第7話 クラリスを巡る思惑
「……疲れた……」
アルザード中尉……グレン君との顔合わせからの騒動が、漸く片付いた。
反応が面白くて悪戯心を出したせいで、まさかあんな事になるなんて……あっ!
「マントっ! 早く洗濯しなきゃっ……!」
全く、自業自得とはいえ、酷い目にあった。
男の人のアレが体に付くなんて、初めてよ……。
あの時、必死に平静を装った私は、偉いと思う。
でも――
「思ったより普通……普通? ……んー、人間味はあったわよね……?」
普通と言うにはかなり、相当……凄く語弊がある気がするけど、『魔人』なんて呼ばれるような危険人物には見えなかった。
あの子……クラリスも、かなり懐いているようだし。
寧ろ彼女の存在が、グレン君を安定させているのかもしれない。
クラリス……統合軍が秘密裏に確保していた、レベッカ曰く『対邪神の鍵になる』少女。
私がレベッカから頼まれた仕事は、彼女の護衛と健康管理。
そして――
「いざと言うとき、グレン君を囮にあの子を連れて逃げろ……か」
これ自体は、レベッカを通さずに私に直接伝えられたものだ。
そうと知らずに直接文句を言いに行ったら、彼女は随分と怒っていた。
でも、レベッカは指示の撤回はさせたけれど、その後で苦しそうに言ったのだ。
『頭の片隅にはおいておけ』……と。
「やだなー、やりたくないなー!」
ほんと、なんて役目を押しつけてくれたんだろう。
声に出して愚痴ってやる!
せめて、『いざという時』の判断は私がする。
それだけは絶対に譲らない。
見極めるんだ、クラリスを、そしてグレン君を。
彼一人を盾にするか、私も共に盾となるか。
願わくば――
「私が……一緒に命を賭けたくなるような、そんな眩しさを見せて」
まだ出会ったばかりの2人に、私は身勝手な期待をかけた。
◆◆
聖神教教皇、グレゴリー12世は憤っていた。
原因は先程『修道士』……所謂、暗部の者からの報告だ。
『神の子』の奪還に向かわせた修道士が統合軍の兵に敗北し、1人を残して捕縛。
その1人も、何の成果も出せずに逃げ帰ってきた。
しかも、たった1人の子供相手に。
成功の報告以外頭になかった教皇は、八つ当たり気味にその修道士に『浄化』を宣告。
そばに控えていた騎士に、目の前で首を跳ねさせた。
だが、それでも怒りは治らない。
「忌々しきは統合軍……我らの教えを解さない、卑しい盗人共が……!」
ことの発端は1ヶ月前。
総本山のガルデニア聖教国、そこにある寺院の一つが統合軍の襲撃を受けたのだ。
そこでは神託により招致した少女、『神の子』を保護していたのだが、その少女が統合軍に奪われた。
先日漸く所在を突き止め、実績もあるという暗部3人を送り込んだのだが、結果は先程の通りである。
多大な予算を取りながら、満足に目的も果たせない暗部。
盗人猛々しい統合軍。
その他、ギルドや他の大国等、思い通りにならない数々の物事に、グレゴリー12世の苛立ちは募るばかりだった。
「必ずや……必ずや取り返してやる…!」
教皇の目に、昏い炎が宿る。
「あれは我々の物だ……。聖導教会のために生まれ、聖導教会のために神の元に召される。そう決まっているのだ……! それ以外の未来など絶対に許されない!」
それは少女の意志の存在を一切認めない、我欲に濁り尽くした老人の叫び。
その濁った目が、ドス黒い手が、神の子――クラリスを捕えんと動き出した。
~次章予告~
闇の商人達が跋扈する街『ヤムリスク』
巨大な奴隷オークション会場で、売られる闇人の少女。
グレンは、彼女の瞳に炎を見た。
第二章『交易都市の闇色奴隷』
「俺、あの娘買うわ」




