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星辰のマギウス  作者: 空蝉
第二章 彷徨う凶星
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2-37 彷徨う凶星 其之十五

 かくして都市は刻限を迎える。

 崩落した旧市街。氷雪荒ぶ空に向かって屹立する大迷宮は、その輪郭を頼りなげに明滅させ始めていた。

 内側に閉じ込めたモノが遂に檻の壁に到達し、外へと溢れ出さんと圧力をかけているのだ。

 そしてそれを見守るは、この冬の嵐を鎮めるべく集った精兵たち。

 軍警局、マルクトにて活動する結社――千を優に超える軍勢が、結界を囲うように陣を敷き、開戦の時を固唾を吞んで待っている。

 彼らが放つ異様な緊張感は街区を覆い、風の音さえ搔き消すよう。

 しかし何事にも例外はあるもので、前線の一角では辟易の色を乗せた嘆息が零れていた。

「あー辛気臭。こうも空気が重いと肩が凝ってくるわねぇ」

 軍警局第三部隊隊長、アネット・サリバンである。

 鳶色の髪に乗った雪を手で払いつつ、彼女は自らの得物をくるりと指先で器用に回す。

「……気を引き締めてください。結界が崩れるまで、あと五分もないのですから」

 隣から批難の声が浴びせられる。副隊長であるジン・ハウスマンだ。

 こちらの軽口に対して小言が飛んでくるのはいつものことだが、今はどこか弱々しく聞こえた。

 怪訝に思って観察すると、長銃を握りしめるジンの指が微かに震えていることに気が付く。

「なぁに、緊張してるの?ジン」

「……恥ずかしながら」

 心底から悔しそうにジンが頷く。

 どんな犯罪者相手にも果敢に立ち向かってきた彼も、今回ばかりは不安を隠せないらしい。

 そしてそんな自分を不甲斐なく思い、憤っている。真面目なのは彼の美点だが、何かと気負いがちなのが困りものだ。

「別に恥ずかしくもなんともないでしょ。大きな戦場を前にすれば誰だって怖気づくもんよ」

「隊長も、ですか?」

 意外そうに、ジンが訊ねてくる。

「この部隊に配属されてそれなりに経ちますが、貴女が怯えている姿なんて見たことありませんよ」

「ンな訳ないでしょ。私だって死にたくないもの、内心はばっちりビビってるわよ。……ただねぇ」

 どこか遠くを見つめて、アネットは続けた。

「私はこの手の状況に慣れ過ぎて、ちょっと麻痺している所があるからさ。あんたはその感覚、大事にしときなさいよ」

「……克服しろとは仰らないんですね」

「当然。恐れも不安も、あんたが人の側にいることの証だもの」

 思い起こされるのは友人たちの姿である。

 剣聖、魔女、邪竜に傭兵――素性も主張も異なれど、彼らは等しく立ち止まることを知らない。

 己が理想を叶えるため。課せられた使命に殉じるため。

 如何なる苦難に突き当たろうと、平然と飛び込み踏破していく。その揺るぎない生き様はなるほど、魔導士マギウスならぬ常人の目には眩しく映るだろう。

 しかし、同族だからこそアネットは知っている。彼らも自分も、決して恐怖を持ち合わせていない訳ではない。ただ単にどうでも良い(・・・・・・)だけなのだ。

 つまり我欲を通すことこそが最優先で、果てに人知を凌駕し常識をひっくり返す。これを怪物の所業と呼ばずして何と呼ぼう。

 ゆえにこそアネットは思うのだ。

「人を本当の意味で守ることができるのは、同じ人だけよ。あんたが誰かの盾でいたいなら、こっち側(・・・・)に来ちゃ駄目。人生の先輩からのありがたーい助言よ」

「……貴女と私、そう歳は離れていないでしょう」

 呆れるような嘆息と共に半眼を作るジン。されどその顔は先程よりは幾らか険が抜けているように見えた。

