第9話 幽霊の、正体見たり……?
「おいっ……クライヴとザニーメンが死んだって、本当なのか……!?」
「あぁ……ベイツの奴も生き残ったのはいいが、もう引退するって……」
「それだけじゃねぇ……! ダイン達もイチモツ潰されて、何人かは精神病んじまったらしい」
「イリー・チョッパー………本当にいやがったのか……!」
一夜明けた冒険者ギルドは、昨日の晩に起こったという、イリー・チョッパーの起こした事件の話題で持ちきりだった。
昨日の18時30分頃、突如街中に現れたイリー・チョッパーの噂と酷似した異形が、クライヴのパーティとダインの4人を襲撃。
クライヴと仲間のザニーメンが死亡。
ベイツとダインも狙われたが、悲鳴を聞いて駆けつけたエルメローナに助けられた。
その後、イリー・チョッパー(仮)はエルメローナが撃退。
だが、とどめは刺せなかったとのことで、現在行方をくらませている。
またほぼ同時期に、ダインのパーティ全員と他数名が睾丸を失うという怪事件も発生しており、こちらもイリー・チョッパーとの関連が疑われている。
「痛ましい事件ね」
「そうだな」
タマの方の真犯人のマリエルさんは涼しい顔だ。
言い出せるような雰囲気でもないし、このままイリー・チョッパーの仕業ってことにしておこう。
ギルドの中は、まさに騒然と言ったところ。
クライヴとダインは、どうやら下のランクの者達には結構な影響力があったようだ。
D級以下の冒険者達は皆、恐怖や不安の表情を浮かべている。
イクスも真っ青な顔で俯いてるな。取り返した金の話は……後でしてやろう。
C級連中もピリピリしてるが……あれは街中に妙なのが潜んでいることに対する警戒っぽいな。
イーボン達の姿はない。今回は作戦会議は無しか……?
周囲の様子を見ていると、彼らが一斉にざわつき始めた。
当事者である『姫騎士』エルメローナが現れたのだ。
彼女はギルドに入ってくると、少々緊張した面持ちで、真っ直ぐ俺の方に向かってきた。
そして、息のかかるような至近距離から、マジマジと俺の目を覗き込んでくる。
何だよ照れるじゃないか。
俺は童貞だから、そんなことをされたら勘違いしちゃうぞ?
それからその距離だと、立派な柔らかメロンが当たって色々ヤバい。
ほーら、ウチのヤンチャ坊主がムクムクと――
「切り落としましょうか? 不貞冒険者の去勢が流行っているようなので」
「身の毛もよだつ怪事件を、トレンド扱いするんじゃないっ!」
恐ろしいことを言いながら剣の柄を握る姫騎士様は、それでも何か納得したのだろう。
緊張を解いて体を離した。
「ギルドには伝えていませんが、イリー・チョッパーと『目』が合いました」
「目?」
「装甲を一部砕いて、中を見たのです。一瞬でしたが、あれは恐らく人間の目です」
声を落としたエルメローナが語ったのは、確かに大声では言えない内容だった。
思わず周囲を見渡しそうになるのを、グッと堪える。
「なるほど……そりゃギルドには言えねえわ。ベテランにも相談し辛い」
イリー・チョッパーの中身が人間だとすると、可能性が高いのはここの冒険者なのだ。
奴はダンジョン内でも出現しているが、そうすると昼夜見張りのいる入り口を通るしかない。
許可証を持っている冒険者でないと、難しいだろう。
亡霊本人は違ったとしても、冒険者の協力者は必須だ。
なら、あの緊張感たっぷりの顔も頷ける――いや、ちょっと待て。
「お前、俺も疑ったな?」
何せ入って来るなり、真っ先に俺の目を覗き込んできたのだ。
しかも、おっぱい押し付けてまでマジマジと。
これ、下手すると最有力候補にされてない?
「ええ、まだ3日の付き合いなので。ですが、直感では『違う』と思ったので、真っ先に確認に来ました。貴方は非常に邪な心の持ち主ですが、決して邪悪ではありませんから」
「ねえ、それ褒めてる? それとも貶してる?」
「両方です。ご不満なら、もう少し下半身を制御して下さい」
「それはグレン君が悪いわね」
「どんまい」
ちくしょう、俺の味方はいないのか。
ぐうの音も出ないけどっ!
