第3話 激突! グレン vs ビキニアーマー!
「グレイドッグの毛皮が7匹分……随分狩ったようですね……」
カウンターに並べた大小様々な毛皮に、ギルドの受付が呆れた声を漏らす。
クラリスの訓練を終えギルドに返った俺達は、魔物のドロップ品の初売却に挑んでいた。
ダンジョンの魔物は、倒すと光になって消えて、ランダムで体の一部を残すのだ。
冒険者達は、この残った部分を『ドロップ品』と呼んでいるらしい。
毛皮は、クラリスの練習相手となったグレイドッグのドロップとしてはあまり出ない、『レアドロップ』という奴だ。
他にも爪や牙も落とすんだが、用途が無くて換金できないとのことなので、通路の隅に寄せておいた。
あれも数日後にはダンジョンに還るだろう。
「毛皮4枚は、依頼達成として処理させていただきます。残り3枚が換金で、3,300リムとなります」
「ああ、よろしく頼む」
依頼報酬と合わせて、6,800リム。
ギルド女性職員100人に聞いた、『自分へのご褒美ランチ』平均額が1,600リムって話だから、クラリスの練習のついでとしては、まあまあな稼ぎだ。
この金は、クラリスに使わせることになっている。
犬倒したの、全部クラリスだしな。
で、気になる使い道は――
「こんやは、わたしのおごりだ」
だ、そうだ。出来た子に育ちおって。
娘の初任給でご馳走食わせてもらうお父さんって、こんな気分なんだろうな。
受付のお姉さんも、ほっこり顔でわざわざクラリスに報酬を渡してくれた。
――が、そんなほのぼのオーラが気に食わない、心の貧しい奴らもいるらしい。
「毛皮は7枚って……ふはっ! アイツら、どんだけ犬っころ狩ってやがんだ!」
「グレイドッグなんて雑魚を延々と……腰のご立派な剣は飾りか?」
「言ってやるなよ。女子供の前で必死にカッコ付けてたんだから。『俺、魔物倒せるんだぜ』ってさ!」
ヒソヒソと、だがわざと聞こえるような音量で放たれる、野次と嘲笑。
何がそんなに楽しいのか……いや、人生が楽しくないからか。
参加してるのはギルド内の冒険者の約半数。
全員、『惰性で冒険者やってます』って感じの中年共だ。
――さて、ここで問題です。
Q.そんな彼らに対するグレン君の反応はどれでしょうか?
1.『問題は起こしたくない』と愛想笑いを浮かべてギルドを去る。
2.『言いたいことがあるなら、直接言ったらどうだ!?』と真っ直ぐな新人ムーブをする。
3.折る。
統合軍の中でのことなら『3』一択なんだが、さすがに外で先手必勝の暴力を撒き散らすのは、少々行儀が悪い。
というわけで、正解は――
「駆け出しの粗を笑って自己満足か……そんなんだからお前ら、何年やっててもD級なんだよ!」
4番の『煽り返す』でした。
グレン君は御歳15歳。
子供扱いされたくない、でも大人にもなりきれない、多感で不安定なギザギザ15歳だ。
売られた喧嘩は買っちゃうお年頃。
ん? 4番なんてなかった?
選択肢は自ら生み出すものだよ。
「ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ、新入りがっ!」
「ブッ殺されてぇのかっ!」
「雑魚狩りのチキン野郎のくせに、生意気なんだよっ!」
さて、ニヤニヤ笑ってた奴らは一転、非難轟々だ。
どうやら、上手く痛いところを突けたらしい。
首のタグを見た限り、野次飛ばしてたオッサン共は揃いも揃ってD級だった。
『年単位でランク上がってないんじゃないか?』と思ったが、正解だったようだ。
「ふははははっ!! 臭うっ! 臭うぞぉっ!! 長年かけて熟成された、ヴィンテージもののD級の香りが、そこら中からプンプン臭ってきやがるぜぇぇーーっ!!」
うーん、テンション上がってきた!
