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星辰のマギウス  作者: 空蝉
第二章 彷徨う凶星
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2-41 彷徨う凶星 其之十九

 生き延びることができたのは、偏にこれまで培ってきた経験のお陰だろう。

 圧し掛かる瓦礫を押し退け、ヘイズはよろめきながらも立ち上がった。

 全身を鈍い痛みが苛んでいる。

 特に魔星の攻撃を受け止めた腕が酷い。ほんの少し指を動かすだけでも、無数の針が肉を突き破って飛び出してくるかのようだった。

 防御の瞬間、ありったけの強化を施したために骨は砕けずに済んだようだが、ひびくらいは入っているかもしれない。

「してやられたな……」

 深呼吸を繰り返し、痛みを意識の外へと押しのける。

 周囲を見渡すと、ヘイズ達が立っていた場所には抉り抜いたような轍が刻まれていた。巨大な質量を力任せに引き摺れば、このような跡が残るだろうか。

 これほどの破壊に巻き込まれながら、比較的軽傷で済んだのは奇跡と言える。

「女神様の許に送られた奴、いるかー」

「……残念ながら、辿り着く寸前で蹴り戻されてしまいましたよ」

 声がしたかと思うと、すぐ側の瓦礫の山が真っ二つに裂ける。

 セリカだった。彼女も無事だったらしい。

 とは言え透き通るような白金の髪はすっかり泥に汚れており、美しいおもてにも血が滲んでいる。

 表情も苦々しく、いつもの悠然とした佇まいに翳りを見せていた。

「不覚です。私としたことが敵を見誤りました」

「気付けなかったのは俺も同じだ。まあ、分かったことが増えただけ良しとしよう」

 そうでもなければやってられない。ヘイズは辟易した気持ちで空を仰いだ。

 雷鳴轟く荒天を背負い、亡霊の王が下界を睥睨している。

 黒い馬に跨っている。

 異形の八つ足に燃える鬣。筋骨逞しい四肢は瘴気を纏い、蹄は形無き空を掴んで主の威容を支えていた。

 "神性"を示す秘文によって新たに召喚された使い魔である。あれがただ疾走するだけで大地を覆し、ヘイズ達をまとめて吹き飛ばしたのだ。

「ようご両人。無事だったみたいだな」

「お互い悪運には恵まれてるみたいで何よりだねぇ」

 他の仲間たちも無事だったようで、続々と集まってくる。

 皆多少の傷は負っているが行動に支障が出る域ではなく、また戦意が衰えた様子もない。流石にマルクトでも最高峰の魔導士マギウスなだけのことはあった。

「それで、結局何が起きたんだい?私の勘違いでなければ、ヘイズがアレを仕留めたと思ったらまたアレが現れていたんだけど」

「ラインゴルト女史、あんたは実際に見ていたよな?」

「ああ……」

 問われたルクレツィアが渋い顔で肯定する。

「マリアンの言う通り、グレイベルの魔術は確かに奴を断った。ただその後……何と言ったら分かり易いか。魔星が消滅すると同時に、グレイベルの近くにいた亡霊が生まれて、それが騎士の姿に変わったんだ」

