最終話 お伽噺の結末は――
冒険者パーティ『白竜の翼』壊滅から始まった亡霊事件。
それは、埋もれていた過去の殺人も引き摺り出し、街のギルドそのものを揺るがす大事件となった。
「揺るがすというか、無くなったわね」
「じぇのさい」
「ま、コアぶっ壊したからな」
俺が、人命を優先した結果やむを得ず――や・む・を・え・ず! コアの破壊に至ってしまったことで、この街のダンジョンは機能を停止。
魔物も、宝箱も、何も生み出さない『死んだ迷宮』と化した。
その迷宮も、コアからの魔力供給が途絶えたことで徐々に崩壊し、やがてはただの大穴になると言われている。
「コアの破壊に関しては、一先ず私の指示ということにするのでご安心を。最終的に責任を被るのは、キックスさんになると思いますし」
ふむふむ、それはよかった。
何せ、グレン君は繊細な心の持ち主だ。
この手で経済中枢の一つを破壊したとあっては、色々と気に病んでしまうというもの。
主に、損害賠償的なアレが。
そんな中、エルメローナの言葉は非常に心強い。
因みに『キックスさん』とは、俺達をこの街に向かわせた本部の狸野郎のことだ。
エルメローナには、俺達の本当の事情と一緒に、そいつが俺達の担当であることも伝えている。
さて、このキックスさんがどんな責任を負わされるのかと言うと、もちろん俺がぶった斬ったダンジョン・コアの損失だ。
コアは基本制御不能で、暴走したら壊すしかないんだから、責任も何も無いだろう……と思うよな?
俺もそう思った……が、実はコアを止める方法は、壊す以外にもう一つあったのだ。
それは、放置。
暴走したコアは、大体1ヶ月もすれば沈静化する。
外に溢れた魔物も放っておけば衰弱死するので、あとは上位冒険者や国の軍隊を向かわせ、中に犇く魔物を相当すれば、ダンジョンは再び『金の生る木』として機能するようになる。
ダンジョン暴走に対する最適解は、管理を任されたギルドが逸早く兆候に気付き、報告を受けた国の主導で人々を避難させる、なのだ。
そうすれば、建物は失うが人命は失われず、ダンジョンも再び使えるようになる。
今回は、ここのギルドがコアの暴走を見逃したせいで、あわや街全滅の大災害……というところまで来てしまった。
この場合は、責任を取らされるのはここのマスターだ。
まあ、その時は彼も魔物の腹の中なので、別の誰かがトカゲの尻尾のように切り捨てられることになるわけだが。
が、ここでイレギュラーが発生した。
たまたま暴走に居合わせたF級冒険者が、何か必殺技的なものでコアを一刀両断してしまったのだ。
街も人も暴走に晒されることなく、物語は平和に幕を閉じる。
めでたし、めでたし――街の人らと俺達は。
でも、ギルドのお偉いさんはそうもいかない。
街と人は助かったが、代わりにダンジョンが失われてしまった。
彼らは冷静に、冷酷に、どちらが国にとって価値の高いものだったかを計算するわけだ。
そして――決して表には出せないが――ここの人命全てよりダンジョンの方が価値がある、という結論になった場合は、誰かがコア損失の責任を取らなければならない。
誰が?
本来ならこのパターンでも、暴走を見過ごしたギルドマスターになるはずなのだが、コイツは人狩りの件で失職する可能性が高い。
そのため代わりとして、ダンジョン破壊兵器グレン君を送り込んだ狸野郎、キックスの名前が上がってきたわけだ。
ふはははは! 俺達を上手いこと使おうとしたこと、泡食って後悔しろ。
「楽しそうね、グレン君」
「Gつぶすときのかお」
「そろそろ詰所に着くので、できれば善人を装って下さい」
「こんな善良な少年を掴まえて失敬な」
俺が悪人だったらアレだぞ?
ボロボロビキニアーマーで片乳丸出しだったお前は、きっと何かこう、物凄いエロい目に遭ってたからな?