なんかもう満足だけど、今度は彼らの方がそうはいかないらしい。
俺達……というか俺を煽っていた奴らの怒りは沸点を超えており、程なくして、一際いきり立っていた3人組が立ち上がった。
やだねぇ、人を煽っといて、煽り返されるとキレる奴。
「口の悪いガキにはよぉぉ……! 躾をしてやんねぇとなぁぁっ……!?」
特に先頭の男、だいぶキてるな。
血走った目で俺を睨み、拳を握りしめている。
後ろの2人も似たような様子だ。
「クライヴよぉ……腕は片方残しとけよな? 指一本一本折ってくんだからよぉぉっ……!!」
「テメェ終わったぜ? もうE級にすらなれねぇ体にしてやるよ……!!」
どうやら、俺の罵詈雑言が相当心に刺さったらしい。
きっと彼らは、芳醇で安全な上層の香りを放つ、生粋のDランカーズなんだろう。
「クライヴさん! 冒険者同士の暴力行為は――」
「『躾』だって言ってんだろうがっ!! 女は引っ込んでろっ!!」
受付のお姉さんの静止が、余計に彼らを興奮させたらしい。
男……クライヴは握り込んだ拳を、俺の顔面に向けて突き出してきた。
真っ直ぐ、左頬に向けられた右ストレートだ。
よかろう。そいつはまともに食らってやる。
そしてその後は、俺の正当防衛カウンターで骨の7~8本を――とはいかないらしい。
「ぐぁっ!?」
横合いから物凄い勢いでスプーンが飛んできて、クライヴの割と太めで勢いもついていた腕を弾き飛ばしてしまった。
腕を押さえてよろけるクライヴ。
仲間と共に、更に怒りを滾らせた目でスプーンの出どころを睨みつけ――
「なっ………て、てめぇは………!」
「馬鹿なっ………なんで、こんなところに……!」
乱入者の姿に、目を見開いて動きを止めた。
「Wooow………!」
俺も、目を見開いて動きを止めた。
そこに立っていたのは、俺と同い年か少し上くらいの、マリエルと同じ兎獣人の美少女。
銀髪をボリューミーなツーサイドアップにしており、『真面目っ子!』って感じの厳しい目付きで、男達と俺を纏めて睨みつけている。
そして、そしてだ。
メリハリの利いたSpecial bodyを包むのは、乙女の柔肌を隠すには余りに頼りない――
純白のビキニアーマー。
「冒険者同士の暴力行為は、禁止されています。女の言葉ですが、聞き入れていただけますね?」
「うぅっ……!」
「く、そが……!」
ビキニアーマーちゃんの圧に、D級のオッサン……クライヴとその仲間達が顔面を真っ青にして呻いた。
彼女が首から下げたタグは、白く輝く白金――最上位のS級だ。
小娘にデカい顔をされることに憤りつつも、完全に及び腰になっている。
あんな如何にも不良冒険者っぽい奴らが、ムチムチビキニアーマーっ娘に対して下卑た視線一つ送れない。
多分、下半身は一切合切が縮み上がっていることだろう。
しかし、脳に響くいい声をしてやがる。
ビキニアーマーも、見た感じ硬質系ではなく伸縮素材で、しかもちょっと小さいサイズらしい。
ぴっちり感と食い込みが凄い。ヤバい。凄い。
「ご不満なら私がお相手致しますが……その場合、命以外は補償できませんよ?」
「うっ!」
今度は俺が呻く。
そんな格好で『私がお相手』とか言うんじゃない。
変な妄想をしてしまい、俺の下半身はお祭り騒ぎだ。
いかん。これはいかんぞ。
(ねえ、グレン君)
(ぴんち?)
大ピンチ。
ムスコのパッションが限界突破しそう。
このままでは、今度こそ俺は完全な笑いものにされてしまう。
こればっかりは、言葉で言い返すことは不可能だ。
有耶無耶にするには、ギルドに理不尽な暴力を撒き散らすしかない。
その前に白いのを撒き散らすことになるわけだが。
「特に異論がないようなら、双方退いていただけますか? 私は受付に用があるので」
「ぐっ……」
有無を言わさぬ少女の圧に、気圧された男達が2歩後ずさる。
――プリンッ、プリンッ!
――バルンッ、バルンッ!
――ムチィッ!
「Oh………」
俺も尻乳太股に気圧され、3歩後ずさる。
だが通り過ぎる直前、ビキニアーマーちゃんは何故か俺に視線を向けた。
「それから………無遠慮な視線をぶつけるのはやめて下さい。さすがに不快です」
その目には、害虫を見るような嫌悪が込められていた。
「ごちそうさまでしたぁんっ!」
俺は、ギルドのトイレに駆け込んだ。
◆◆
「すまない。童貞な上、早漏なんだ。過敏な刺激には耐えられない」
「気色の悪い謝罪をしないで下さいっ!!」
ギルドとの話を済ませて戻ってきたうさ耳ビキニアーマーちゃんに、誠心誠意謝罪をする。
さすがにこの至近距離でオカズにされるのはこたえたか、彼女は両腕で必死に体を隠しながら俺を睨みつけてきた。
先ほどの、俺を虫としか思っていない視線とは違う、わかりやすい恥じらいの仕草。
危ないぞ? 俺の職業が一時的に賢者になっていなければ、第二回戦を始めているところだ。
「まったく………私もこんな装備を選んでいる以上、強くは言えませんが………だからと言って、すぐそこでというのは非常識が過ぎます……っ」
「すまない。それこそ目の前でやってしまいそうで」
「くぅっ!!」
ビキニアーマーちゃん、そろそろ涙目。
D級オッサン達のビビりようを見るに、今までこうゆう不届き物は、S級の圧をもって大人しくさせてきたのだろう。
実際、周囲の男共はほぼ例外なくデレっとした顔でエルメローナをチラ見しているが、彼女が一睨みすると顔色を青くして目を逸らしている。
だが、残念ながらこのグレンさんには、ただ冷たいだけの視線など通用しない。
むしろ興奮して、目の前でトイレに駆け込んでやったぜ!
