第6話 超ミニスカメイドの潜入大作戦
「すまない……ありがとう」
少年……グレンがベッドに倒れ込むのを見届け、私は着ていた服を脱いだ。
折角買い戻してもらった物だが、この先私はどうなるかわからない。
彼が私に使った金銭には遠く及ばないが、返せる物は返しておこう。
悩んだが、やはり祝槍も置いて行く。
唯一の私物になってしまったオークション衣装を纏い、私は窓から飛び出した。
「やはり、心許ないな……」
下着同然のオークション衣装は、とにかく目立つ。
間違っても往来を歩けるようなものではない。
幸い、宿からコルトマンの屋敷までは背の高い建物が多く、屋根伝いに行けば誰かに見られる可能性は低いだろう。
それでも……やはりもし見られたらと思うと、どうしても羞恥心が……うぅっ……!
こんな時にそんなことを考えてしまうなんて……グレンがおかしなことを言ったせいだ。
まったくあの少年は……私の法衣の、どこが卑猥だと言うのだ……!
だが、邪ではあるが、邪悪な者ではなかった。
私を買った、契約上の『ご主人様』。
彼に縋れば、一緒に来てくれたのだろうか。
……くれたのだろうな、あの酔狂な少年なら。
だが、置いて行ったのは私だ。
差し伸べられた手を、あのような形で踏みつけた。
「叶うなら、生きて償いがしたい……だが……」
感傷はここまでのようだ。コルトマンの屋敷が見えてきた。
ここにあの子が……リリエラが捕らえられている。
「待っていろ……必ず助け出してみせる……!」
コルトマンの屋敷は、この街で見たどんな屋敷よりも大きかった。
この位置からあの砦のような塀を越えるのは、普通に考えれば不可能だ。
普通に考えれば……な。
幸いなことに、向かい側に大きな木があった。
植物は、我々闇人にとって強い味方であり、良き隣人だ。
幹も枝も活力に溢れているようだし、助けてもらうとしよう。
「少し手荒に扱うが、許してほしい」
コルトマン邸の側に伸びた1本の枝に樹花魔術をかけ、その枝をひたすらに伸ばす。
ある程度伸びたところで先端にぶら下がり、枝のしなりを利用して大きく跳躍。
そのまま塀の上に着地した。
「さて、ここからどうするか……」
コルトマン邸は広い。
更に私が探さねばならないのは、リリエラだけではない。
奴隷契約を解くため、コルトマンの身柄も押さえねばならないのだ。
そして先程から中の様子を見ていたが、それなりの頻度でメイドが見回りをしていることもわかった。
闇雲に走り回れば、すぐに見つかってしまうだろう。
そうなれば、私1人でこの屋敷の者達と戦うことになる。
護衛に雇ったならず者の数も尋常ではないと聞くし、何よりあの黒鬼の男……。
奴にだけは、どう足掻いても勝てる気がしない。
せめてリリエラの契約を解くまでは、誰にも気付かれるわけにはいかないのだ。
幸い、コルトマンに近づく手段はないわけではない。先ずはリリエラの居場所を探ろう。
適当な部屋に当たりをつけて飛び移り、屋敷に入り込む。
窓の鍵は、窓枠の木を樹花魔術で歪めて開けた。
里を出てから知ったことだが、樹花魔術はこういった場面で非常に有効だ。
そのまま息を潜めていると、無警戒な音を立てて部屋のドアが開いた。
見回りのメイドだ。
窓から様子を見て、すぐにこの部屋に来ることはわかっていた。
すまないが、しばらく眠っていてもらおう。
「甘い匂い……? ……ぁ……」
花の香りで昏倒させ、そのまま着ている服を奪う。
リリエラの居場所を探るには、屋敷の人間に近付くことも必要だろう。
最悪見つかったとしても、メイドの服を着ていれば誤魔化せるかもしれない。
それにしても……。
「もう少し、背丈のある者を狙うべきだったか……?」
私は女にしては背がある方なのだが、眠らせたメイドはどちらかと言えば小柄なタイプ。
背丈の割に胸と尻は大きいので、何とか着ることができたが、相当に窮屈だ。
そして、その、スカートが短い……っ。
小柄な彼女なら『かなり短い』で済んだろうが、私だとマズイことになっている。
股下は1cmあるだろうか?
恐らく、歩いただけで下着が見えてしまう。
これで人前に出るのか……。
グレンは法衣も似たような物だと言っていたが……全く違うだろう?
違う筈だ。
違わないのか……?
