02. オレと、嫁と、宇宙人と
更に翌週。いつもの店の戸に手をかけて……イヤな予感を覚えたオレは、店を替えることにした。
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メニューを見て選んだ新規開拓の店だというのに、当たり前のように居る。
「やぁ。来たね」
まるで待ち合わせをしていたような物言いに戸惑っていると、同じように勘違いしたらしい店員に案内されて、オレたちはなし崩し的に同じテーブルに着かされていた。
ちょいちょい、と隣から袖口が引かれ、耳打ちされる。
「――知り合い?」
「……あー、知り合い、っつーか…………」
また居るのではないかと思って念のために呼んだものの、コイツのことをどう説明したものか。肝心な部分をまるで考えていなかった、自分の間抜けさ加減に呆れていると、自称宇宙人が言い放つ。
「知り合い、だなんてつれないな。ボクはこんなにキミに恋焦がれているのに」
などという妄言を、隣に座るオレの嫁の目の前で。
「――浮気?」
嫁から氷点下の眼差しがオレに向けられる。
「ちげぇよ! こんなんただのたわごと……!」
「ボクは本気だよ?」
「お前ちょっと黙ってろ! オレにその気はねぇよ!」
「それは良く知ってる。けれど、ボクの想いはボクのものだろう?」
ぐっ、とオレが言葉に詰まると、隣の嫁が爆笑してくれやがった。
「ナニ、ホントどういう関係? そのヒトの話だけ聞いてるとストーカーみたいだけど、そのワリに随分仲良さそうだし……」
目じりに浮いた涙を拭いながらの言葉に、オレは目を瞬く。
「――って、いやいやいや、浮気疑ってたんじゃ……?」
「あんなのただの冗談よ。だってアナタ、わたしにベタ惚れだし」
にまっ、と意地悪く笑いかけられたオレは、すっと視線を逸らした。
「……想いが伝わってるようで何よりだよ」
けれどそれは失敗だった。オレは決して彼女から目を逸らすべきではなかったのだ。何故なら次の瞬間……
ちゅっ、とわざとらしい音まで立てて。左の頬に、唇が振れたのだから。
「おおおおおお前なぁ!?」
思わず腰を浮かしかけたオレの首に、嫁の両腕が絡みついた。
「今更照れることないじゃない。アナタの嫁よ?」
「ひとじゃなくて場所が問題だつってんだよ、ここ日本だぞ……」
ソレが挨拶として扱われる国ではないのだ。元々赤面症なんだから、人前でとかマジで勘弁してほしい。
「いいえ、アナタに恋してるとか言ってるひとの前よ」
嫁の視線は、例の宇宙人に向いている。
「……あー、ナニ? つまり、所有権の主張?」ぽふ、と引っ付いている頭に掌を乗せる「そんなんしなくても、オレはお前のだよ」
「砂糖吐きそう」
向かいの席の宇宙人はそう言った。
夫婦そろってそちらを見ると、ソイツはくすくすと笑って続けた。
「なんと言うか、ふたりとも攻撃全振りで紙装甲だよね」
ちょんちょん、と自分の頬をつついてみせる。
指摘されるまでもなく、自分の顔がやたらと熱いのなんてとうに気づいている。
……なんというか。コイツもこの界隈のスラングに随分なじんできたご様子で。
「宇宙人を自称する変人。呑み友達……かなぁ」
オレは嫁にソイツをそう紹介した。語尾が曖昧になったのは、オレ自身定義があやふやだったからだ。約束したわけでもないのに遭遇率が高いものだから、今日は念のために嫁を呼ぶことにしたわけだ。
浮気などというわけでは断じてないが、旦那が他の女と毎週呑んでいるというのは、嫁としては良い気はしないだろうから。
思いついたのが店に入る直前だったので、随分急な話にはなったが。
「ホント急だったわよね。こっちの都合も考えてほしいわ……」
――冷凍みかんが丸ごと入ったサワーに目を輝かせながら言われても。
「お前つくねに軟骨入ってないって言ったら即堕ちだったじゃん」
つくねは好物だが、軟骨は食感がムリ、という嫁だ。
「ちょっ、初対面のヒトの前でそれ言う!?」
好き嫌いが多いクセしてそれを隠したがる嫁でもある。
「初対面の相手にキスシーンを見せつけたキミがそれを言うのか……」
なにやら宇宙人が常識的なことを言うが、
「嫁の前で旦那を口説くひとがいたものだから」
嫁はジト目でそう応じた。
「ま、コイツは男友達みてーなモンだから」
「ひどいね。こんな美人をつかまえて」
「自分で言うな」
先に来ていたソイツの皿から適当にひと串かっさらう。ホルモン系は苦手なので無難にネギマにしておいた。なんでコイツこんなに内臓好きなの?