まあ、顔だけで捕まるのも嫌なんで、真面目な顔をしておこう。
今更だが、俺達はこの街の衛兵隊の詰所に向かっている。
真イリー・チョッパーが大暴れした結果、マンハンターズ唯一の生き残りになってしまったイクスが、面会を求めているというのだ。
応じてやる義理はないが、別に断る理由もなかったので、街を出るついでに寄ってやることにした。
コアの破壊後、イクスはエルメローナとミダルに連行され、衛兵隊詰所の地下牢に投獄された。
事情聴取には協力的で、マンハンターとして知り得た情報は、恐らくは隠さずに伝えているらしい。
亡霊の存在が示唆されていた事件への関与も概ね認めている。
否認しているのは、白竜の翼の殺害と、他2件。
どれも遺体が上層に放置されており、真チョッパーの存在も確認されたため、イクスの供述を信用する方向で話が進んでいる。
「よかったな。仲間殺しの汚名までは被らずに済みそうで」
「君は………本当に容赦ないね」
別に仲良しなわけじゃないからな。
今回も、呼ばれなかったらわざわざ顔見に来ようとは思わなかったし。
だが、口では不満を溢しながら、イクスの表情は至極穏やかだ。
「ありがとう。君が証言してくれたのも、大きかったみたいだよ…………僕がクソ雑魚だって」
「お前ホントは感謝してねえだろ?」
レイン達の件は、死体発見現場の戦闘痕と、あとは彼らの遺体の状態も確認して判断した。
亡霊イクスの力では、B級4人のパーティをあそこまで綺麗に、一方的に解体することはできないだろう。
追放された男が、恨み骨髄で元仲間を惨殺する、血みどろの胸糞ザマァストーリーではなかったわけだ。
「あの日さ………本当は会ってたんだ、レイン達と。1人でダンジョンにもぐった僕を、血相変えて追いかけてきて………心配性なんだよ、みんな………っ」
イクスの声が震え、表情が歪んでいく。
コイツもわかっちゃいたんだな……レイン達が、自分を死なせないためにパーティから追い出したことを。
「だからって、簡単に受け入れられるわけじゃないけどね。あの時も、僕は『馬鹿にするな』って怒って、彼らから逃げたんだ………ねえ、グレン君」
「僕が一緒にいたら、レイン達は死なずに済んだのかな?」
――ああ、これか。イクスが俺達に面会を求めた理由。
コイツはずっと、これを後悔してたんだ。白竜の翼の最後に、一緒に戦ってやれなかったことを。
だから自分と本物の亡霊、両方と戦って倒した俺に聞きたかったんだな。
自分があの亡霊から、レイン達を守れたのか。
「変わんねえよ。あの亡霊は強かった。お前がいても、死体が一つ増えるだけだ」
イクスにとって、どんな答えが救いなのかはわからない。わかっていても気休めを言うつもりはない。
だから事実を言うだけだ。
コイツが恨みの果てに手に入れた力は、あの怨念の塊相手には何の役にも立たなかった、と。
「………君は優しいのか辛辣なのか、全然わからないね」
「どっちでもねえ。俺は嘘の吐けない、心の綺麗な人なんだよ」
そう言うと、イクスは何がおかしかったのかクスリと笑った。
……いや、マジで何がおかしい?
むかついたので、床ちょっと引っぺがして、脇腹に投げつけといた。
「ごっふ!!?」
◆◆
「気は済んだか?」
一階に戻ると、ミダルが声をかけてきた。
イクスの護送に関して、ここの衛兵達と打ち合わせをしていたようだ。
「それはイクスに聞いてくれ。呼び出したのはアイツだ」
「ふっ……最後の別れになるかもしれんぞ?」
「ねえ、俺達かイクス亡き者にしようとしてない?」
一々言い方が怪しいんだよ。
それは、自ら手を下そうとしてる暗殺者の台詞だ。
「ミダルさんは能力は高いのですが、これのせいで連携に難ありで、実績は今一つと聞きました」
「むぅ………!」
いいぞエルメローナ。もっと言ってやれ。
ミダルは、イクスがマンハンターに加わる前から、冒険者の死亡について追っていたらしい。
他の同規模のダンジョンに比べて冒険者の死亡率が高いのと、やけにギルドに不都合な人間だけ死んでいるのが気になったのだとか。
だが、この特殊なコミュ力のせいでむしろ自分が怪しまれ、今日まで捜査が進まなかったのだとか。
実際、レイン達が死んだ翌日の会議では、大体の冒険者がコイツに疑惑の目を向けていた。
マジで何とかしろ。
ただ、成果がないわけでもなかった。
ギルドマスターがレイン達の昇格話を握りつぶしていることに気付き、自分のルートで本部に昇格試験を申請したのだ。
エルメローナが来たのはそのためだ。
どうもレイン達は、昇格したらもっとデカいダンジョンのある街に移ろうとしていたようで、優秀なB級パーティが抜けるのを嫌がったのだとか。
上の利権絡みで昇格させたり、逆に阻んだり……冒険者も大変だな。
問題のギルドマスターは、現在のところ容疑を否認。
『下位の冒険者が罪を逃れるために適当なことを言っているだけ』と主張しているらしい。
こいつを締め上げるのは、ミダルやキックス達本部の仕事だ。
「拷問するなら手伝うわよ?」
「30分で『死なせてくれ』と言わせてやる」
「お前達の方が、余程邪悪に見えるな」
失敬な。善意の協力者だぞ?
