表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

1.元悪女は、優しい世界に萎縮する

毒を呷ると、喉の焼けつくような痛みを感じ、反射的に喉を抑えて倒れ込んだ。

息をすることで痛みは増した。

喉を抑えても痛みなどなくならないのに、苦しさから逃れたいと体が動いてしまう。

その異物を出そうと、吐き気を催す。

喉の痛み、息もできない苦しみ、体の反射によって引き起こされた吐き気を伴う気持ち悪さ

その全てが感じなくなった瞬間、やっと逝けるのだと感じた。

そうして、そのまま目を閉じた。

消えてなくなりたい、と願ったそのままに。死を選んだ。

それが、悪女だった私の最期だった。


そうした最期を迎えたはずなのに、目を開けた時に映り込んだのは、泣き笑いをしているメイド服を着た女の人。

何がなんだか分からず、どうしようも無く泣きたい衝動に駆られて泣き喚いた。


毒を呷って苦しかった、痛かった、怖かった。

両親から見放されて嫌だった、辛かった、わかって欲しかった。

どうして、私がいけなかったの?

頑張って頑張って頑張ってきたのに。

あの人だって悪いのに。

あの女が居たからなのに。

許せない。

悔しい。

どうして、わたしにはくれなかったの。

どうして、わたしの、きもちに、きづいてくれないの。

みんな、みんな、ひどいよ…


「奥様!元気な女の子ですよ!」


メイド服を着た女の人がそう言った途端に、浮遊感が襲った。

―怖い

こわい、こわい、こわいっ

でも、その浮遊感は一瞬で暖かなものに優しく包まれた。


「ああ…可愛い、(わたくし)の子…」


メイド服を着た女の人とは別の声がして、その声の方に視線を向けた。

綺麗な人だった。

やつれた顔をしているけれど、疲れがとれればもっと美人だろうということが容易に想像できるほど。

綺麗なプラチナブロンドに、輝く黄色味がかったエメラルド色の瞳、整った顔立ち。

どことなく儚さを感じる、まさに芸術作品のようだった。

私は、先程感じていた負の感情を忘れて見惚れていた。


バンッ


その騒音に思わず体がびくり、と反応する

扉が乱暴に開かれたらしい。

薄ぼんやりした視界は、綺麗な人ほど近い位置にあるものくらいしか認識できなかった。その音がした方から息を切らせた様子の男の人の息遣いが聞こえてくる。


「う、生まれたのか…?」

「はい、可愛い女の子です。旦那様。」


男の人が近づいてくるのが分かる。

でも、怖くはない。綺麗な人がとても嬉しそうに微笑んでいたから、大丈夫なんだ、とどこか安心していた。


「抱いてあげてください」

「あ、ああ…」


また浮遊感が襲う。

ぎこちない男の人の胸に抱かれる。

鮮やかな赤色の髪、赤褐色の瞳を持つ、端正な顔立ちの男の人だった。

やはり、みんな知らない人だった。

幾らか冷静になって、自分が小さくなっていることにも気づいた。

そうして、私は綺麗な人とこの男の人の子供として産まれた事に行き着いた。

また、頑張らなくてはいけないのか。

私は、また一からやり直さないといけないのか。


「この子の名前は、フリージアだ。」


そう言って男の人が、愛しいものを見るように微笑んでいた。

私を見て、微笑んでくれていた。


「フリージア、どうか健やかに育ってくれ。」


愛されたい、と願っていた。

産まれた時、両親はこんな風に私を迎え入れてくれていたのだろうか。

今となってはわからない。聞くことすらできない場所に来たのだから。

迎え入れられた嬉しさと、報われなかった過去の後悔とが鬩ぎ合う。

不安定な感情のまま、私はまた泣いて泣いて、意識を手放していた。



――――――――――



「お嬢様、お勉強のお時間です。」

「はい。」


私は声をかけてくれた乳母に従い、部屋を出る。

乳母は、大人しく付いて来る私をどこか寂し気に見つめていた。

前世の知識が残る私に、わからない学問はあまりなかった。言語を習得するのに、時間はかかったけれど、基本的な言語構成が変わらなかったため一般的な幼女と同じだったはず。

今世の父や母は、私が天才だと持て囃し、3歳にして家庭教師をつけ今に至る。

勉強のために、と設えた部屋の前に着くと乳母がノックをする。

「どうぞ。」

家庭教師の男性の声がしたのを確認し、乳母が扉を開ける。扉が開くまで、私は待つ。これは、前世と変わりない貴族のマナー。

部屋に入り、家庭教師に対して一礼する。

「お待たせいたしました。先生。」

「…いいえ、そこまで待っていませんよ。私の目から見てもマナーに関して、お嬢様に教えることはなさそうですね。」

3歳の頃、10人いた家庭教師は今や彼を含めて3人となった。

初めの頃は、自分の体が上手く動かせず思うような動きが出来ず苦戦していた。

そんな私でも家庭教師達は「ここまでお出来になるとは!」と大袈裟に褒めて騒いでいたのは凄く恥ずかしかった。

「失敗してもいいのよ」と母は私の様子を見ては心配そうにして、

「もっと楽しいことをしてもいいんだ」と父は言った。

今もその言葉の意味は分からない。

私は、優しくしてくれるここの人達に報いなければならない。

だから、優しくされたからって、甘えてはいけない。


その日も、家庭教師から教わるものを全て暗記する勢いで勉強に励んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