「変身したということですか?偽物を本物と思わされていたのではなく?」

「私が見ていた限りではな」

「おいおい」

 ルクレツィアの言にテオドアが背後の、人と亡霊が殺し合う戦場へと視線を投じた。

「じゃあ何だ。あの猟師共が全員消えない限り、野郎は倒しても復活し続けるってことか?」

「変身の条件が分からないから断定はできないが、可能性は高い」

「面倒くせぇ!」

 堪らないとばかりに吐き捨てるテオドア。全く以て同意であるし悪報であることこの上ないが、収穫がなかった訳ではない。

「だが、直接触れたお陰であれを殺す算段はついたぞ」

「言い切るねぇ。具体的に聞こうか」

「それは――散れ!」

 身を乗り出して訊ねてきたマリアンの肩を押しつつ叫ぶ。

 次の瞬間、ヘイズ達の目の前に鉄槌が振り下ろされた。魔星を乗せた黒馬が超高速で天を滑り落ち、その勢いのまま前足の蹄を地に叩きつけたのである。

 覆る岩盤と撹拌される大気。激突の余波は脆弱な人の身を絡め取り、流木のように押し流す。

 行動としてはただの踏みつけなのに、恐るべき威力であった。

 しかしこの程度の災害など、敵からすればほんの児戯に過ぎない。

 土石の暗幕の向こう、自らに向けて槍先を構える姿をヘイズは明確に幻視した。死ぬ。

「この……!」

 悪寒に駆られるまま、ヘイズは霊素エーテルを励起した。

 最も得意とする『愚者火』ですら対応に間に合わないと直感する。よって起動するべきはより演算が簡潔な、物体を移動するのみの術式だ。

 不可視の力を受けて、宙に浮いたヘイズの位置がずれる。次の瞬間、真横を破滅の流星が通り過ぎ、風の大河を砕きながら空を駆け上がっていった。

 あと少しでも魔術の発動が遅れていれば、串刺しになる所か体が木端微塵に弾け飛んでいた。

 それを容易に実現するだけの速度と質量があの馬の疾走には宿っている。

 "静寂よ(イサズ)"

「っ!?」

 吹き荒ぶ暴風に紛れ、停滞を命じる呪文が四肢を縛り付ける。

 すれ違いざま言霊を置いていったのか。完全に不意を突かれたため、抵抗することも叶わなかった。

 辛うじて動く眼球を上に向ければ、飛翔した流星が返す刀で落ちてくる。

 まずい。対応できない!

雷切らいきり

 刹那、首筋に誰かが触れる感触があった。

 視界の端で火花が瞬き、眼前の風景が一気に遠ざかる。我に返る頃には自らを貫かんとしていた槍先は空を切っており、ヘイズはそれを大きく離れた地点から眺めていた。

 まるで距離という概念が意味を失ったかのような移動。

 因果の破綻した体験は正直かなり気持ちが悪かったが、今は悪態ではなく素直に謝意を示すべきだろう。

「すまん、助かった」

「貸し一つですね」

 紫電を纏ったセリカが得意げに笑う。神速を使いヘイズを窮地から救ってくれたのだ。

「それにしても貴方、随分好かれてしまいましたね」

「何一つ嬉しくない……来るぞ!」

 再びセリカに首根っこを掴まれて、雷光の世界に突入する。

 飛び退いた直後、立っていた場所に黒馬が蹄を振り下ろした。追走劇が始まる。

 魔星の殺意は今や完全にヘイズにだけ向けられていた。縦横無尽に駆けるセリカの背後に張り付き、杖の切っ先を番えている。

愚者火ウィル・オ・ウィスプ

 黙って運ばれているだけというのも性に合わない。

 鬼火を呼び出し、機雷のように魔星の進路上へと設置する。

 距離を稼ぐための苦肉の策であったが、結果的には焼け石に水だった。至近距離から爆風を浴びても黒馬の足取りは揺るがず止まらず、炎の魔手を引き千切って追跡を継続する。

 硬い。黄金の腕輪(ドラウプニル)と同じく神秘としての強度は段違いだ。

竜絶界域ラインゴルト

 続けて行く手を阻むは竜すら封じる万能の結界。

 魔星を包囲する何重もの障壁は陽炎のように朧気で、盾としての機能は殆ど持ち合わせていないようだった。代わりに一枚一枚に強力な加重と減速の効果が施されている。

 物理的な力によって相殺するのではなく、運動エネルギー自体を奪う算段なのだろう。黒馬の突進力を鑑みれば妥当な方法と言える。

 "神性招聘アンサズ――"

 その詠唱を耳にした途端、ヘイズの背筋をかつてない悪寒が駆け巡った。文言も抑揚も今までと同じだというのに、音に宿された呪いの深さがまるで違う。

 魔星から湧き上がる桁外れの霊素が異形の杖に収束していく。膨大なエネルギーが蔦のように得物に絡みつき、より鋭利な形状へと変貌させる。

 完成したのは一振りの槍であった。幽冥の色を帯びるそれを、嵐の王が逆手に持ち替え振り被る。投擲の構え。

 "勝利の神託(グング)此処に在り(ニル)"