嫁の方はというと、宇宙人(笑)に勧められても、ヤツの皿に手を伸ばそうとはしなかった。初対面の相手に遠慮したというよりは、単に正体不明のモノを口に運びたくなかっただけだろう。だって注文つくねオンリーだったし。
「おや。美人は否定しいんだね」
「客観的な事実だろ。オレはカワイイ系が好みだけど」
「キミの嫁みたいな?」
「オレの嫁みたいな。」
ははっ、とソイツは笑った。
「惚気るねぇ」
「牽制してんだよ。どっかの宇宙人が隙あらば口説いてくるから」
「仕方ない。想いは止められないから」
「止めろよ。倫理観仕事しろ」
ぷっ、と嫁が吹き出した。楽し気に声を上げて笑う。
「ホント仲良いわねアンタら」
「え、なんでそこで嬉しそうなの?」
「だってアナタ、友達少ないじゃない」
嘆かわしい、とばかりに首を振ったりするが、そこはちょっと待ってほしい。
「いや、友達なんて10人も20人も要らねーだろ」
「いやどう考えても多い方が良いでしょ」
「困ってたら身を削ってでも助けたい相手、なんて数人いれば充分だろ」
そんなモノ、大量に抱えられるほどオレは力持ちじゃない。
「アナタの友達の定義ってどうなってるのよ……」
「辞典によると『金を借りる程度には親しいけれど、金を貸す程には親しくない相手』は友達じゃなくて知り合いって言うらしいぜ?」
金を貸す時はあげるつもりで渡せ、とも言うし。
「どんな辞典よソレ!?」
「悪魔の辞典、っていうんだけど」
「ブラックジョーク集じゃない!」
「でもアレ結構正鵠を射てると思うんだよなぁ」
そんなんだからアナタ友達が少ないのよ、とため息をつかれた。
――おかしい。オレの嫁がオレに優しくない。
「悪魔の辞典? ブラックジョーク集?」
宇宙人がそこに食いついた。
「いろんな言葉を皮肉交じりに定義した本だな。図書館にも置いてるだろうし、読んでみろよ。たぶん、お前は気に入ると思うぜ?」
ウチの嫁はお気に召さなかった様子で、趣味が悪いと評していたが。
「図書館にあるような本なの!?」
……驚くことかな?
「少なくともウチの高校の図書室にはあったけど。ちなみに映像コーナーにはジャンプアニメのDVDがあるような学校だった」
嫁は「うわぁ」とでも言いたげなげんなりした顔……って、コイツ実際口に出して言いやがった。ひどくね? 別にオレが入れたわけじゃねーよ?
「こんなのだけど仲良くしてあげて。えぇと……宇宙人さん?」
嫁がオカンみたいなことを言いだした。あくまで友達としてね、と付け加えることは忘れなかったが。
「今の話の流れだと、ボクのことは身を削ってでも助けてくるのかい?」
いたずらな眼差しに、オレは即答する。
「あ、知り合い枠でよろしく」
ソイツはくすくすと笑って「ひどいな」と言った。
「金には困ってないから良いけど。必要なら貸すよ?」
「お前に借りると後が怖そうだからいらない」
タダより高いものはない、を地でいきそうだ。
「酒はおごらせるのに?」
「……そういやそうだな。今日からは割り勘な」
確かに、とばかりにそう返せば、何故かソイツが慌てだす。
「え、嘘。出すよ?」
「いや、そうもいかねーだろ」「うん、そうもいかないわね」
さすが夫婦、息ぴったりだ。
どちらかが一方的に依存するような関係は不健全だ。少なくともオレは、友人とは対等でありたい。
「言うんじゃなかったな……けど今回は出させてよ。ボクの方が先にいたんだし、注文分を厳密に計算するのも面倒だろう?」
言いつつ、1本もらうね、と嫁の皿からつくねの串を取る。確かに、酒の席であまりみみっちいことを言うのも無粋だけども。
「……いや待て。それだと結局、毎回お前が払うことにならねぇか? 前回もお前、先回りしたみたいにいたし」
「いつもそうだとは限らないだろう?」
「いや2度あったから3度目もありそうなんだけども」