本当にすまない。
「ごめんなさい。決して悪い人ではないの」
「うちのちょうなんが、しつれいを……」
でもマリエルさんや、鎮痛な面持ちで首を振るのはやめようか。
クラリスも前に出て、深々と頭を下げない。
大丈夫だから。俺、一人でちゃんと謝れたから。
ほら、ビキニアーマーちゃんもちょっと困ってるし。
居た堪れない。話題を変えよう。
「えーと……その……そうそう。さっきは助かった、ありがとな」
そう思い、当たり障りなさそうな話を振ってみたのだが………おや?
ビキニちゃんが恥じらいと嫌悪の表情を一変させ、ジットリとした半眼をこちらに向けてきた。
「……感謝は不要です。助けたのは彼らの方なので」
「お?」
「貴方は、1人であの3人を再起不能にするとこができるはずです。それを先に手を出させて、正当防衛でやろうとしましたね?」
うわぉ、バレてる。
首から下げた、F級の証は見えてるはずだ。
それでも彼女は、俺が大柄でランクも上のクライヴに勝てると判断したのか。
いやでも、再起不能にしようとはまでは思ってないぞ?
両手足の骨と肋骨をポキポキっとやるくらいだ。
だからドン引きするな、周りの荒くれ共。今目を逸らしたお前、そのモヒカンは飾りか。
「まぁ……うん、ちょっと荒っぽくてな。改めて、F級のグレンだ」
「マリエルよ」
「クラリス」
「はぁ……S級、エルメローナです」
ビキニアーマーちゃんの名前はエルメローナというらしい。
『姫』って感じのするいい名前だ。開放感溢れる装備に反して、育ちの良さを感じさせる彼女によく似合っている。
この数分で、随分と疲れた表情を見せるようになったエルメローナに、俺は左手を差し出した。
友好の握手だ。
だが何故だろう?
エルメローナは握り返そうとせず、俺の手に物凄く嫌そうな視線を向けてくる。
「その手に触れろと……?」
「使ってない方の左手にしたんだが」
「生々しくて余計嫌ですっ!」
なんてことだ。気遣いが逆に仇となってしまった。
だがそう言えば、トイレットペーパーは左手で使ったな。
仕方ない、汚いお手手は回収だ。
握手はマリエルとクラリスに任せよう。
「でも、S級がわざわざ足を運ぶなんて………この街、何かあるの?」
「特筆すべきものはなかったかと。私が来たのは、『白竜の翼』というパーティの、A昇格試験の試験官をすることになったからです」
「ああ、レイン達か」
なるほど、そうゆう理由か。俺もマリエルと同じ疑問を持ったけど、ちょっと勘ぐり過ぎたかな。
しかし、アイツら昇格間際だったのか。
じゃあ、確かにイクスを外すタイミングはここだろう。
昇格でお祝いムードのところで解雇を切り出すのは、言う方も言われる方もキツさが段違いだ。
「お知り合いですか?」
「少しな。俺達もまだ来たばっかで、唯一のまともに話したのがアイツらなんだ。受かりそうなのか?」
「順当に行けば。書面上の話ですが、優秀なパーティだと思います。1人雑用専門のメンバーがいるのと、この実績で今まで試験を受けなかったところが気になりますが……」
あ、そうか。昨日の今日で、イクスの件が伝わってないのか。
てか、試験前のメンバー変更って大丈夫なのか?
「どうかしましたか?」
「いや、なんか事情があるのかなーって」
いいや、余計なことは言わないでおこう。
アイツらだって、試験があるのを知った上でのことのはず。
俺が解雇の件をバラしたせいで不合格になったら、非常に気まずい。
「では、私はこれで失礼します。顔合わせくらいしておこうかと思ったのですが、まだ帰ってきていないようなので」
「おう、引き止めて悪かったな」
「貴方がたは……残るのですか……?」
「もう少しだけな。アイツらが帰って来るようなら、激励くらいはしてやりたいし」
返事を聞いて、いつの間にか静かになった周囲を見渡すエルメローナ。
そのまま、呆れたような顔を俺に向ける。
「物凄いメンタリティですね。平然としているお仲間も含めて」
「自覚はある」
「鬱陶しかったら、さっきの続きをやるだけよ」
「かえりうち」
「………ほどほどにして下さい」
最後は我らグリフィス特務隊の士気の高さに慄きながら、主に俺に強烈なインパクトを与えたビキニアーマーちゃんはギルドを去っていった。
「グレン、おむついる?」
いる。今夜の夢は、くっころ姫騎士プレイの予感がする。
熱い夜の予感に胸躍りながら、レイン達を待つこと1時間。
残念ながら戻ってこなかったので、俺達もギルドを後にした。
翌日。
ダンジョン上層の奥で、白竜の翼のメンバー全員の惨殺死体が発見された。