「一応言っておくと、俺達はあの日のその時間、ここで飯食ってたぞ。他で覚えてる限りでは――」
あの時間帯、ギルドにいた者の名や特徴を伝えると、エルメローナは油断なく周囲を窺いながら頷いた。
犯人候補の当たりをつけているんだろう。
「ありがとうございます。お陰で、揺さぶりをかける相手を、絞ることができました」
「何をするつもりだ?」
「私を囮に、イリー・チョッパーを誘い出します」
曰く、俺にやったようなことを犯人候補にも仕掛け、疑いをかけた後にダンジョンや人気のない場所を彷徨いてみるらしい。
誘き出そうと言う魂胆が丸見えの作戦だが、犯人としてはわかっていても狙いたくなるだろうな。
だが、だからこそ危険とも言える。
「付き合いましょうか? 今日の当番は私なの」
同伴を名乗り出るマリエル。
だが、エルメローナは首を横に振る。
「いえ。恐らく貴女がたは、この街での私の数少ない味方だと思われています。別行動をしていただいた方が、私が一人であることをアピールできて、犯人の油断を誘える筈です」
確かに、イリー・チョッパーは一度エルメローナに撃退されている。
確実に警戒されている。
誘き出すなら、せめて単独行動にしておかなければ難しいだろう。
うーむ、でもなぁ……。
敵もエルメローナの強さは身に染みているはずだ。
出てくるってことは勝算があるか、不退転の覚悟で挑んでくるということ。
正直、1人でやらせるのは気が進まないんだが――
「姫騎士はいるか!? 亡霊が出た!」
考えを巡らせ始めたところで、冒険者が1人………確かイーボンのパーティのアタッカーが、ギルドに飛び込んできた。
「『降魔の崖』に、まだ何人か取り残されてる! 頼むっ、来てくれっ!」
「降魔の崖に………?」
顔面汗だくの男に対し、エルメローナは訝しがるような視線でギルド内を一瞥した。
なんの偶然か、あの時間にギルドにいなかった数少ない冒険者は、今は殆どここに揃っている。
いないのは、亡霊に襲われた2人と、残りの去勢組くらい。
イーボンのパーティも、あの時は俺達と近い席で、揃って酒を飲んでいた。
「わかりました。行きましょう」
「すまねぇっ!」
だが、エルメローナは行くことにしたようだ。
実際、入ってきた奴はイリー・チョッパーが出たと言っている。
仮にイーボン達が亡霊とグルで、これがエルメローナを誘い出すための罠だったとしても、彼女は元々自分を囮にするつもりだった。
罠なら罠で、受けて立つつもりなんだろう。
「あっ、一つ頼み事をいいでしょうか?」
「頼み事?」
「はい。様子を見ていてほしい人物がいるのです」
そう言って、エルメローナは数人の名を告げる。
いずれも、犯行時間にギルドにいなかった者達だ。
「――わかった」
そう頷くと、エルメローナは男に先導され、ダンジョンへと駆け出した。
じゃあ、俺達も動こう。
「マリエル、クラリス、お使いだ。急ぎで頼む」
「わかったわ。グレン君は?」
「まあ、とりあえず……」
悪戯の最初の仕込みってことで――
「昨日の銭袋の話かな」
俺は、エルメローナ達の後を追うように席を立った、イクスの方へ足を向けた。
◆◆
「イーボンっ! ザフィーダっ! どこだっ!!」
ダンジョン内の『降魔の崖』付近。
エルメローナを連れてきた男が、嘆くような声で仲間の名前を呼ぶ。
2人が辿り着いた時、崖の近くには誰もいなかった。
ただ、捨て置かれた魔物のドロップと、今彼が名前を呼んだ仲間の魔術師、ザフィーダが愛用していた杖だけが、何かを示すように転がっていた。
「おいっ、誰かいないのかっ! 返事をしろっ! 誰かっ!」
ダンジョンでの大声は、魔物を集めてしまうため本来ならご法度だが、彼は構うことなく声を張り上げる。
仲間の安否が気になり、それどころではないのだろうか。
