第5話 未解決案件『ランダールの魍魎』
突然だが、『未解決案件』というものをご存知だろうか?
その名の通り、世界各地にある解決していない問題だ。
原因は、魔獣だったり犯罪者だったり超常現象だったり多岐に渡る。
通常はその街の傭兵や、国の衛兵等が処理していくものなのだが、力量、予算、優先度、傭兵なら報酬の問題などで、据え置きにされるものも多い。
それじゃあ困るってことで、我らグリムグランディア統合軍の『内地組』に白羽の矢が立った。
内地勤務の兵士の本来の任務は、地下からの邪神襲撃に対する警戒である。
が、近年そういった事態は極々稀になってきた。
内地の統合軍兵士が暇になったのだ。
するとどうだろう。奴らはこの状況を幸いに、給料だけ貰って遊び呆けるようになった。
ゴミクズ共が。
給料受け取らねえだけ、ニートの方がマシだ。
そこで上層部は、暇な内地組を未解決案件の処理に回すことに決めた。
人員稼働率を上げ、ギルドや国に対して貸しを作り、ついでに民衆に『働いてますよ』アピールもできると、いい事づくめだ。
内地の穀潰し共以外にとっては。
当然、奴らは猛反発した。
『そんなものは自分達の仕事では無い』
昼間から酒飲んで惰眠を貪るのが仕事だと勘違いしてる奴らだ。
そりゃ大騒ぎだったらしい。
だが、上層部はそんな奴らの戯言を認めた。
認めた上で、お望み通り統合軍『本来のお仕事』をさせてやったのだ。
内地の、碌に戦えもしない雑魚共を、邪神犇く激戦区に送り込んだ。
選ばれたのは特に素行が悪く、住民からの評判が悪かった部隊の幾つかだ。
結果は勿論、全部隊壊滅。
凡そ500人程の兵士が邪神の腹の中に収まる、間接的な大粛清を行ったのだ。
この噂は上層部が意図的に末端まで広め、内地組は大人しく『事前活動』に精を出す様になった。
めでたしめでたし。
これが、『かつて』の未解決案件の話。
言うても、脆弱な内地組に処理できる案件はたかが知れている。
優先度や報酬額の関係で余った、本当に『何で俺達が』ってレベルの雑用の様な仕事だけ。
前線の部隊や高ランクの傭兵でも手が出せない、真の『未解決案件』は未だ手付かずのまま残っている。
『アウストラ山脈の天空王』
『呪いの城マリアベル』
『赤目のモーゼス』
そして……。
「『ランダールの魍魎』、ですか」
「うむ。参謀本部からの勅命でな……貴官にこの案件の処理が命ぜられた」
『ランダールの魍魎』
現在のウィスタリカ協商国の抱える、最大の悩みの種だ。
ウィスタリカの南部、ランダール盆地を囲む各都市で発生している猟奇殺人事件。
現場に夥しい量の血痕と、稀に被害者の体の一部が残されるということ以外、犯人像も手段も一切が謎に包まれた怪事件だ。
過去にS級の傭兵が調査に乗り出したのだが、調査開始から5日後に連絡が取れなくなり、現在も行方不明のままだという。
事件の凄惨さ、S級傭兵の失踪という危険度もさることながら、被害が出ている街の一つがウィスタリカの産業の中心、工房都市レガルタであることも、ギルドがこの件を重く見ている要因となっている。
「了解致しました。グレン・グリフィス・アルザード中尉、現地に急行致します」
どうやら、休暇は取り消しらしい。
参謀本部も随分な難題を持ってきたもんだ。
「いや、任務開始は4ヶ月後……貴官の15歳の誕生日と聞いている。それまでは、件の少女を連れて休暇を楽しめむように、とのことだ」
あ、取り消しじゃないんですね。
閣下は何を考えて……クラリスを遊ばせることに意味がある、ってことか?
それはいいんだが、最悪の誕生日プレゼントだ。
「まぁ、そうゆう指示が出ているのであれば、こちらは適当に過ごします」
「妙な指示だとは思うが、幸いなことにうちの参謀本部は、冷酷だが無欲で優秀だ。従っておいて間違いはない……と、こんなこと言われるまでもなかったか」
ええ、こう見えても直属なんで。
「さて、この任務に先駆けて、アルザード中尉には一時的に部隊を率いてもらうことになる。増員は医療術師1名だが、参謀本部がギルドと交渉して引き出した凄腕の白魔術師だ……入ってくれ」
「失礼します」
――その声に、俺の『何か』がビクンと震えた。
ガチャリ、とドアが開く。
理性が『見てはいけない』と警鐘を鳴らす。
だが俺は、本能のまま振り返ってしまった。