「さてと……」

 アネットは迷宮ラビュリントスを見やった。

 あらゆる魔性を封じ込める至上の大結界。超高密度の霊素エーテルによって構築された匣が、遂に表面に致命的な亀裂を生む。

「始まるわよ」

 そして、狩猟の夜(ワイルドハント)が始まった。


 ◇◇◇


 雷雨が唸る。

 吹雪が狂う。

 霧散する神秘の残滓を引き裂いて、凶星は再び現世に舞い降りた。

 錆び付いた甲冑を纏う、隻眼の騎士。

 その槍のごとき異形の杖が地に触れると同時に、青黒い影法師が一斉に氾濫を開始した。

 生者の気配を辿り、脇目も振らずに突き進む亡霊たちの群れはさながら飛蝗を思わせる。

 人類の叡知の結集をも強引に破った物量は、瞬く間にマルクトを死の都へと変えるだろう。

 しかし、外界から隔離されていた彼らには知る由もなかった。

 彼らが王の下で戦力を蓄えている間、人類もまた敵を駆逐するために刃を研いでいたことを。

「術式連結、結界の構築を開始」

 しめやかな号令の下、再び莫大な霊素が旧市街を駆け巡る。

 術の起点となる魔導士たちを繋ぎ、大地に描かれる幾何学模様。暗雲を照らす白光は、あらゆる不浄を清める退魔の力の発露に他ならない。

「執行範囲を指定、全工程完了。彷徨う妄執、疾く女神の御許へ還るべし――『夜払ミトラスの光環』、起動」

 閃光が迸った。奇跡の名を呼ぶ言霊を撃鉄に、世界から影という影が払拭される。

 それは日輪の煌めきを具現する聖なる結界。特に亡霊といった呪いを核とする存在に対し、威力を発揮する魔術であった。

 やがて光の奔流が終息すると、嵐の王の軍勢は実に三分の一もの兵を失っていた。

「ふむ……本命はともかく、雑兵の方も然程削れませんでしたか。厄介なものですね」

 大量の霊素を消費した時特有の虚脱感を吐き出しつつ、フェルナンは立ち上がった。

 出し惜しみ抜きの魔術行使であったが、期待していた結果からは程遠い。通常の星霊と同じように、現界してからの時間に比例して力を増しているのだろう。

 とは言え落胆することはない。自分達の敵はいつだって人の理が通じぬ怪物であり、想定外など日常茶飯事なのだから。

 ゆえにフェルナンは冷静に次の策を練りつつ、胸元の通信機に向かって呼びかける。

「ダングラール殿」

『迷宮の維持を担っていた者達は、今ので完全に枯渇した。こちらで回収して戦線を離れさせている』

「そうですか。ではこのまま予定通りに」

 本来、霊脈の歪みが酷い地域では、通信機など使い物にならないもの。

 しかし今回は中継に『アンブラ』が協力してくれているお陰で、通信の感度はいたって良好だった。これならどんな些細な報告も聞き逃す恐れはない。

 フェルナンは声を届ける範囲を広げた。

「総員傾聴。ラインゴルト総帥からの命令を伝えます」

 一呼吸の間をおいて、告げる。

「貴族の責務を果たせ。以上です」

 応!力強い応答が街の各所から上がる。

 古き血脈に生まれたという自負、或いは都市最強の肩書を担う者としての矜持。

 形無きモノに殉じるため、竜殺しの騎士達はこれより至高の魔に挑む。



 ――他方、彼らも開戦の時を迎えていた。

「ねぇ団長、まだ?あっちはもう始めちゃってるよ」

「落ち着けマリアン。こういうのはな、お約束が大事なんだ」

 浮足立つ娘を窘め、ロイは紫煙を吐きながら振り返る。

 そこには得物を手に、闘気を立ち昇らせる傭兵たちの姿があった。爛々と妖しく光る双眸は、早く戦場に向かわせろと語っている。

 かつて経験したことのない規模の争乱を前に、普段よりも高揚しているのだ。

「さァて野郎ども、待ちに待ったお祭りだ。野暮な前置きはなしにしよう」

