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2.元悪女の両親は苦悩する

フリージアと名前を付けた我が娘は、泣かない子になった。

赤ん坊と呼べる頃は、意識が有れば泣くような子だった。

そんな時は、父親である私や母親であるシンシアが側に入れば泣き止んだ。

いつも一緒にいるはずの乳母に懐いてない訳ではなかったのにも関わらず、だ。

それだけでとても愛おしく、赤ん坊の頃から人を判別できる我が娘を天才だと(我に返ると恥ずかしいが)自慢してまわったものだった。

その勢いのまま、娘に家庭教師をつけた。

娘のあらゆる可能性も見逃したくないと思ったため、様々な分野を習わせることになった。

今思えば、これが失敗だったと後悔している。

娘は何が好きで、何が嫌いで、何が得意で、何を不得手とするのか知りたくて雇ったはずの家庭教師は辞める際、口を揃えてこう言った。

「お嬢様に、お教えできることがありません」

娘は天才だったために、大人の学者ですら手に余るほどの知識をその小さな頭に詰め込むことができてしまった。

そのせいか、娘の顔からは笑顔などの表情が消えてしまったのだ。

家庭教師を減らして、自由な時間を与えても、自室で本を読んで過ごしていた。

口は真一文字に引き結ばれて、目線はいつも本の文字を追っている。


「私は、なんてことをしてしまったんだ…」

この苦悩を1人で背負うことが出来ずに、妻に懺悔した。

「旦那様…」

妻は、困った顔をしながら私を抱きしめた。

「すまない、シンシア」

「いいえ、旦那様は悪くありませんわ。フリージアのためを思ってされたことです。あの子も、嫌がってはいないはずです」

「それが、かえって辛い。あの子にとって、本当に楽しいことや嬉しいことを感じる前に勉強に押し込めてしまったように思うんだ」

当時の自分に言ってやりたい。

それは本当にフリージアのためになるのか?自分が小さい頃、勉強漬けにされて嬉しかったのか?、と。


「旦那様。いつか、あの子が笑顔になれるように、私たちは見守りましょう。あの子が無表情だからといって、愛しい我が子には変わりないのですから」

「ああ…」


心配をよそに、フリージアは健やかに過ごしていた。

表情は変わらず変化しなかったが、健康でいてくれることがまず第一だと自分に言い聞かせた。


天才と呼ばれる我が娘が、無表情で過ごしていることに感情を失くしてしまったのではないかと。

感動と呼べるものに会う前にその機会を根こそぎ奪ってしまったのではないかと。

他でもない父親である自分が娘の可能性を奪ってしまったのではないかと。

子育てに関する不安はついて回った。


――――――――――



「おとうさま」


仕事から帰るといつもは寝ているはずの娘が、出迎えてくれた。

眠いのか目を擦りながら、覚束ない足取りで近づいてくる。

それをハラハラしながら見守った。


「おかえりなさい、おとうさま」

「ただいま、フリージア」

相変わらずの無表情だが、可愛い娘の出迎えに娘を抱き抱えた。

思わず破顔する。私の髪と妻の瞳を受け継いだ娘は殊更可愛い。

「おとうさま…その…」

心なしかもじもじと居心地悪そうに何かを伝えようとするフリージアの言葉を待った。

「ぷ、プレゼント…です」

突き出された手の中には、フリージアの花の栞があった。

そっと受け取り、栞を眺める。

黄色と赤色のフリージアはまるで、妻と娘のようだった。

「ありがとう。大事に使わせて貰うよ」

胸の内ポケットに大事にしまい、フリージアに微笑んだ。

表情は変わらないのに、ぱあっとフリージアが明るくなった気がした。

フリージアの瞳はとてもキラキラと輝いていて…


ああ、この子は喜んでいるんだ


目は口ほどに物を言うとはよく言ったものだ。


「今日はもう遅いから、もうお休み」

「はい、おとうさま」


娘を部屋で寝かしつけた後、妻の部屋にすぐに向かった。

あの子は、心配なかった。ちょっと表情に出すのが苦手なだけだ。

妻も同じように栞を貰っていて、

「私と旦那様、蕾はフリージアのことを表していると乳母に教えて貰ったのよ」

そう言って喜んでいた。

贈り物を喜んで貰えて嬉しいと、目を輝かせていたあの子を思い出し、妻に語る。

眠い中、私を待っていた健気さたるや…

やはり、私達の娘は殊更可愛いと、妻と夜通し語ったのだった。


――――――――――


フリージアに関する不安要素がある程度排除された頃、シンシアが2人目を身籠った。

シンシアに感謝した。

男の子か女の子か、どちらでも元気に生まれてきてくれると嬉しい。

屋敷の皆がシンシアの体調を気遣い、お産に向けた準備を始めた頃。


「お嬢様のご様子がおかしいのです。」


乳母は、私にそう報告しにきた。

フリージアはどこか落ち着きをなくしている、と…。


「旦那様、フリージアが気落ちしているようなのです。何故かとても怯えているように思うのですが、何に対して怯えているのか分からなくて…」


シンシアも、フリージアの異変を察していた。

その日は、シンシアにべったりくっついていたそうだ。シンシアがどうしたのかと尋ねても応えてはくれなかったようだった。


その次の日から部屋に引き籠ったり、

かと思えば庭に出て迷子になったりと…

私の目から見てもフリージアは不安定になっていった。


私達は、そんな娘に対して何も出来ないまま、第二子出産の日を迎えることになった。


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