第5話 なぜ経験者は相手が童貞だと知ると余裕を見せるのか
「貴様、童貞だったか……」
くっ! 殺せっ!
シャワーを浴び、着替えも済ませて部屋に戻った俺を出迎えたのは、アルテラの心無い言葉だった。
やめろ。その慈愛と憐憫と母性を混ぜたような表情で、俺を見るんじゃない。
なんの話をしようとしたか忘れるだろうが。
「まぁ、私も買われてしまったわけだしな……筆下ろしくらい、付き合ってやるぞ?」
ちくしょう! こっちが童貞だと知った途端、調子付きやがって!
あぁっ、でも卒業の誘惑が……って違ぁうっ!
「1回そこから離れようかっ!? ………お前、なんで身売りなんてした?」
「っ!? ……どうして、それを…?」
アルテラの表情が変わった。やっぱりそうか……。
「あのバイヤーに、服と槍も一緒に売ったろ? 犯罪奴隷なら没収されてるだろうし、借金なら先ずあれだけ売ればいい。
あとは拐われてって線だが、あのバイヤーはギルド公認だ。非合法なルートは使わない。なら何か目的があって、自ら奴隷に……いや、あのオークションの商品になった。違うか?」
「…………」
神妙な顔は、話すのを悩んでいるのだろう。
不本意ながら、俺が童貞だったことでかなり警戒は薄らいだようだ。
なら……もう少し腹を割るか。
「お前のことは、衝動買いだと言ったな。あのオークションの時、お前は何かに絶望しながら、目は全く諦めてなかった。一欠片でも希望があれば食らい付く……そんな光を宿していた。
だからだな……俺はあの時、このままじゃダメになるお前の人生を、引っ掻き回してみたくなったんだ」
「それは……偽善だ……」
「ちげーよ、自己満足だ」
「尚悪いのではないか……?」
「知るか。俺はやりたいようにやる。お前も、ちっとはマシになった状況を利用すればいい。お前のご主人様は、青二才にしては結構できる奴だぞ? 金も人脈もそこそこあるし、腕っ節も強い。どうだ?」
それだけ言うと、アルテラの表情がフッと緩んだ。
「おかしな男だな、お前は……わかった、話そう。どうせ命令されれば逆らえないのだ。隣に来るといい」
そう言ってベッドの隣をポンポン叩く。見ようによってはアハンなことに誘われてるとも取れる。
貴様、俺が童貞だと知って完全に舐めているな?
ならば受けて立とう。
「初めてだから優しくしてね」
「お前の心掛け次第だな」
あしらわれてしまった。
仕方なく素直に隣に座ると――そっと、アルテラが縋るように身を寄せてきた。
「アル……テラ……?」
「すまない」
瞬間、鼻腔をくすぐる甘い香り。
アルテラの手の中には、今までどこにあったのか、黄色い花が握られていた。
「お前っ!?」
闇人の樹花魔術!
あわててアルテラを突き飛ばすが、既に手遅れ。
俺は強烈な眠気に襲われた。
「どうやら主人を気遣ってのことなら、主人への攻撃も可能なようだな」
「……な……ぜ……っ」
「すまない……だがお前の本意を聞いて、『私達』の事情に巻き込みたくないと思ってしまったのだ」
だめだ、いしきが、とぎれる。
「お前に使わせてしまった金銭は……本当に申し訳ない。もし私が無事でいられたら、一生をかけてでも返すと誓う」
なんだ、その、ぶじじゃ、いられない、ぜんていの……。
「おやすみ」
そっと、頬に唇が触れる感触。
『ご主人様』
◆お金の価値
各国それぞれ通貨を持っていますが、多くの国で使える『クラウン硬貨』が主流です。
旅人や商人達の『両替面倒』という意見が強く反映された形になっています。
決して、作者が『国ごとの通貨制度考えるの面倒』って思ったわけではありません。
ギルド加盟店も、クラウン硬貨の取り扱いを義務付けられています。
物語の中で出てくるお金は、基本的にこのクラウン硬貨になります。
簡単でいいですね。
価値は
・銅貨=10円
・小銀貨=100円
・銀貨=1,000円
・金貨=10,000円
それ以上の取引は、ギルドが手形を発行するのが一般的です。