 上半身の捻りから放たれた槍は果たして、音を置き去りにした。

 突き抜ける蒼黒の閃光はルクレツィアの結界を術の効果ごと木っ端と消し飛ばし、重力の軛すら無視してヘイズに向かって直進する。

 何より恐るべきは、セリカの神速を凌駕しているという点。

 ヘイズにこれを防ぐ手立ても技術もない。他の仲間たちとも距離があり、支援も期待できない。

 つまりあと一秒も満たぬ間を以て、自分はセリカ諸共刺し貫かれて絶命する。ならばどうするか。

「叩き落とす」

 躊躇は即座に棄却された。

 自らセリカの手を振り解き、ヘイズは飛来する神槍の前に躍り出る。

 極限の集中によって遅延する視界の中、努めて冷静に己が内に渦巻くソレを可能な限り掬い取る。

「――燃え上がれ(リリース)

 我が意のままに世界よ歪めと、魂の底からあらん限りの呪いを籠めて。

 吐き出された言葉を撃鉄に、黒鋼の剣に昏い紅が差す。

 燃料にできた霊素は乏しく、顕れた熱量も本来のそれからは程遠いが、やるしかない。

 神槍が迫る。剣を振り抜く。

 狙いは違わず、刃は紅色の軌跡を描きながら、凶器の切っ先を正面から迎え撃った。

 重い。均衡を支える四肢の中で、筋繊維が次々と断裂していくのが分かる。

「お、ぉおおおおおおッ!」

 獣のような咆哮と共に一閃する。

 結論から言えば、試みは成功した。ぐしゃりと左腕が拉げた感覚の後、こめかみのすぐ傍を死の閃光が通過する。

 標的を見失った神槍はそのまま空を裂いて往き、都市の目印ランドマークたる時計塔の屋根の一部を穿ち抜いて彼方に消えていった。

 即席の行使だったにも拘わらず、片腕だけの犠牲で助かったのは間違いなく僥倖と言える。

 だがこちらは所詮、脆弱な人間だ。魔術で即座に遮断できるとは言え、痛覚による意識の漂白はどうしても免れない。

 対し槍を投じただけの騎士は全くの無傷であり、そしてその進路を阻む物も何もない。

 "Brrrrrrrrrr――!"

 怪物じみた嘶きと共に、黒馬が加速する。たかが数百メートルの距離など、奴にとっては無きに等しい。

 それでも大技を放った後の微かな余韻が、彼が乱入するだけの時を稼いでくれた。

「沸き立て、竜の血脈」

 彼我の狭間に降り立った人影が、轢殺の流星を受け止める。

 テオドアだ。最大限に高めた竜の膂力を以て黒馬の頭を両手で掴み、それ以上の前進を押し留めていた。

 もっとも肉体に受けた衝撃たるや筆舌に尽くしがたいだろう。

 鋼を超える硬度を誇る皮膚には亀裂が走り、内臓にもダメージを負ったのか口の端から血が零れている。

 にも拘らず不敵な笑みを浮かべて踏ん張る姿は英雄さながらに頼もしかった。

落日の智慧(サタナエル)

 目の前で無茶を通されたのだ。応えずして何とする。

 突進が停止した時には既に展開されていたルーンを、神秘殺しの刃を以て解体する。そして、

生滅流転(ルドラ)