「そのへんはちゃんと調整……いや、そうじゃなくて、えぇと……」
珍しく言いよどむソイツに、嫁が提案して今回は3等分ではなく2等分ということで落ち着いた。3人で割るのではなく、後から来たオレたちふたりと、先にいたひとりとで半分ずつ出す形だ。
気を取り直して、ということでオレたちは再度ジョッキとグラスを打ち鳴らす。なんにかは知らんが乾杯だ。
「キミにも訊きたいな。もしも過去をやり直せるとしたら、いつが良い?」
「うん? だったら、万馬券でも当てる!」
「お前ね……」
素直にたとえ話に乗っかっていく嫁を見ていると、自分の拘りが子どもっぽく思えて困る。一応、呆れた口調でごまかしはしたが。
「なんだ。キミの嫁だというから期待してたのに、随分つまらないヒトだね」
ソイツのひと言に、一瞬で酔いが醒めた気がした。
「帰る」と、オレは嫁の手を取った「お前とも二度と会う気はねぇ」
立ち上がり、促すように軽く手を引けば、逆に思いっきり引っ張られて座り直させられる。打ち付けた尻が少し痛い。
恨みがましく嫁を見遣れば、先程のオレとは違い、本気で呆れた顔をしていた。
「あなたねぇ、なに秒でキレてるのよ。私があなた程面白おかしくないのなんて、それこそ当たり前のことじゃない」
「オイ言葉選びに悪意がねーか?」
「あなたがただでさえ少ない友達と、ケンカ別れなんてしようとするからよ」
「いや、初対面のお前を悪く言うようなヤツ、友達とは思えないんだが?」
友達なんて、無理して維持するものでもないだろう。
「それはっ、嬉しくないわけじゃないケド、でもそうじゃなくって」
もどかしそうに嫁が言うが、オレには超能力者のように心を読んで、全てを理解してやることなどできない。
嫁が一番大事で、それ以外は二の次で、それの何が悪いのか。
こんな時でも、ペースを崩さないヤツがいた。ある意味それは宇宙人らしくはあるのかもしれない。
「金が望みなら欲しいだけ用意するよ。だから、彼をボクにくれないかな?」
今の論点はそこじゃないし、嫁の発言の趣旨もそれじゃない。そんなことを、オレがイライラと説明する……そんな必要は、無かった。
嫁の左手が閃く。そう、閃く、なんて表現を使ってしまいたくなるような素早さで、オレの嫁は自称宇宙人にグラスの水をぶっかけていた。
――いや、ひとに秒でキレんなとか言っときながら、瞬でキレてんなよ。なんも反応できねーよ。
「ふざけんな」随分男前な口調で、ウチの嫁が言う「略奪愛ならまだ良いよ。腹は立つけど納得はできる。ウチの旦那が私より貴女を選んだなら、それはそれでしょうがない。
けどね。ウチのひとをモノ扱いは許さない。そんなヤツには、絶対あげない」
ヤツは驚きに見開いていた目を瞬いた。
「うん。これはボクが悪いね、キミの言う通りだ。謝罪しよう、キミをつまらない、などと言ったことも含めて。彼ほどではないが、キミも充分に面白いヒトだ」
おしぼりを抱えて駆けつけて来た店員には3人して平謝りをした。より正確に言うと謝罪するオレたち夫婦に、自称宇宙人がそもそもの原因は自分にあると言い添えたかたちだ。
――追い出されなくて良かった。
騒がせた詫び、ということで宇宙人(笑)が客全員に一品ずつおごると言ったのも上手かったのかもしれない。
「良ければ呑み直さないかい? 失言の詫びも込めて、やっぱり今日はボクが払うからさ」
「さっきまでの流れでそれを言えるの、ある意味凄いわね」
嫁が呆れたため息をついた。
「そうかな?」
「そうよ。」と、嫁がオレの腕を抱く「あげないからね?」
「うん。もう彼のことをキミに頼んだりはしないよ」
なら良し、と笑って、嫁は冷凍みかんサワーのおかわりを頼むのだった。
コイツらのやり取りもなかなか謎い。嫁と、絶賛横恋慕中の女の会話が、なんで悪友のじゃれ合いみたいな感じなんだろうか。いや、修羅場るよりはずっとマシではあるのだが。