 無論、ロイも彼らと同じ心境だった。

 そもそも元依頼主サルバトーレから仕事を受けたのも、全てはこの瞬間に臨まんがため。

 血湧き肉躍る戦火こそが最大の報酬で、それを余さず味わい尽くすのが傭兵の流儀である。

 ゆえにロイは同胞達へと命じるのだ。

 枷を外せ、と。

「皆殺しだ。一匹残らず平らげるぞ」

 歓喜に満ちた咆哮が天地を揺らす。

 彼らこそは敵の血を啜って咲き誇る、『不凋の薔薇』。人々から恐怖を以て謳われる最凶の傭兵団が、嵐を食い破らんと牙を剝く。


 ◇◇◇


「うわぁ……」

 眼下に広がる光景に、ヘイズは思わず頬を引き攣らせた。

 飛空艇の中である。迷宮が崩れてすぐに機体は発着場を離れ、旧市街の上空を緩やかに旋回していた。

 幸いなことに、魔星がこちらに気付いた素振りはない。もしくは察知しているが様子を探っているのか。どちらにせよ今の所は撃墜される心配はなさそうだ。

 まあ仮に攻撃されたとしてもこちらにはルクレツィアがいる。彼女の力があれば、ヘイズの目論見を達成することは充分可能だろう。

 そんな訳で仕掛ける機を上空から窺っているのだが、旧市街を舞台にした争乱は苛烈の一途を辿っていた。

 勢いを増す暴風に呼応するように亡霊は数を増やし続けており、廃墟同然の戦場にひしめく様などは壮観でさえある。

 だが何よりもヘイズの目を惹いたのは敵の恐るべき物量ではなく、味方側の動きであった。

 まずは『竜狩の騎士団(ファフニスベイン)』。マルクト最強の肩書に相応しく、その闘いぶりには一切の隙が無い。

 前衛が敵を押し留め、後衛がそれを退魔の術で薙ぎ払う。

 戦術という観点では基本中の基本とも呼べる布陣だが、攻勢と守勢の切り替わりが巧みで、さながら演舞を見ているかのようだった。

 続く軍警局の奮闘ぶりも見事と言えよう。

『竜狩の騎士団』と比べれば討ち取る数こそ確かに少ない。されど近代兵器を駆使して敵を散らし、他の結社の魔導士と協力して一体ずつを最小の労力で仕留め続けている。

 ここまでは良い。どちらも着実に成果を挙げていて、頼もしいこと限りない。

 問題は『不凋の薔薇(アダマス・ローズ)』の面々だ。

 彼らの戦法は率直に、異様の一言に尽きる。

 弾丸が頬を掠めようが、鉈が肩先を割こうが、多少の手傷はお構いなし。とにかく敵を見かけたら手当たり次第に襲い掛かり、そして蹂躙する。

 それを誰も彼もが我が世の春を謳歌するかのような、底抜けに明るい笑みと共にやってのけるものだから、悍ましさも一塩である。

 もしヴィクターがロイを味方に引き込むことができなければ、自分もあの戦闘狂たちを相手取る羽目になっていたかもしれない。そう考えるとさしものヘイズも背筋が寒くなる思いであった。

「相変わらず凄いな、彼らは。敵ながら少し可哀想になってくるよ」

「あれは全滅させる気満々ですねぇ。とは言え作戦は守ってくれているようですから、ロイ団長の手綱はまだ効いているようです」

 今よりもっと酷くなるのか。セリカが零した呟きに、ヘイズはますます戦慄を深めるのだった。

 心の均衡を保つべく戦場から視線を切り、操縦席へと向かう。そこには不明瞭な視界も気にせず、鼻歌混じりに操縦桿を握るテオドアの姿があった。

「偉く楽しそうじゃないか。そんなに扱いやすいのか」

「おうよ、正直もうちょい手こずるかと思ってたんだけどな?流石は最新機様様、ハンドルが軽くて仕方ねぇ」

「……一応言っておくが」

 テオドアが上機嫌に笑えば、背後からルクレツィアが釘を刺してくる。

「調子に乗って激しく動かしたりするなよ。貴方が気持ち良く操縦できるのは、私の協力あってこそということを忘れるな」

「わーってるつの。お前にも感謝してるよ、ルーシー(・・・・)