 マリアンが放つ風圧の鉄槌が、嵐の王を使い魔ごと浮かせて吹き飛ばした。

 殺傷よりも間合いを剥がすことを優先したのは、先ほど敵が見せた不可解な事象を踏まえてのことだろう。やはり戦における察しの良さは卓越している。

 無論、離れた所で再び黒馬の疾走が始まるのは自明の理。ならばこそ、邪竜と竜殺しの騎士が先陣を切った。

「テオドア!」

「ったく、人使いが荒ぇなぁ!」

 かつて袂を分かったと言えども、昔馴染みであることに変わりはない。片方が攻めれば片方が支援し、抜群の連携を以て魔星をその場に縫い止める。

 雷速で切り返してきたセリカも加勢に入り、人知を超える剣戟が再び開始された。

 意外だったのはマリアンである。真っ先に闘いに戻ると思われた彼女は、何故かヘイズの傍に残り、傷の深さを確かめるように左腕を覗き込んできた。

「派手にやったねぇ。治そうか?」

「……いや、今はいい。悪いがそこの鉄骨、取ってくれるか」

 懐から霊薬を取り出し、患部に振りかけて血を止める。

 マリアンが持ってきた建材を短剣で加工し、添え木代わりに腕に添える。後は包帯をきつく巻いてやれば、応急処置は完了だ。

「鮮やかなお手並み。でも別にこの位で貸しにするつもりはなかったよ」

「別にそれを気にしてる訳じゃない。お前にはやってもらいたいことがあるんでね。霊素は少しでも残しておいて欲しかったんだ」

「ふうん……」

 マリアンが興味深そうに目を細める。まるで贈り物を予告された子供のような表情に、少しだけ緊張が和らいだ。

 さて、とヘイズは瞼から垂れる雨粒を拭い取り、亡霊の王の姿を改めて捉える。

 先程は中断されてしまったが、何はなくともまずは情報を共有しなければ始まらない。

「忙しい所悪いが、全員聞いてくれ」

 言霊に載せてセリカ達に声を送る。傍受される危険性はこの際考慮しない。

 奴がどれだけこちらの言語を理解できるかは不明だが、聞かれた所で今後の予定は何も変わらないのだから。

「とりあえず結論から言うぞ。今俺たち闘っているそいつは――ただの抜け殻だ」

 隣でマリアンが笑みを深める気配がした。


 ◇◇◇


『つまり、本体が別にいるということですか?』

「そうだ。実際に中身を覗いたから間違いない」

 セリカからの問いに、確信を以て肯定する。

 騎士の躯体を引き裂いた瞬間、掌に残ったのは霞を掬ったかのような軽い手応えのみだった。

 経験上、強大な神秘を断った時の感触はもっと重い。何よりヘイズの脳裏には、今も"■■たい"と希う祈りの声が聞こえている。

 ならば嵐の夜の元凶は他にいて、騎士の正体はその影法師のようなものであると考えるのが妥当だろう。

『だがそれが真実だとすると、幾つか腑に落ちない点があるな』

 今度はルクレツィアが声を挙げる。

『まず本体が別にいるなら、どうして迷宮結界に封印された?騎士を複製できるなら、結界の外に新しく作れば良かったはずだ』

「あくまで推測でしかないが、封印されるまではまだ中にいたんじゃないか?で、また閉じ込められちゃ世話ないってことで、切り離したと」

 これまでの闘いぶりを踏まえるに、敵は状況に合わせて手段を変えるだけの柔軟性を有している。

 再び檻に囚われることを防ぐため、自らの神秘としての核を外部に移していてもおかしくない。似たような芸当ができる星霊なら、ヘイズも何度か交戦した覚えがある。

『騎士が一体だけである点はどう見る?』

「存在の維持と動作の制御に割ける資源の制限……であって欲しいとは思ってる」

『願望か。叶って欲しいものだな』

 苦笑するルクレツィア。とは言え否定がないあたり、彼女も似たような予想を弄んでいたのだろう。

 もしも騎士が量産できるのならば、そもそもヘイズ達と闘う必要はないし、マルクトもとうの昔に陥落している。

『となると問題は、本体とやらの位置ですか』

「ああ……」

 背後を振り返れば、そこでは人と亡霊が熾烈な殺し合いを繰り広げている。

 本体の姿形は不明だが、この乱戦の中から探し出すのは至難を極めよう。

 加えて騎士の方も問題だ。セリカ達とどれ程打ち合おうとも、奴はヘイズから決して視線を逸らそうとしない。

 理由は不明だが、少しでもこの場から離れようものなら形振り構わず追撃してくる可能性があった。

 残り時間はおよそ十五分。求められるのは最高効率。

 目的を達成するために何が邪魔で、何を利用できるのか。答えは既に用意されている。

「セリカ、テオドア、それからラインゴルト女史。取引をしよう」

 恐れるべきはただ一点、殺すと決めた相手を殺せないこと。

 ならばこそ、退却を提案すべき局面にもかかわらず、ヘイズは当たり前のように魔導士達へ告げるのだ。

