第8話 感動の対面
――リリエラ。
明るくて活発、口が達者で、好奇心と冒険心に溢れた、少々迂闊で生意気な妹。
でも心根はとても優しい、可愛い私の妹。
里での暮らしに飽きた彼女は、ある日『街に行く』という書き置きを残して、家を飛び出した。
暫くは近況を伝える手紙を送ってきたのだが、それが1ヶ月前に突然途絶えてしまった。
心配になった私は両親の許可を得て、リリエラを探すため最後の手紙が出された街へ向かったのだ。
――リリエラが奴隷として売られたと知ったのは、それから2週間後のことだった。
手を尽くそうとしたが、人里に疎い私にできることは多くない。
リリエラを買った男を突き止めたところで、私の有り金は尽きることになる。
私は最後の手段で、自分の身を売ることを決めた。
自分を売った金で人を雇い、リリエラの救出を頼む。
併せて、コルトマンの闇人趣味に賭け自分を売り込む。
結果はどちらも散々だったが、私を買った少年は、諦めかけた私に最後の希望をくれた。
おかげでこうして、コルトマンの部屋まで忍び込むことができ、そしてリリエラも見つけることができた。
正に今、生まれたままの姿で、コルトマンに組み伏せられている、私の、妹。
――サクッ
「ひっ!?」
「お姉ちゃんっ!?」
「あっ」
リリエラの声で我に帰る。
真っ赤になっていた目の前が、色を取り戻して行く。
……怒りのあまり、正気を失っていたらしい。
逆上した私はコルトマンに襲いかかり、その無防備な首筋にグラゼルの葉を突き刺していたのだ。
血管の間を通したのは、最後に残った理性か。
……落ち着け、こいつはまだ殺せない。
コルトマンを殺してもリリエラの呪印は解けるが、リリエラは暫く強烈な反動に苦しむことになる。
これは千載一遇の好機、喜ぶべきこと。
だから落ち着け。
コルトマンとリリエラが2人きりなら、この場で契約を解かせて、そこの窓から逃げ出せる。
呼吸を落ち着けろ。私はただ要求をすればいい。
「血管の隙間を通した。お前が下手に動いても、私が下手に動いても、大事な動脈が切れて死ぬ」
「貴様、私にこんなことをしてタダで、ひっ!?」
やかましいので少しグラゼルをずらすと、コルトマンは小さく悲鳴を上げて固まった。
「貴様は、私の要求にただ応えればいい。余計なお喋りはするな」
「あ、姉と言ったな……目的はこの娘か……!?」
「余計なお喋りはするなと言った……だが、そうだ。リリエラの契約を解け。呪印が見えていれば、その体勢からでも解けることは知っている」
私も刻む時に説明を受けたからな。
「言う通りにしなければ死んでもらう。リリエラに反動の苦しみを与えるのは心苦しいが、呪印を残すわけにはいかないからな。わかったら10秒位内に解け。10、9、8、7、6……」
「わかった解くっ! 解くから後20秒待ってくれっ! こ、殺すな……っ!」
「20、19、18……」
私は間髪入れずに、奴の望み通りの秒数でカウントを再開。
コルトマンは必死になって解呪を始めた。
私も、本気で10秒で解けるとは思っていない。
捲し立てたのも含めて、全てハッタリだ。
コルトマンに考える暇を与えず、速やかに契約を解除させる。
きっちり20秒後。
リリエラの左胸に刻まれていた呪印は、光になって消え去った。
「こ、これでいいだろう? 早くっ、これを抜いてくれ……っ」
「……ふんっ」
もうこの男に用はない。
私はグラゼルの葉を抜き取り、そのまま首筋を打って気絶させる。
そして自由の身になり、目に涙を浮かべるリリエラに向けて、大きく手を広げた。
「お姉ちゃんっ……わ、私……っ!」
「……おいで、リリエラ」
その言葉を聞くや否や、リリエラは私の胸に飛び込んできた。
「ごべんっ、なざいっ! ごべんなざいっっ!! うわあぁぁぁああぁあぁぁぁぁああぁっっっっっ!!!!!」
胸の中で泣きじゃくるリリエラをしっかりと抱きしめ、そっと頭をなでる。
「まったく、世話のかかる子……帰ったら父さんと母さんにも、しっかり謝りなさい」
いつぶりだろうか。暖かな気持ちが溢れてくる。
絶対にもう、この子を離しは――
「感動の対面か」
――いつから、そこにいた?
一体いつから、『手遅れ』だった?
「だが、その娘はコルトマンの所有物だ」
心の温度が急激に冷え、絶望に満たされる。
何故、世界はこんなにも無慈悲なのだ。
「見つけてしまった以上、連れて行かせるわけにはいかん」
そこにいたのは1人の男。
闇人よりも更に深い黒の肌を持つ、赤い帽子の剣士。
「黒鬼!?」
「モーゼスさん……!」
それは何よりも強固に、私達を捕らえる牢獄のようだった。




