第1話 ギルドはヤバい依頼もとりあえず受けちゃいます
自由交易の街、ヤムリスク。
砂漠地帯のオアシスを囲む様に作られた、どの国家にも属さない独立都市だ。
西側にはこの街の代名詞たる、大陸最大の闇市が広がる。
ここではギルド『黙認』の元、他では見られない様々な商品が取引されていた。
そんな商人達のお祭り状態のヤムリスクだが、一応ギルドは置かれている。
ある程度のお目溢しはするが、度を超えた危険物の取引は、流石に見逃すわけにはいかないということか。
「奇妙な依頼?」
「はい」
我らアルザード分隊改め『グリフィス特務隊』は、そのギルドの応接室で、ここの支部長の女性と向かい合っていた。
元々、ヤムリスクに来たのは閣下の指示だ。
『ヤムリスクで邪神っぽい揺れがあったらしい。ちょっと様子見てこい』
適当! 閣下超適当!
でも、偉い人に言われたらには行くしかない。
例え休暇中だったとしてもなっ!
で、とりあえずギルドの協力を……と思い支部まで足を運んだのだが、マリエルを見つけた受付に、有無を言わさず裏まで連れ込まれたのだ。
マリエルさん、なんと白魔術師であると同時に傭兵でもあり、しかもこちらも最上位のS級。
S級傭兵は知識やサバイバル等、広範囲で高い技能を求められる、大陸でも27人しかいない希有な存在だ。
まぁ、その分戦闘能力はピンキリなのだが、とにかく凄い娘さんである。
「数日前に申請された依頼なのですが……先ずはこちらを」
そう言いながら、彼女は依頼書を差し出してきた。
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依頼主:不明
依頼内容:
コルトマンという商人の屋敷に捕らえられている、リリエラという闇人の少女を救い出し、無事に家まで送り届けて欲しい
リリエラの特徴は……
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「報酬は、クラウン金貨で387枚……凄いわね、前金よ。そして依頼主は不明……と」
「はい、一見すればそのリリエラという闇人の身内からの依頼、と思えるのですが……持ってきたのは代理人です。
依頼主を探ろうとしたのですが、相当な数の人間を介したようで特定できませんでした」
「ここのギルドが追えない程の隠蔽工作……リリエラちゃんのご家族、ってわけじゃなさそうね」
「その上、標的がコルトマン……恐らく目的は別にあるのではないかと……」
「あのー……」
ここで、置いてけぼりにされた俺がおずおずと手を挙げる。
「はい」
「どうしたの?」
いやね、話の腰を折るのも申し訳ないなー、と思って黙ってたんだけど。
「これ、文面だけ見たら、商人の屋敷への襲撃依頼だよな? こんなのギルドが受けてもいいのか?」
「規則上、申請だけなら問題ありません。勿論、大っぴらに斡旋するわけには行きませんが」
「大体は前金ごと依頼主に返すわね。ただ、受理することがないわけでもないの。そうゆう時は、こうやってバックヤードで個別依頼にするのよ」
「ほへー」
母体が商人の組合なせいか、そうゆうの柔軟だな、ギルド。
「で、この依頼は受理することにしたのね?」
「ええ、標的がコルトマンなので、都合がよかったのです」
そういやさっきも気にしてたな、そのコルトマン。
「何者だ? そいつ」
「コルトマンは、このヤムリスクでも有数の商人です。表向きは骨董品商ですが、裏では麻薬や人身売買に手を染めている、所謂『闇の商人』」
「典型的な『悪人』って感じよ」
マリエルが両手をワキワキさせながらクラリスに迫る。
「がおー」
「おーっ」
楽しそうでなによりだ。
「はい、ギルドとしても、これまで何度か強制捜査をしているのですが……。抵抗が激しくて、処罰できるだけの証拠は集められていないのです」
「そいつもギルドの組合員なんだろ? ガサ入れに抵抗なんてしていいのか?」
「ギルドに法的な力はないの。それでも、国の憲兵と協力できれば違うんだけど、ここは自治都市だから。
力が法律。だから、相手も兵隊揃えて徹底抗戦! 死人が出ることだってあるのよ?」
「マジか。もう殆どヤクザの抗争だな」
「で、今回は私達に鉄砲玉をやらせたい、ってわけ」
統合軍中尉とS級傭兵を鉄砲玉扱い。凄いなギルド。
「……表現には物申したいですが、概ねその通りです。どうやらコルトマンは、最近になって強力な護衛を雇った様で、先日A級傭兵のパーティを向かわせたのですが……」
「翌朝、死体で発見されでもしたか?」
「その通りです」
おおぅ、冗談のつもりだったのに。
「A級パーティが全滅……それで私達を捕まえたわけね」
「その通りです。コルトマンは監視の目が外れると、どんな商材に手を出すかわかりません。せめて護衛の排除だけでも、お願いできないでしょうか」
「と、言うことらしいけど……どうなさいますか? 隊長殿」
…………あ、俺のことか。
長らくソロでやってたから、暫く慣れないぞ、これ。
「初めに言った通り、我々は重要人物の護衛中だ」
「ドヤァ」
全力で胸を張る、超ウルトラVIP幼女クラリスたん。
「俺かマリエル、どっちかは護衛として残す必要がある。つまり、突入するのは1人。最低限、その護衛だけでも見ておきたいな。受けるかどうかはそれからだ」
「難しいわね……ギルドの目が厳しくなってるのは、わかってるだろうし。そうそう自分の側から離したりはしないはずよ」
だよなー。でも問題の護衛の力量が見えないのは、リスク高いしなー。
「コルトマンの護衛を確認する手段ですか……」
支部長は少し考え込むと、その顔を上げ、眼鏡の奥の目を光らせた。
「一つだけ、至近距離とはいきませんが……手はあります」
◆◆
薄暗い通路を、少女と男の2人連れが歩く。
少女は不機嫌ながらも、どこか覚悟を決めた様な表情。
対する男は、仮面の様に感情のない笑みを貼り付けている。
売春……ではない。
左右の鉄格子が醸す重苦しさは、そんな物とは比べものにならない。
男は無人の檻を一つ開け、少女に先を促した。
その様は余りに優雅で、まるで愛しいレディのためにレストランの扉を開ける紳士のようだ。
檻の中は硬質で粗末なものだったが、意外にも隅々まで掃除が行き届いている。
――大切な『商品』、ということなのだろう。
ここはとある街の奴隷市場、その地下牢だ。
買い取った奴隷を、オークション当日まで瑞々しく、清潔に『保管』するための『倉庫』。
少女が檻に入ると、男は音もなく扉を閉め、しかし鍵は、はっきりと音を立てて閉めた。
『お前の自由はここで終わり』
……そう自覚させる様に。
少女は、鉄格子の向こうから射殺す様な視線を向けるが、男の仮面はピクリとも動かない。
「お元気そうで何よりです。当日の振る舞いもご随意に。貴女ほどの『品質』なら、下手に媚びるより良いでしょう」
「そんなことはどうでもいい……『依頼』は本当に出したのだろうな?」
「ええ、勿論。代金を受け取った以上は契約です。違えることは致しません。お約束通り、原文のまま申請させていただきました」
「そうか……なら……いい……」
そう言うと、少女は剣幕を治めて静かに俯いた。
「では、当日までご緩りとお過ごし下さい。何かありましたら、その呼び鈴でお呼び下さい」
男はその言葉を残し、少女の地下牢を後にした。
残された少女は一人、檻の中に佇む。
その肌は、この薄暗い客室に溶け込む様な、闇色をしていた。