ともあれ、悩んでいてもスカートは長くならない。
私は眠らせたメイドをクローゼットに隠し、屋敷を探索を始めた。
◆◆
人目を避け、僅かな話し声に耳を立て、少しでも情報を集める。
残念ながら役に立つような話しは聞こえてこなかったが、それ以外の成果はあった。
夜がふける前に侵入できたおかげで、メイド達が、何やら粗末な食事を運ぶ所を目撃できたのだ。
恐らく奴隷用だ……一度確認しに行くべきだろう。
リリエラの居場所さえわかれば、あとはコルトマンを捕らえるだけ。
――そのような長考をしていたのが、よくなかったのだろう。
隠れる部屋のない一本道で、私は前後からの足音に挟まれてしまった。
どうする? 窓から逃げるか?
だめだ、見える範囲に大きな木が無い。
メイドのフリをしてやり過ごす?
……だが、こんな格好では―――あっ。
「貴女、こんなところで何をしているの?」
「あの、迷ってしまって……すみません、まだ慣れていなくて……」
スカートの裾を押さえもじもじとしながら、弱々しげに答える。
不安と羞恥心を押さえるな。今はこの態度が正しい。
「まったく……例え新人でも、雇われたからにはプロなのよ? それに貴女、なんて格好……」
「あの、これは、ご主人様が、これを着ろと……」
「はぁ、あの方はまったく。メイドは奴隷では無いと、何度言ったら……」
よし、上手くいった。
『見た目で雇われたせいで能力が低い、主人に卑猥な服を着せられて、羞恥に震える新人』
彼女には私がそう見えているのだろう。これで後ろから来るもう1人も……。
「あれ? イルマさん、どーしたんですか? ……うわっ、誰です、このエロエロさん」
エロエロさんっ……!?
確かに、今はそう思われた方が都合が良い……良いのだが……お、おのれぇ……!
「入ったばかりの新人だそうよ。この服は……コルトマン様の悪い癖よ」
「あ~、確かにこんな美人でプルンプルンな闇人ちゃんが入ったら、『おいた』の一つもしたくなるか……んじゃそゆことで、コレお願いっ☆」
何がそうゆうことなのだ?
後ろから来たツインテールのメイドが、手に持ったトレイを差し出してきた。
「貴女! またそうやってサボろうとして!」
「いーじゃないですかー。今夜呼ばれてる子だって、闇人だし☆」
「あ、あの、一体これは……?」
「コルトマン様のお夜食よ……持っていくのを、貴女に押し付けようとしているの」
「そんな人聞き悪いー。ちょうど今夜のお相手の子が闇人ちゃんだから、持ってったついでに、お話しできればっていう気遣いですよー」
「また調子のいいことを……」
なるほど……これはコルトマンの部屋に忍び込むチャンスかもしれない。
サボりに乗ってやるとするか。
それにしても闇人。このタイミングで呼ばれるとしたら……。
「その、闇人の方というのは、今日買われたという……?」
コルトマンはガラティナを買ってから、完全に心ここにあらずだった。
すぐにでも、その身を穢そうとするはずだ。
「うんにゃ、ガラティナちゃんじゃないよ。あの方さ、気に入った子が入ると暫く『寝かす』んだよね。なんでも、欲を最高潮にもってくんだって。私にはよくわかんないけど」
私にもわからん。
コルトマンが特殊なのか、はたまた男とはそうゆう生き物なのか。
全くわからん。
どうなんだ、グレンよ?
「そうですね……私は大丈夫ですよ。道も覚えないといけませんし……」
「やたっ!」
「貴女っ……でもそうね、貴女も屋敷に慣れた方がいいでしょうし……ただ、見逃すのは今回だけよ?」
よし、後は彼女達から、コルトマンの部屋までの道順を聞けば……。
「おいっ!お前らっ!」
……どうやら、そうすんなりとはいかないらしい。
ここの用心棒の1人だろうか。
粗暴な感じのする男が、声を荒げて近付いてきた。
イルマとツインテールが、そちらに向き直る。
「怪しい奴を見なかったか?」
「如何なさいました?」
「侵入者だ。3階の部屋で、メイドが眠らされてやがった」
見つかったか……!
まずいな……顔は見られていないが、彼女が見つかったのなら……。
「服も剥ぎ取られてたから、メイドに成りすまして潜り込んでるはずだ! 小せぇメイド服着てる、見慣れねぇメイドだ。お前ら見てねぇか!?」
その瞬間、2人のメイドがバッと私を振り返り――
「ぁっ」
その間を銀の光がすり抜け、男の額から真っ赤な花が咲いた。