若干顔色を悪くしたミダルに別れを告げ、俺達は詰所を後にした。
尚、扉をくぐる直前――
「そうだ、お前達なら心配はないと思うが」
「おん?」
「背後や夜道には気をつけろ」
「だから言い方ぁっ!!」
◆◆
詰所での用も終わり、あとは街を出るだけ。
………なんだが、ちょっと話があるとかで、俺はエルメローナに連れられダンジョン跡地へ。
大してかからないとのことなので、マリエルとクラリスには先に門で待っててもらうことにした。
「で、結局亡霊ってなんだったんだろうな?」
「ギルドの見解では、変異したダンジョン・ボス………ということになるようです」
ボスは魔力供給のため、コアと密接に繋がっているという。
そのため暴走間際には例外なく、異常な行動や変貌を見せているらしい。
今回の件も、そう言った異常の一つだと、ギルドはそう結論付けた。
実際、ドロップも残したし、コアの完全暴走時には何体も同じのが複製された。
ただ――
「お前はそう思ってはいない……か」
「はい………私には、アレは人の念が生み出した怪異なのだと、そう思えてならないのです」
俺と戦っている時はたまに吼えるくらいだった亡霊だが、イーボン達を殺して回っている間は、奴らの名を呼んでいたらしい。
姿形も、街で噂されていた方の亡霊『イリー・チョッパー』にそっくり。
オカルトだと切って捨てるには、偶然が重なり過ぎているようには思える。
『怪異』は、人の噂によって形を成すという。
暴走状態のダンジョンが、人狩りにやられた冒険者達の怨念や、人々の恐怖を吸い上げ生み出した怪物……か。
「だとすると、こんな風に倒したと思ってるエンディング間際は要注意だぞ? 明日の朝あたり、イクスが物凄え顔で死んでるはずだ」
「不安になるようなことを………そんなことにはなりません。怖いお化けは、ヒーローが倒してくれましたから。このお話はバトルものなのでしょう?」
「そういやそうだった」
エルメローナは笑っている。
そこに篭ってる感情が何かはわからないが、温かいもののように感じた。
気付けばもう、ダンジョン跡地前。
ここ数日は冒険者で賑わっていたが、今は俺とエルメローナの2人だけだ。
彼女が、笑顔のままこっちを向いた。
「あの時の貴方は……幼い頃に母が読んでくれた絵本の、主人公のようでした」
「絵本か………どんな話だったんだ?」
「旅の剣士が敵を倒していくだけの、果てしなくつまらない話です。もう二度と読みたいとは思いません」
「あっれぇ……? 今褒めてもらえる流れだったよな……?」
「ふふっ………褒めてますよ」
褒めてるらしい。
『貴方、つまらない男ね』的な響きがあったんだが……所詮童貞には女心はわからないものか。
どうにも飲み込めないでいると、エルメローナがまた表情を変えた。
そして――
「グレンさん。世界を回るという貴方の仕事が終わったら、またこの地に来て、私とパーティを組んでくれませんか」
エルメローナは、淀みなく言い切った。
ただその表情には期待と不安が滲み出ており、頬も紅潮している。
瞳は真っ直ぐ俺を見て、ゆらゆらと揺れていた。
これは……俺でもわかる。
きっと、言葉通りの意味だけで考えてはいけないやつだ。
違ってたらメチャクチャ恥ずかしいけどな。
だが日寄ったら、今度はエルメローナに恥をかかせることになるかもしれない。
………ええい、上等だっ!
勘違いだったら好きなだけ笑えっ!
「ありがたいが……すまない。故郷に待たせている人がいるんだ。最悪2年は会えないかもって言ったのに、それでも待っていてくれるって……だから、延長はできない」
「そうですか………残念です」
自意識過剰な俺が、笑われてお終い………だったらよかったんだけどな。
「ですが、ちゃんと答えてくれて、ありがとう御座いました。私の話は、これで終わりです」
エルメローナは少し目を伏せて、それから、多分今までで一番の笑顔を見せてくれた。
ちょっと、苦味が混ざってるけど。
「じゃ、行くわ。色々世話になったな」
「はい……また、会えますか?」
「ああ、きっと」
「2年後、待たせ過ぎた貴方がフラれるまでは、さすがに待ってはいませんよ?」
「そこまでクズいこと考えてねえよっ!?」
別れ際のエルメローナは、楽しそうに笑っていた。
◆◆
街へと戻る、彼の背中が遠ざかっていく。
こちらを振り返ることはなく、真っ直ぐに仲間の元へ。
「フラれて、しまいましたね………」
お伽噺の結末は、大抵は英雄と姫が結ばれるものなのに。
とても残念ですし……辛くもあります。
ですが、共に時間を過ごしたこと、決して後悔はしません。
――私は、貴方の背中を目指します。
その姿を見ただけで、誰かを安心させられるような、大きな背中を。
またお会いしましょう。
その日までに私は、女を磨いて、強さも磨いて、素敵なパートナーも見つけて――
私をフったことを、必ず後悔させて差し上げます。
覚悟していて下さい、ヒーロー……!
After.2、これにて完結となります。
最後までお読みいただきありがとうございました。
グレン達の大陸外の旅はまだまだ続きますが………何か思いついたらまた書きます。




