0.元悪女は反省中?
「お前さえ…、お前さえいなければっ!!」
右手を振りかぶり、目の前の憎い女の頬を打つ
―憎くて憎くて憎たらしい
顔を見ていたら、その感情が湧き出して治らない。
私が頬を打った衝撃で倒れ込んだ女は、左頬を押さえながら私を見上げた。
弱者のように振る舞うその態度が白々しい、図太くも忠告を無視し続けている分際で。
その顔を睨みつけて、言葉を発しようとした。
感情のままに罵ろうとした。
口を開こうとしたところで、女と私の間に、愛しい方が割って入った。
罵る言葉は出てこなかった。
それどころかどんな言葉も発することは出来なかった。
愛しい方は、その女を庇う。
そして、私を睨みつけていた。
冷水を浴びせられたかのよう
私の感情の昂りは、愛しい方からの軽蔑の眼差しひとつで鳴りを潜めた。
憎たらしい女を庇い、あまつさえ私には向けない眼差しを向けて優しく介抱する私の愛しい方…
私は目の前の光景をこれ以上、見ていることが出来ずに膝をついた。
俯いて両目を手で覆って見えないようにした。
あの女の頬を打った右手が熱を持っていることに気付く。
それよりも心が痛かった。
本当は、誰よりも解っていた。
それでも諦められなかった。
あの女さえ、あの方の目の前から居なくなれば元に戻れると信じていた…
いいえ、信じたかった。
愛おしいから、愛されたくて、
返ってこない感情を期待して、
少しでも好いて欲しいと努力して、
幼少期から決められた厳しい道を必死で歩いてきた。
完璧でなければいけなかった。
その辛さは、愛しい方だって解って下さっていると思っていた。
立派な婚約者となるために、日々を過ごしてきた。
そのような人生を歩んできた私が、私の今までのすべてを壊してしまう存在をどうして甘受することができるのかっ…
―憎い
この感情に支配された私が、私だけが、悪いというの?
謹慎という名の処刑執行猶予。
両親にも見放され、屋敷牢へ入れられる。
両親に浴びせられた言葉を反芻する
あなたは、今、正気じゃない
頭を冷やせ
何をどうすればいいのだろう…
考えれば考えるほど何も出来ずに、蹲る。
消えてなくなってしまいたい。
ふと護身用という名目で待たされていた毒のことを思い出し、首から下げたペンダントからそれを取り出す。
用意された食事を食べる際に、その毒を呷った。
誰にも解らないでしょう。
私のこの憎くて悔しくて辛くて苦しくてどこまでも深くなった負の感情を…
決して解ろうともしてはくれないのでしょう。
私の愛しかったあの方は、私を慮ってもくれなかったのだから…
ああ、なんて、無駄な人生
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特別な力を持つ女性、後に王妃となられる方を貶めた悪女は、自ら毒を飲んで命を落としました
王と王妃は、いつまでも仲睦まじく過ごすのでした
めでたし めでたし
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乳母に絵本を読み聞かせて貰って心の中で苦笑する。
私は絵本の中の悪女と同じような結末を辿ったことを覚えていた。
赤ん坊になっていた時は戸惑い、不安な感情が抑えられずによく泣いたものだった。
赤ん坊のためか、悪女の時よりも感情の抑えが効かなかった。
今や幼児となり、すぐに感情が顔に出てしまわないように出来る。
そうして感情のコントロールができて、思った…
とても、楽!!!
あの感情のままに動いていた時は、とてもじゃないけれど考えもしなかった。
私、疲れていたんだ!
感情を相手に伝えること、ましてや打つけることは、とても体力を消費することを思い知った。
嫌がらせ行為を考える程の余裕もなかった、と当時を振り返る。
今思い返せば、嫌がらせ自体は周りにいた令嬢達が私を誘導していたのだと解る。
あの時の私は正気じゃないという両親の言葉は、あながち間違いでもなかったということを思い知る。
そして何より、自分の気持ちだけが正しいと思い込んでいた。
自分以外の人々も私と同じ気持ちを感じて欲しいと望んでいた。
それを察して欲しいというのは傲慢なことだと、当時は解らなかったのだから性が悪い。
きっと、この記憶があるのは今世では同じ過ちを繰り返さないためと、懺悔するためだろう。
そう思うのに…
今世の生活が楽しすぎて忘れそう