「俺が本体を始末するまで、死んでもそいつを足止めしてくれ。代わりに必ず勝ってやる」

 それは取引と呼ぶには余りに一方的だった。

 内容としては命を差し出せと言っているようなもので、提示した対価もヘイズの都合の延長線でしかない。

 ゆえに当然の帰結として、言霊による応答が途絶える。常識的な感性の持ち主ならば、今すぐヘイズに罵詈雑言を叩きつけても不思議ではない。

 だがヘイズは知っている。確信している。

 ここに集うは等しく魔の行人。利害さえ一致するのなら、神に挑む蛮行さえも厭わぬ選りすぐりの愚者であることを。

『上等だ。乗ってやるよ』

 竜の唸りのような獰猛の声が、鼓膜を揺らす。

「良いんだな?めちゃくちゃきついぞ」

『関係ねぇよ。俺はこの化け物をぶちのめしたい。でお前に手を貸せばそれができる。引き受ける理由は充分だろ』

『私のスタンスも変わりません。利用したければ利用なさい。代わりに私も貴方を好き使います』

 続けてセリカもそんなことを言ってくる。

 どちらも字面だけ切り取れば冷淡に思えるが、ヘイズにとっては背中を押されているような気がした。

「ラインゴルト女史はどうする?ぶっちゃけかなりの無茶をやって貰うことになるし、退いても文句は言わないぞ」

『愚問だな。最後まで付き合う覚悟がなければ、最初からここには来ていないよ。なに、万が一の時はすぐに逃げるから、貴方は気にせず思うまま動くと良い』

「……そうか。また貸しになるな」

 無論、個人的な思惑ありきの判断なのだろうが、そこを追求するのは野暮というものだ。

 協力してくれるというのなら、存分に利用させて貰うとしよう。

 と、そこで隣のマリアンが肩を突いてきた。

「ねえヘイズ、私だけ除け者かい?」

「お前は俺とだ。本体探しを手伝ってもらうぞ」

「ええー」

 あからさまに嫌そうな顔をされた。

「それってあっちの雑魚どもの中からってことだよね?燃えないなぁ」

「……じゃあ今度一戦交えてやるよ」

「乗った。約束ね。やっぱナシは駄目だよ?」

『ヘイズ、貴方……』

「仕方ないだろ。こう言った方が手っ取り早いんだから」

 今は交渉している時間も惜しい。自分の身柄程度でマリアンを使えるのなら安いものだ。

「じゃあ行動開始だ。高みの見物を決め込んでいる臆病者に、一泡吹かせてやろう」

 そしてヘイズは亡霊の群れ目がけて駆け出した。

 神殺しの戦、その終着は近い。


 ◇◇◇


 誰の目にも届かぬ場所から、それは戦場を観測していた。

 数の面ではこちらが圧倒しているというのに、戦況は拮抗を維持している。

 何故かと問われれば答えは明快、人間たちの抵抗が思いの外激しいがゆえ。

 神秘を操り、蹂躙を免れる所か押し返さんばかりに雑兵を蹴散らす様は、素直に評価するべきだろう。

 ただ哀しいかな。彼らは物理法則に縛られた普遍的な生命体に過ぎず、資源スタミナには限界がある。

 対して自分は眷属の量産に天井はなく、遠からず瓦解することは目に見えていた。

 よって、唯一問題があるとすれば。

 あの名状しがたいナニかの存在に他ならない。

 "――――"

 それは注意深くナニかの存在を観察する。

 種族は人類である。年齢は二十代前半と推察。

 神秘に対する耐久性は割合高いが、物理的な強度は平凡で肉体を構成する要素も規格通り。

 魔術の暴走を武器に転じるという技術はなるほど、珍しくはあるが再現不可能な代物ではなく。

 能力だけを総括すると、脅威としては分体たる騎士と対峙している者の中で、最も低いと評して良かった。

 だと言うのに。

 それに備わった危機管理機能は、彼を補足した時点から原因不明の警告アラートを吐き出し続けていた。

 即ち、あの青年から目を離してはならないと。あの青年を近づけさせてはならないと。

 ゆえにこそそれは、嵐の夜(ワイルドハント)と呼ばれる旧き神性は、ただ一人の青年にのみ視線を注ぐ。

 "――――?"

 だから異変にもすぐに気が付いた。

 負傷により膝を突いていた青年が立ち上がり、戦場に背を向けて駆け出したのである。

 何を狙っているかは殊更考えるまでもない。自分を探すつもりなのだ。

 地上で闘う騎士が、中身の伴わない空蝉に過ぎぬことは彼も気が付いたはず。核を特定せんと動くのは当然の帰結だった。

 だからと言って、それを見逃してやる道理はない。例え微々たる確率であろうとも、己の存続を脅かす危険は排除しなければ。

 淡々と、粛々と。定められた規約プロトコルに従い、魔星は分体に青年の追跡を命令する。


 その間際、天地を震わす最強の幻想の咆哮を聞いた。

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