「愛称で呼ぶなっ」

 ぎゃいぎゃいと口論を始めた二人を横目に、ヘイズは窓の外に目を凝らした。

 黄金色の薄膜が、陽炎のように揺らめきながら飛空艇を包んでいる。言わずもがな、ルクレツィアの結界だ。

「落雷への防御に空気抵抗の削減、おまけに視認性の低下……逆に何ができないんだ、この術式」

 軽く表層を読み取っただけでも、他にも多数の機能が内包されていることが分かる。

 所々に存在する空白は意図的に設けられているのだろう。

 さながら未完成の絵画だ。元より後から色を加えることを前提とした設計なのだとヘイズは直感した。

「『竜絶領域ラインゴルト』は拡張性が高くてね。歴代の当主が受け継ぐ度に改良を重ねてきたんだ」

「へえ……何というか、いつか全てをこの術式だけで完結させたがっているみたいだな」

 率直な感想を呟くと、ルクレツィアが驚いたように目を瞬かせた。

「凄いな、少し見ただけでそこまで分かるのか」

「というと?」

「こいつのご先祖様がとんでもねぇ完璧主義者だったそうでな。文字通り"万能"を目指して改造しまくったが、晩年になってもまるで満足しなかったんだと。で、それでも理想を諦めきれなかったから、泣く泣く後世に成就を丸投げしたって訳よ」

