元ヒロインの独り言
私は転生者で貧乏男爵家の長女として生まれた。
嫡男である兄がいるので、女の私は放置ぎみであったのが幸いしたのかノビノビと育った。
15才で貴族学園に入学する数日前に前世でやり込んだ乙女ゲームを思い出し、同時に今の自分がヒロインであることを認識する。
同級生となる王太子殿下は私の最推しなのだ。
婚約者の悪役令嬢には悪いが遠慮なく頂いてしまおう。
学園の入学式で予定通り王太子殿下の前ですっ転ぶ。
「ご令嬢、大丈夫か?」
シナリオ通りに王太子殿下の手が差し出され引き起こされると、隣にいた公爵家の令嬢が居丈高に言い放つ。
「貴女、王太子殿下の前で粗相するなんてどうかしてるわ。場を弁えなさい。」
常識的にはそうだろうがシナリオがあるのだ。
それに悪役令嬢も正しいセリフを言ってくれたので安心する。
「す、済みませんでした。王太子殿下と知らずこのような…」
「いいんだ、気にしないでくれ。ケガがないようでよかったな。」
「ありがとうございます。」
クールビューティーな王太子殿下は控えめにいって最&高!
悪役の公爵家のご令嬢もボンキュッボンの色気ムンムンのド美人だったが、私もピンク髪に空色の瞳の可愛い系美人ちゃんだ。オラ、ぜってー負けねー
その後、テストで王太子殿下を抑えて一位になると取り巻き二人をひき連れた悪役令嬢が現れて嫌味を言われているところに王太子殿下が通りかかって諫めてくれたり、
中庭の噴水のそばでクラスメイトの嫌がらせに涙する私を王太子殿下が慰めてくれて思わず取り縋ったところを不敬だと悪役令嬢に噴水に突き飛ばされたり、
学園祭最終日の舞踏会に王太子殿下にエスコートされることになった私に悪役令嬢が辞退なさいと迫り、事故とはいえ階段から突き落とされて王太子殿下に介抱されたりといった重要イベントをシナリオ通り着々とこなしての精霊降臨祭
そう、ここで悪役令嬢が断罪されるのよ。
いつものように王太子殿下にエスコートされて入場する私。
パーティーが始まってしばらくして、入り口の方から騒めきが起こり始めた。
キタ!
謹慎しているはずの悪役令嬢が豪華なドレス姿でツカツカと私たちの前に。
「王太子殿下、私もう我慢できません!」
はい、ここで殿下が「こちらもだ!」と言ってからが断罪劇の開始ですよと、私はのんきに最前でガッツリ鑑賞していた。
「私たちの婚約を破棄させていただきます。罰はいかようにもお受けいたします。」
へ?なんで悪役令嬢の方から?
「それは困る。オマエは俺のものだ。生涯離すつもりはない。」
え?殿下ナニソレ
「でしたらもう男爵家のご令嬢を弄ぶのはおやめください。」
「嫉妬か?ようやく嫉妬してくれたか?」
「そうではありません。その方がお可哀想です。どのようにされるおつもりですか?」
「王太子に対するこれまでの不敬の数々は目に余る。処刑して男爵家を取り潰すのが妥当と思うが。」
ええええ!なんだってえええ!
「それだけはやめてください。立場がわかってなかったのです。殿下もご存じだったはずです。」
「オマエが再三注意していただろうが。それでもホレ、平気で私に触れているぞ?」
はいいい、ごめんなさいですううう!
すぐに身を離して土下座する私。
「まあオマエが私に心まであけ渡すというのなら、このバカ女を許してやらないでもないが。」
「やはり狙いはそれですか…分かりました。私は身も心も生涯殿下のものです。」
「うむ、よかろう。その言葉が聞きたかった。ホレ、褒美だ。このバカ女を持って帰れ。」
王太子殿下は土下座姿の私を蹴って行ってしまった。
後から悪役令嬢の取り巻きが話してくれたところによると以下のようなことだった。
王太子殿下と公爵家のご令嬢の婚約は完全な政略で、好きも嫌いもなかったのだが、ご令嬢が美しく育つと王太子殿下のみが執着を募らせた。
結婚は決まっていたものの一切靡かないご令嬢をなんとかしたかった殿下が目をつけたのがアホの私だ。
この国は絶対王政で王権が大変強い。
入学式の日のような王太子殿下の目の前ですっ転ぶような粗相でも機嫌が悪ければその場で手討ちにされかねない。
それが貴族の常識なのに脳天気な私がガンガンに虎の尾を踏みつける。
肝を冷やしたご令嬢が必死に諫めてくれていたのに、イベント通りの進行と勘違いしてニンマリしていた私を誰か殺してくれ。
悪役令嬢の取り巻きと思っていた二人は将来の王太子妃の侍女として王家の命令でご令嬢の振る舞いを監視していたということだった。
うっわ、ぜんっぜん、乙女ゲームじゃなかったー。
悪役令嬢に命を救われた勘違い元ヒロインはこの私です。