ベテランの、しかも上位の冒険者として褒められた振る舞いではないが、ここは上層。
崖付近で下層の魔物が出るのも低確率で、最悪S級のエルメローナがいれば対処は難しくない。
エルメローナもそれはわかっているので、一先ずは何も言わずに周囲の警戒だけはしながら、彼とは別の場所に目を光らせていた。
「ああああっ!!?」
「どうしました!?」
男が、一際大きな声を上げる。
エルメローナが振り向くと、彼は崖の縁に這いつくばり、身を乗り出して下を覗き込んでいた。
「イーボンとベニックが崖にっ!!」
「なっ!? 今行きますっ!」
放っておいたら、自分が落ちてしまいそうな男の様子に、エルメローナは急ぎ駆け寄っていく。
あの崖はA級、B級の冒険者でも登るのは難しい。へばり付いているだけで精一杯だろう。
エルメローナの連接剣なら、最大長まで伸ばせば、鋼糸で巻き付けて引っ張り上げてやることができる。
這いつくばる男の横に立ち、エルメローナは崖下を覗き込んだ。
見下ろした先には―――誰もいない。
「くっ!」
彼女の反応は早かった。
即座に罠だと判断し、突き落としを警戒して身を翻す。
後ろに飛ぶことを選んでいたら、結果は違っていただろう。
「あ―――」
誰もいない背後を振り返った瞬間、エルメローナの足元の床が崩れ落ちた。
不意を突かれて手を伸ばすのが遅れ、床と一緒に真っ逆さまに落ちていく。
「くぅっ……! ぐっ……!」
手痛い判断ミスだが、反省している時間はない。
すぐさま両手両足を岩肌に伸ばすエルメローナ。
垂直で取っ掛かりもない壁に苦戦しつつも、何とか落下を止めることに成功した。
「踏みとどまったか。さすがはS級、と言ったところだな」
頭上からの声に、エルメローナが自分が落とされた崖の縁を見上げる。
視線の先には、この街でも飛び抜けて上等な装備に身を包んだ、5人の冒険者。
「イーボンさん………っ」
A級冒険者イーボン、及び仲間のB級4人が、何とか岩肌にしがみついているエルメローナを見下ろしていた。
「罠、でしたか……足場は彼女の土魔術で?」
「ああ、上手いものだろう? 騙しの技術なら、ザフィーダはS級にも負けないさ」
「そちらの方も、迫真の演技でした………悔しいですが、完全にしてやられました」
ギルド内にいた誰かが犯人だとほぼ確信していたエルメローナは、男が『亡霊が出た』と騒ぎながら入ってきた時点で、罠の可能性を頭に入れていた。
亡霊とイーボン達がグルで、自分を誘い出そうとしているのかもしれないと。
にも関わらず、とても演技とは思えない男の悲痛な様子に、徐々に警戒心を奪われてしまった。
最後は、見事なまでにダンジョンに溶け込んでいた魔術の岩肌に誘い込まれ、この有様だ。
確かに騙し討ちの技術なら、彼らはS級にも比肩する。
「貴方がたが今回の……そして街で噂になっていた、過去の冒険者殺害事件の犯人なのですね」
何とか状況を打開できないか。
考えを巡らせるエルメローナだが、上からは弓手に矢尻を向けられ、ザフィーダも杖を拾って魔術の構えを見せている。
下を向けば辛うじて底は見えるが、飛び降りて無事に着地するには少々高い。
「イリー・チョッパーの噂を隠れ蓑に、犯行を繰り返す………ならば、昨晩私と戦った不気味な鎧は、貴方ということでしょうか? あの時間帯はギルドにいたと聞いていますが……」
一先ず会話で時間を稼ごうと、確認するように言葉を連ねるエルメローナ。
ついでに、絶対優位に立って口が軽くなった相手から、聞けるだけ聞いてしまおうという思惑も織り混ぜて。
「俺では無い」
「………」
そんなエルメローナに、イーボンは期待通り口を滑らせる。
今この状況となっては、彼女にとって致命的な、答え合わせの話を。
「あの亡霊は俺では無い。あれは、正真正銘、お前の追う『イリー・チョッパー』だ」
――亡霊は、実在する。