「……なぜ貴方が答えるんだ。全く」

 咳払いを一つして、ルクレツィアが話を継ぐ。

「少々露悪的だったが、概ねテオドアが説明した通りだ。まあ、旧い家にありがちな一種の伝統さ」

「なるほど。じゃあアンタも、それに倣って手を加えていくんだな」

「家督を譲るまでにはなるだろうけどね。完全無欠の魔術など研究するにはうってつけだし……本当に実現できたとしたら、きっと役に立ってくれるはずだろう?」

 祖先の無念を晴らすためでもなく、家督を継いだ者としての義務感からでもなく、自分本位な好奇心と打算によって、積み重ねられた歴史を踏み台とする。

 普段の良識ある言動のせいで忘れそうになるが、彼女もまた欲するままに神秘を暴く魔道の徒なのだ。

「中々興味深い話だったよ。術式の改良について、意見が必要になったら声をかけてくれ。安くしておく」

「前向きに検討しておこう」

 と、会話に一区切りが着いた時であった。

「三人とも、そろそろ時間です」

 セリカの言葉が、艇内に満ちていた和やかな空気を一瞬で霧散させる。

 促されるまま地上に目を落とすと、旧市街の外縁に向けて隊列を延ばす亡霊たちの群れが見えた。

 今回採用された作戦は、大軍を相手取る際の常套手段……即ち、陽動である。

 軍警局を始めとする協力者らが敵の意識を引き付けながら後退し、本丸の周囲を手薄にする。そこを死角からヘイズ達が奇襲して討ち取るという寸法だ。

 もっとも敵は自分達とは理を意にする存在であり、通用しない可能性も懸念された。が、歴戦の兵が揃っているだけあり、何とか成功してくれたらしい。

「とは言え、流石に無傷とはいかないか……」

 激化の一途を辿る戦場を俯瞰したまま、誰にともなく呟く。

 事は順調に運んでいるように思えるが、だからと言って血が流れない筈がない。現に亡霊たちが通った跡には、闘いの中で散った命が轍として残っている。

 今もまた、最前線で味方を庇った魔導士が、振り下ろされた鉈を受けて倒れ伏す。

 恐るべきはその後であった。死に瀕する彼の肉体を青黒い霊素が侵食したかと思うと、新たな亡霊として敵の隊列に加わったのだ。

 殺して削るのではなく、奪って従える。

 "アーク"を媒介にエドワードも使用した、生者の魂魄を改竄する外法――それこそが嵐を呼ぶ凶星の権能だった。

「……気に入らんな」

 犠牲者が亡霊に変わる度に、思考が冷えていくのを感じる。

 人を材料にするのはまあ良い。死後の安寧を踏み躙るのも許容しよう。

 どちらも神秘の世界に関わっていれば、自ずと見慣れてしまう程度の冒涜に過ぎない。

 ただ一点、亡霊を生み出す過程において、基となった人間の想念を変容させている点だけはとても受け入れられなかった。

 憤怒、嫉妬、憎悪。

 例え目を背けたくなるほど醜悪な感情であろうとも、それは紛れもなく人の魂に刻まれた真実だ。

 機械のように定まった形へ加工フォーマットなどされるべきではないと思うし、そのような行為が罷り通る光景は不快と感じる。

 ゆえに、ヘイズは今ここにはっきりと認識した。

 人道的な観点からではなく、個人的な主義の面において――あの"魔星"は不倶戴天の敵であるのだと。

「で、次はどうすんだ?言われた通り、丁度本丸の真上辺りにまで来たけどよ」

 飛空艇の速度を落としながら、テオドアが訊ねてくる。

「まさかここから標的に向かってダイビング、なんて言わねぇよな?さっきまで何やら貨物室で細工してたみてぇだし、そろそろお前の腹を教えてくれよ」

「そうだな。ただその前にお前達……特に、ラインゴルト女史はどこかに掴まっておくことをお勧めする」

「……何やら不穏な気配を感じるんだが」

 訝しむルクレツィア。察しが良くて何よりだが、この船に乗った時点でもう手遅れである。

「えー、まず俺とテオドアで貨物室に運んだ物ですが。あちら全部霊源石でございます」

「なるほど」

 合点がいったとばかりにセリカが頷く。

「道理で公社の方々が届けに来た訳です。数はどの程度を?」

「確か都市の動力一月分って話だ。欲を言えばもっと積みたかったけどな。これ以上は魔術で重さを誤魔化しても、飛行に支障が出ちまう」

 これが飛空艇と並び、市長から提供して貰った品の二つ目だった。

 魔導文明華やかなりし現代において、霊源石は人々の生活の要となる資源である。当然経済的な価値は非常に高く、今手元にある分を金に換えれば、ヘイズに課せられた借金など容易に完済できてしまうだろう。

 その全てをこれから一瞬で使い切るかと思うと、何だか胸が弾んでくる。

「次にどうやって奇襲をかけるかだが……うん、こいつは実際に見て貰った方が早いだろう。テオドア」

「あん?」

突っ込め(・・・・)

