言ったろ? お前のご主人様は、そこそこ金とコネがあって、めちゃくちゃ腕っ節が強いんだ」
じわじわと、少しずつ、言葉が染みわたって行く。
目頭が熱くなり、鼻がツンとなる。
「奴隷のお願い一つ、サクッと叶えてやるさ」
涙が、ひとりでに溢れた
「以上だ。帰ったらお仕置きだから、覚悟しておけ」
『妹の前で』『帰ったらお仕置き』
そうか、彼は言ってくれたんだな……『2人とも連れて帰る』と。
私は、私達を守る様に前に出た彼に、心からこう答えた。
「はい、私の……ご主人様」
◆◆
……なんか、別人の様にしおらしくなっちまったな。
タイミングばっちりだったし、感極まったか?
「さて、そんなわけだコルトマン。うちの奴隷が迷惑をかけたな。迷惑ついでに、妹も貰ってくぞ」
「はっ!? き、貴様っ、馬鹿なのかっ!? 誰がそんな勝手な話を許すと思っているっ!!」
「……俺?」
「ふざけるなぁっ!!」
「じゃあ、後日代金を請求しろ……ただし、正規のルートでな」
ここは闇商人の街ヤムリスク。『正規のルート』なんてものは存在しない。
あるのは、全て自己責任の『力』のルールだ。
物の所有権は、自分で守るしかない。
ギルドに泣きつくのも無理だ。
リリエラは恐らく誘拐、『盗品』扱いになる。
そしてコイツは、今夜にでも強制捜査で除名だ。
ギルドは、コルトマンの利益のために指一本動かさない。
そしてリリエラは、明日には単なる『誘拐された少女』として俺の手から解放され、親族――アルテラに引き渡されるってわけだ。
仮に公認奴隷商との正当な取引だったとしても、奴の財産としてギルドに押収される。
今回の協力の見返りとして、アルテラの元に返すのは難しくない。
めでたしめでたし。
「ふ、ふざけるなよ若造がっ!! そんなゴファッッッ!!?!?」
真っ赤になって激怒するコルトマンの口に、べちゃべちゃ用の水筒を投げ込む。
だって、その話長いだろ?
本命はお前じゃないんだ。
そろそろ退場してくれ。
白目を向いて倒れるコルトマンから、一つ隣に視線を移す。
「雷名の割にはしょぼい仕事をしているな? 『赤目のモーゼス』」
「名声か……俺には金の方が重要だ。コルトマンは金払いがいい」
「その割には随分と薄情じゃねーか。今の、アンタなら簡単にはたき落とせたろ?」
「殺すつもりではなかったろう? そこまで面倒を見てやる義理はない……そして、貴様と長々雑談をしてやる義理もまた、ない」
モーゼスが得物の黒剣を構える。
纒う空気は肌を裂くように鋭く、押し潰さんばかりに重い。
後ろでアルテラが息を呑み、リリエラはガチガチと歯を鳴らせている。
これが『赤目のモーゼス』。
イーヴリス大陸最強の一角。
上等だ、やってやる。
「グリムグランディア統合軍、グリフィス特務隊隊長、グレン・グリフィス・アルザード中尉だ。『赤目のモーゼス』……お前を制圧する」
お前を倒して、この姉妹連れ帰って、それでハッピーエンドだ。




