第4話 胡散臭くて偉い二人の会話
ウィスタリカ協商国首都『ミルズィオル』。
魔導の最先端を行く街並みは、他国はおろか同じウィスタリカ内でも更に異質。
訪れた者は、別の世界に迷い込んだかのような錯覚に襲われるという。
そんな異邦の都市の中心にそびえる、ギルド総本部。
その最上階の代表室で、1組の男女が向かい合っていた。
「『彼女』は魔人の手の中、と……まぁ、護衛と思えば上々か。聖導教会も、彼女を奪い返そうと躍起になっている頃だろう」
恐らく、普通に話せば鈴の音のような可愛らしい声なのだろう。
だが今は老獪さが滲み、まるで重たい鐘のようだ。
精々10を数える程度の可憐な少女の顔に、海千山千の魔物の表情を貼り付けるのは、この部屋の主、『ギルド総代』レベッカ・M・マルグリッド。
前世の記憶を引き継いだ、所謂『転生者』というやつだ。
「ああ、奴なら教会の『勇者』相手でも遅れは取らん。それより……ギルドの方はどう出るつもりだ?」
相対するは、そんな魔物相手に不遜を貫く野性的な美丈夫。
その眼光が見据えるのは何手先の未来か。
グリムグランディア統合軍、作戦参謀次長、ギリアム・ケール・グランツマン准将。
組織的には友好関係にあり、個人的な性根や求める結果も似通う2人。
だが双方の纏う胡散臭いオーラが、無駄に腹の探り合いの様な毒々しい空気を作り上げている。
「こちらの方針は変わらんよ。彼女の人権と生活を保証し、最終的には一般人として生きられるよう支援する。それに際し、発生するリスクは可能な限り分散する」
それはギルドの理念の一つでもある『共栄』の精神。
責任の所在のないリスクはギルド全体に振り分け、個々人の被害を最小化するのだ。
「寧ろ統合軍はどうするつもりだ? 現状、身柄を押さえているのは貴様らだ」
「本人の意思を尊重……だがまぁ、全力で説得することになるだろうな」
「情けない……あんな幼子に縋ろうなどとは、『人類の盾』が聞いて呆れるな」
「うるせぇよ。まず死ぬのはウチの兵隊なんだ。ナイーブにもなるさ」
「だが、貴様はそうではない……だからここに来たのだろう? 彼女と魔人の小僧に何をさせるつもりだ?」
レベッカの眼光がギリアムを貫く。
そこに宿るは期待と好奇心、そして確かな威圧の光。
「世界を、人を見せる。人類を救うか見捨てるか……それくらいは自分で選べるようにしてやりたい。ついでにあのガキにもだ! 邪神殺しだけで2年も過ごしやがって。俺の手駒に、世間知らずはいらねー……なんだその顔は?」
「いやいや、わかるぞ? 私も前世では孫までいた身だからな。親心というやつか」
「黙れクソババァ。その口握りつぶすぞ」
レベッカの前世は、神代末期を生きた女性、メアリ・アンダーソン。
当時の世界経済を支配し『グランマ・メアリ』と呼ばれた怪老だ。
そんなレベッカは現在、ニヤケ顔に目だけは慈愛を込めるという器用……いや奇妙な表情をしている。
対するギリアムは、露悪的な態度の裏の図星を突かれ、非常に不機嫌顔だ。
「そうカリカリするな。こちらからも1人応援を出してやろう。白魔術協会でも指折りの術師だぞ?」
白魔術協会は、ギルドが運営する回復魔術師専門の支援組織だ。
このタイミングで出てくる『指折りの術師』……恐らく、噂の『兎』だろう。
ギルドが統合軍の要請を蹴ってまで、今日まで抱え続けた最上位の白魔術師。
随分な大盤振る舞いだが、相手は中身90歳超の女狐だ。
ギリアムの目が、警戒を露わに細められる。
「目的は?」
「人の善意を素直に信じられんとは、心の貧しい奴だ。私はただ、心配しているだけだぞ? 最近は物騒な事件も多いからなぁ」
「『ランダールの魍魎』とかな?」
「はて、何のことやら」
「ちっ……好きにしろ。期待に応えてやる義理はねぇからな」
実際のところ、これはギリアムにとってもオイシイ話だ。
増援、特にクラリスの健康管理のため、医療術師は絶対に外すことはできない。
いずれ聖導教会との争奪戦になるのなら、治療役も必要になるだろう。
だがこの件に関して、軍内部で信用できる人間を探すのはかなり骨が折れる。
レベッカの子飼いならば、その点の問題はない。
しかもそれがあの『兎』ともなれば、これ以上の高条件はないだろう。
何となく、主導権を握られているようで居心地は悪いが、ギリアムはレベッカの提案を受け入れることを決めた。