「……よし来たァ!」

 硬直はほんの一瞬だった。

 ヘイズの放った言葉にテオドアはしばし呆気に取られた後、獰猛な笑みを浮かべて操縦桿を前に押し込む。

「なっ、待て――」

 ルクレツィアが制止しようとするが間に合わない。機体は進路を地上に向け、急降下を開始する。

「グレイベル殿、いやグレイベル!薄々察してはいるがそれでも貴方の口から聞かせてくれ!一体どうするつもりだ!?」

「この機体を"魔星"にぶつけて衝突と同時に霊源石を爆破する以上説明終わり。セリカ!」

「承知」

 ヘイズが指示するよりも早く、セリカは動いていた。

 大きく傾いた足場を器用に渡り、搭乗口ハッチを蹴り開ける。

 船内を凍てつかせる。極寒の冷気。間近にあった暗雲はみるみる内に遠ざかり、代わりにこちらを見上げる凶星の姿が迫ってくる。

「あ、そう言えば着地については特に考えてなかったな。まあ各自死なないよう適当に頼む」

「何故一番肝心な所が杜撰なんだっ」

「接触まであと十秒……三、二、一――飛びます!」

 セリカの合図と同時に、四人は飛空艇の外へと身を躍らせた。

 大質量が"魔星"の朽ちた身体に叩きつけられる。無残に拉げた機首が、衝突の凄まじさを雄弁に物語っていた。

 だが痛痒を与えることができたかと問われれば、答えは否である。

 何故なら無残に潰れた機体と"魔星"の間には、不自然な空間が発生していたため。

 結界の類か、或いは全く未知の魔術か。どちらにせよ予想していたことであり、ヘイズは迷わず仕上げに取り掛かった。

 宙で身を翻したヘイズは、飛空艇の貨物室に向けて手を延ばす。

 そこに刻んだ術式と自らを繋ぐ経路を導火線として、練り上げた霊素ひだねを伝わせる。そして、

術式起動ブート――吹き飛べ」

 指を鳴らした瞬間、灼光が視界を塗り潰した。

 遅れて轟音が耳をつんざき、大気の震えが津波のように体を押し流す。

 初めから制御することを放棄した、本来の意味での魔術の暴走である。

 逆巻く烈炎は標的の周りを固めていた亡霊たちをも嘗め取り、昏き空に巨大な火柱を突き立てた。

「あぶな……っ」

 魔術で自身にかかる空気抵抗を増やし、慣性を殺す。

 それでも完全な停止には至らなかったので、瓦礫に覆われた地面を何度か蹴り付け減速。何とか着地を果たす。

「ハッハァ!いいねぇ、決戦の始まりってのはやっぱこう派手じゃねぇとな!」

「貴方達はあれなのか?配慮とか加減とか、常識的なことを考えると死ぬのか……?」

 声のした方を見やると、少し離れた場所に同行者たちの姿を認める。

 墜落中は動揺した素振りを見せていたルクレツィアも、げんなりしているだけで負傷した様子は見られない。

 寧ろ爆発の影響で手足に痺れを残すヘイズよりも余裕そうだった。頼もしい限りである。

「良いのですか、ヘイズ」

 近付いてきたセリカに耳打ちされる。

「何が?」

「いえ、ほら。ここまで派手にやると絶対あの娘が……」

「あはははは――!」

 セリカが言い切る前に、心底愉し気な哄笑が響き渡る。

 振り返ると同時、亡霊の垣根に風穴をこじ開けて赤錆の影が飛び出してきた。

 わざわざ誰何するまでもない。『不凋の薔薇』が誇る戦の化身――マリアン・ルベリウスその人である。

「やあヘイズ、こんな所で偶然だね!ところでさっき素敵な花火が上がったけれど、お祭りなら私も参加させて欲しいな!」

「……知ってた」

 さして驚きもせずにヘイズは嘆息する。

 そもそも会議の時からおかしいとは思っていた。彼女の性格からして、ルクレツィアがヘイズに同行を申し出た際、自分もと声を挙げぬ筈がない。

 にも拘らず黙っていたのは、ロイの手前猫を被っていたためだ。内心では最初から、頃合いを見計らってこちらに乱入するつもりだったに違いない。

 ……遥か後方から「あの馬鹿娘がァ!!」という憤怒の叫びが聞こえた気がするが、きっと風の悪戯だろう。

 ともあれこれで役者は揃った。

「ヘイズ」

「ああ……始めるとするか」

 立ち上がり、黒鋼の剣を抜き放つ。

 飛空艇による体当たりに、大量の霊源石を火薬にした爆撃。どちらも殺傷力としては過剰な程だが、あの"魔星"相手には狼煙の域を出ないことをヘイズは理解していた。

 現に、今もまだ声が脳裏に響いているのだ。

 ■■たい、と。

 雑音に塗れながらも、ただ一念を切実に希う、祈りの言葉が。

 黒煙の帳を踏み越えて、亡霊の騎士がその姿をヘイズ達の前に見せる。

 多少の煤を帯びつつも、その威容は殆ど無傷と言って良い。やはり既存の枠組みから外れた、正真正銘の怪物なのだと思い知らされる。

 されど、

「上等だよ、神様気取りが」

 それで臆してやる程ヘイズは賢く生きていない。

 琥珀の双眸を殺意で燃やし、剣の切っ先を敵に擬す。

「殺してやろう。お前の耳障りな声もいい加減聞き飽きたッ」

 叩きつけられる宣戦布告。

 ここに天上の星々を墜とす、最初の闘いが幕を開けた。


 ――いざ、神殺し。

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